第35話 秘密(?)の約束…

 

 

「こんな時間になっちゃった……」

 時間は飛ぶ様に流れ、日は傾き夕方です。

 やって来たのは、もはやお馴染み魔法実習場。

 木々に囲まれた実習場は、学園内のどこよりも夜の訪れが早い様で

 既に夜が顔を見せ始めていました。

 

 本当はもっと早くに来たかったのだけど。

 あの後、色んな事がありすぎました。

 コロネ達にお祝いしてもらい、フェア先生に胸を触られて

 そして、フィール先輩に捕まってしまう……

 今日あった出来事だけで、本を一冊書けてしまいそうです。

 

 その事はこっちに置いて、今はお姉さまです。お姉さまを捜さないと!

 渡された紙に書いてあったのは、『放課後実習場へ』と言うお姉さまからの伝言。

 時間は指定されていなかったけれど、流石に遅くなりすぎました!

 お姉さまはどこ?と捜し、直ぐに見つかりました。

 実習場の片隅、夜よりも深い色の髪を風に遊ばせる姿。

 

「お姉さま!遅くなりました」

 私は急ぎ駆け寄るのだけど、何かを考えていたのでしょうか?

 お姉さまは私の呼び掛けから、少し遅れて顔を上げました。

 

「…シルファ?大丈夫よ、私も今さっき来たばかりだから……」

 お優しいお姉さまの言葉と笑みに、シルファは喜びを禁じ得ません。

 でも、今は喜びに浸っている時間はありません、本題です。

「お姉さま、それで今日は……」

「…わかってるわね?貴女の魔法の事よ」

 聞くまでもありませんでした、お姉さまの言葉に私はこくりと頷きます。

 この待ち合わせは私が習得した魔法、『闇の雷ダークライトニング』についての事。

 

 私と同じ、お姉さまも私の魔法の事が気になっていたのです。

 お昼休みに会う事が出来なかったのも、お互いに捜し合っていたから。

 それほどに今回の一件は私達にとって一大事なのです。

 

 

「シルファ、まずはこれを見て……」

 本題に入る合図として、お姉さまは右手をスッと伸ばし

 二本の指を丸太へと向けました。やはりお馴染みとなった、魔法訓練用の標的となる丸太です。

 そして、その右手を肘を曲げる様に振り上げ

「『闇の…雷ダーク…ライトニング』」

 小さな呟きと共に空を斬り振り下ろせば、黒い閃光が走り。

 次の瞬間……

 丸太は闇色の雷に貫かれ、破裂音と共に砕け散った。

 後に残るは原型を留めぬ木片のみ……

 

 使えています!

 

 お姉さまは『闇の雷ダークライトニング』を使えています。

 私は、お姉さまから魔法を奪っていません!

 それは同時に、私の固有魔法が『魔法強奪系スティールマジック』では無い事も意味します。

 まずは一安心。お姉さまから魔法を奪っていたらどうしようかと思っていました。

 でも、お姉さまは本当に大丈夫なのでしょうか?

 

「あの…お姉さま、どこか調子悪い所はありませんか?」

「問題無いわ、キユウ先生にも視てもらったけれど…健康そのものよ」

 良かった、これも一安心です。そうなると、残る問題は一つだけ。

 

 私が『闇の雷ダークライトニング』を得る事になった切欠です。

 考えるまでもありません、お姉さまも私も既にわかっています。

 

 私が魔法を得た切欠。得るのに必要だった事、それは……

 

「…もう一度試しましょう……」

「え?」

 いきなりの言葉。一瞬ぽかんっとなってしまったけれど。

 つまり再現をしようと言う意味ですよね?私が魔法を得た時の再現を。

 

 あの時あの瞬間、私は初めての体験をしました。

 幾度も繰り返した中でも経験した事の無い

 お姉さまと私が混ざり一つになる様な

 至福と歓喜の先へと行ってしまいそうな感覚。

 思い出すだけでも顔が熱くなります。

 

 あれをもう一度?

 お姉さまとは何度もしているけれど、あの経験の後だと顔がますます熱く。

 それに私、あの直後に気を失ってしまったし。またそうなったら……

 

「…緊張しなくてもいいの、いつもの私達の様にすればいいのよ…?」

「いつもの私達の様に……」

 お姉さまの言う通りです。恐れる事なんて何もありません。

 私達にとってこれは大切な儀式。きっと、これから先も繰り返す事。

 気持が楽になったのなら、後は流れに身を任せるだけ。

 

 互いに身と身を寄せれば、胸と胸が触れ。

 暫し見詰め合った後、お姉さまと私の唇が触れ合いました。

 

 いつもなら流れのまま、ここからお互いを感じ合うのだけど。

 昨日はその前にあの感覚が訪れて……

 

「!?」

 

 来ました!触れ合った唇から熱がどんどん広がります。

 お姉さまから私へと、私からお姉さまへと

 これは魔力の流れ。昨日と同じあの感覚。

 熱い魔力の流れが私とお姉さまの間を行き来しています。

 流れは激しさを増しながら、やがて渦巻きとなる

 ぐるぐる、ぐるぐると魔力の渦は加速し勢いを増し。

 だめです。

 意識が渦に飲み込まれてしまう、また意識が飛びそう……

 

 お姉さまの腕が私を抱きしめました。

 強く、それでいて包み込む様に柔らかく暖かくふわりと。

 私の意識をお姉さまが繋ぎ留めてくれている。

 渦巻いていた渦は静まり、私の中へと収まっていく……

 

