第3.8話 エイリアン

「えぇ! 勧誘成功したの?」

「あぁ、なんとかな」


 やっと合流できた進々は、凪月の報告を聞いて、うれしさよりも驚きの表情を見せた。

 というか、この女、さっきのさっきまですごい怒っていた。


 進々は、追いかけてからしばらくして水卜をみつけたらしい。それから、先輩達の勧誘おっかけっこに参加して、ぶいぶい追っかけまわしたとのことだ。

 そのため、先生にみつかって、今の今まで、先輩方と一緒に不正勧誘を叱られていた。


 何で私だけ! とご立腹だったわけだが、水卜の勧誘に成功したことを告げたところで、冒頭に戻るわけだ。


「何て言って脅したの?」

「何で脅す前提なんだよ」


 ちょっと駆け引きはしたけれど、別に脅してはいないだろ。

 進々にも、あの華麗な交渉劇を見せてやりたかったものだ。


「まさか、また、いやらしいことを……」

「やってねぇよ」


 てか、また、って何だよ。


「普通に勧誘して、条件付きでバスケ部に入ってくれることになったんだ」

「条件付きって、またえっちな……」

「違う」


 だから、また、って。


 水卜の事情を説明すると、進々は呆れたような、困ったような、微妙な表情を浮かべた。


「でも、本当にどうするの? それって何とかなるような問題じゃないと思うんだけど」

「まぁ、俺もどうすればいいかわからんけれど」


 ただ、と凪月は思う。


「家が遠いなんて、バスケをやらない理由にはならないんだよ」


 そう、その程度の理由は。

 凪月は、小さくため息をついてから、進々に告げた。


「こういうのはルル姉に任せておけば何とかなるだろ」

「すっごい他力本願」

「おまえに言われたくない」

「うっ……!」


 今のところ、バスケ部の創立をすべて凪月に任せきっているのだから。


「おまえにだけは、言われたくない」

「ううっ……! 二回も言わなくても……」


 進々はあからさまに気を落としてしまったので、仕方ないな、と凪月は頭をかいた。


「まぁ、それは、そういう約束だからいいんだよ」

「そ、そうだよ! 手伝うって約束なんだからね!」


 急に元気になるのだから、単純な女である。

 凪月は、進々を引き連れて、生徒会室に向かっていた。生徒会室に、凪月の服がある。この女装を、とにかく早くやめたいのだ。

 それに、水卜の通学に関する相談を流々香にしなくては。

 できれば、水卜もいた方が筋がいいのだが、時間的にもう帰らなくてはならない、と言って、彼女は先に帰った。

 とはいっても、詳しい調整は明日するとして、とりあえず、今日中に話を通しておいた方がいいだろう。


「あと、明日の朝、勧誘のチラシを配るぞ」

「え? また?」

「またって、一回もできてないだろうが」

「でも、ポスターは張ったし」

「あんな隅っこで、しかも、小さいんじゃ、誰の目にもとまらないだろ。もっと宣伝しないと部員なんて集まらないぞ」

「えー」


 少しうまくいっているから、進々は気を抜いているように見える。

 しかし、結局のところ、まだ進々を入れて三人しか部員がいない。

 ただ、部を創立するだけならば、5人でいいかもしれないが、それでは試合形式の練習ができない。試合形式の練習をするためには、最低でも10人の部員が必要だ。

 そう考えれば、この勧誘ペースは決して順調とはいえなかった。


「いや、見るかもしれないよ。バスケがやりたかったら、探すかもしれないじゃん」

「バスケがやりたい奴は、バスケ部のないこの学園には来ないんだよ」


 あほ以外は、な。


「あ、そっか」


 どうやら、進々はチラシ配りに苦手意識を持ってしまったらしい。

 猪突猛進するわりに、凄まじく人見知りするんだから、困った性格である。

 そんな話をしていたら、ちょうどポスターを張った廊下にさしかかった。いろんな部活の勧誘のポスターが色鮮やかに並んでいるその隅に、女子バスケ部のポスターがこじんまりと張られている。


 あれでは、なぁ。


 と、凪月がポスターに目を向けたとき、


「「あ」」


 凪月と進々は、二人して足を止めた。

 そして、進々が呆けたように指をさした。


「いたじゃん」


 そう、いたのである。

 掲示板の隅のバスケ部のポスターの前に、しゃがみ込んだ姿勢の女の子がいた。


 きれいなプラチナブロンドのくせっ毛が、背中を覆っており、まるで金髪のお化けのようだった。制服を着ているのだから、この学園の生徒であることは間違いないだろうが。


「いや、あれは違うだろ」


 横顔や手を見ると、肌色が褐色である。どうも天然のようで、日本の方ではないらしい。


「でも、ポスター見ているよ」

「質素さが珍しいんじゃないの? ていうか、日本語読めるのか?」


 凪月と進々が、ひそひそと話していると、プラチナ女子は突然立ち上がって、くるりと振り返り、


「Grüß Gott?」


 よくわからん言葉を告げた。

 やはり日本人のそれではなかった。小顔に、凹凸のある身体と、すらっとした長い足。目鼻立ちのしっかりとした顔立ちがもの珍しく、その奥まで見通せてしまいそうな青い瞳が、無垢にこちらを向いていた。

 その笑みがあまりに天真爛漫であったので、凪月と進々は、同時に一歩足を引いた。


「凪月くん、話しかけられてるよ」

「わかっているよ」

「英語とか、できるの?」

「いや、わからん。そもそも英語っぽくなかったぞ?」


 何やらコミュニケーションをはかろうとしているようだが、凪月には彼女の言葉がさっぱりわからない。


「Che cosa succede?」


 しかも、何か言語代わっているような気がするんだけど。


「すっごいきれい。ハリウッドスターみたい」

「あぁ。できればハリウッドに帰ってほしいんだけど」


 などと言っているわけにもいかず、凪月は何とか意思の疎通を試みた。


「あ、あの、あれだ。ハロー?」

「うわっ、すっごいカタカナ英語」

 うっせぇ。


 少し恥ずかしかったが、凪月はもう一度「ハロー」と告げた。

 すると、プラチナ女子は、にこりと微笑み、


「ごきげんよう」


 きれいな日本語を発した。


「え? 日本語わかるの?」


 ありえない話ではない。日本で生まれたとか、来日してから三年目とか、自国で勉強してきたとか、日本語をしゃべれる可能性などいろいろあるだろう。

 そうであってくれ、と凪月は切に願った。

 そんな願いを知ってか、プラチナ女子は、再度にこりと微笑んだ。


「当たり前でんがな」


 ん?


「日本語わかるんだよな?」

「もちろんでごわす」


 ん?


 凪月は、そこはかとない不安を感じつつも言葉が通じることをよしとした。


「えっと、じゃ、その、まず名前は? あたしはナツ、こっちはススム」

「マイネーム、イズ、カトリーナ・山寺!」


 彼女は意気揚々と応じた。

 その容姿を表すかのようなきれいな名前だと、凪月は素朴に思った。


「かとちゃんと呼んでくださーい!」


 台無しだと思った。

 いや、ビッグネームだけどさ。


「お、おう、おまえがそれでいいなら」


 凪月は、腑に落ちない気持ちを横において、最も大事なことを尋ねた。


「山寺さん」

「かとちゃんでーす!」

「……かとちゃん」

「What’s happen? けんちゃん!」

「誰がけんちゃんだ」

 こいつ、おちょくってんのか?


 もうやだな、こいつ、と凪月は見限りかけたが、隣から進々に小突かれて、仕方なく話を続けた。


「かとちゃんは、今、バスケ部のポスター見てたじゃんか。もしかして、バスケ部に興味あるのか?」


 ノーと言ってくれ、と凪月は密かに思ったが、よくよく考えれば、この後付き合うのは、進々の方だ。凪月には関係ないから、まぁいいか、と思い直した。

 カトリーナは、両の手を握りしめて、


「Da! DaDa!」


 と天井に突き上げた。


「バスケはジパングの宝!」

 アメリカ発祥だけどな。


「いわゆるオーパーツでーす!」

 それは違う。


「Ariaの血が沸き立ちまーす! 一緒にBasketballをEnjoyするでござーる!」


 したくないでござーる、とはさすがに言えず、凪月と進々は、苦笑いを浮かべるしかなかった。 


 少しずつ女子バスケ部のメンバは集まってきたけれど……。


 何か、メンツ濃いなぁ。

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