「…はふぅ……」

 小さく息を吐くと、身を任せたまま呼吸を整える。

 意識を失う事は無かったけれど、それでも身体がふわふわします。

「…やはり、刺激が強すぎるわね……」

「お姉さま…?」

 腕の中から顔を上げれば、湯上りの様に頬を紅潮させたお顔がありました。

 どうやら、あの熱を感じていたのは私だけでは無い様です。

 朱に染まったお姉さまのお顔は、いつもと違う色香があって

 見ているだけで、ドキドキとしてしまいます。

 

「これが常になのかは気になる所だけど…それでどうかしら…?」

「それは…あ!」

 熱に逆上せてしまったけれど、この口付けの意味を思い出しました。

 私が『新しい魔法』を得た時の再現、これで私の固有魔法が明らかになります。

 

 お姉さまから身を放すと、静かに意識を集中します。

 静かに、静かに……

 意識の中に熱がある、熱はやがて形となり……

「私の中にイメージは……」

 

「これ…?」

 もやっとした物に私の意識が触れました。

 今まで私の中には無かった、新しい『何か』です。

 それを手繰り寄せる様、意識の手を伸ばして行くと……

 

「…あ、ある?」

 浮かびました!イメージが浮かび上がりました!

 伸ばした意識の先にあったのは、確かなイメージ。

 

 それは……

 深い深いどこまでも深い、全てを飲み込む闇のイメージ。

 形の無い闇、だけど私にはイメージする事が出来る。

 そして形を与える事も……

 私は右手を握り締めると、私の中にある『それ』に形を与えます。

 形を持たぬ物に形を与える……

 

深淵の闇ディープダークネス

 私は呟きながら右手を開くと、闇の魔雫マナを放ちました。

 深き濃き闇を場に生み出す魔法、深淵の闇ディープダークネスです。

 

 私の右手から解き放たれた魔雫マナが、丸太を包み込み。さらに周囲の闇を集めながら大きくなって行きます。

 向こうの風景が全く見えない濃厚な闇。もし丸太が生き物であったのなら

 視界は完全に閉ざされて、周囲の様子を知る事は出来なくなるでしょう。

 

 漂う闇に触れながら「…驚きだわ」お姉さまは嘆息混じりに呟きました。

「いきなり深淵の闇ディープダークネスだなんて……」


 お姉さまが驚くのは当然の事。『深淵の闇ディープダークネス』は『闇の霧ダークミスト』を強化させた魔法。

 だから習得の順番で言うのなら、『闇の霧ダークミスト』からが普通。

 なのに私は、いきなり『深淵の闇ディープダークネス』を習得してしまった。これは非常に稀で驚くべき事態。

 普段、日常の中で強く表情を見せないお姉さまですら、驚きとわかる表情を浮かべています。

 

「シルファ良く聞いて…?」

 お姉さまは私の肩を痛い程に強く掴むと、顔を寄せ言います

「貴女の力については当面の間、秘密にしましょう……」

 

 その言葉に私はこくりと頷いてから、言葉を続けます。

「はい、私もその方が良いと思います!むしろそうしましょう!」

 一も二もなくお姉さまの提案に同意です。

 当然です。口付けで魔法を貰う能力なんて、皆に知られたらどんな事になるか。

 それにこの能力自体、まだ私自身にも分からない事が多すぎます。

 

 より多くの魔法を覚えたい気持ちはあるけれど

 そのためにこの能力を使うのは、相手に対し不誠実ですから。

 やはり、口付けは気持ちの通じた大切な人としないと!私とお姉さまの様にです。

 口付けは、お互いの気持ち確かめ深める行為でもありますし。

 そんな浮かれた事を考えている時、それは起こりました。

 

 カサッ

 

 何か不自然な音が聞こえました。それに……

 急ぎ正体を確認するため、私はその場でぐるりと一回転するのですが

 何も見つかりません。これは困った事態になったかも。

 

「シルファ?急にどうしたの…?」

「あ、はい…誰かに見られていた様な気が……」

 いきなり回転した事で、お姉さまを驚かせてしまいました。

 だけど、音を聞いた時に視線を感じたのです。私達を見詰める視線を。

 もし視線の主が私とお姉さまの口付けを見ていたら

 それだけではありません、私の力の事も知られてしまったかも?

 

「…誰かに…?」

 短く言って、お姉さまの足元から黒い物が八方へ伸びて行きました。

 闇よりも濃く深い、日の消えた地面にあってなお黒く見える……

 触手です。触手の魔法(?)です。昨日、私を担ぎ上げたあの触手達です。

 お姉さまは伸ばした触手で周囲の様子を探っている様です

 もしかして、そのまま捕まえるつもりなのでしょうか?

 出来れば穏便に済ませたいのだけど……

 

「…誰もいないわね……」

 お姉さまの言葉で気付けば、触手達の数は八本から十二本に増えていました。

 この数の触手達から逃れてしまうなんて……

 

「そうですか……」

 気のせいと思いたいけれど、確かに誰かが私達を見ていました。

 隠そうと決めた矢先に見られてしまうなんて……

 

 

 この日は一先ず寮へと帰る事にしたのだけど

 新しい魔法を得た喜びと同時に

 悩める日々はまだ続きそうな予感がしてきました。

 

 ああ、私とお姉さまの平穏な学園生活はいつ訪れるのでしょうか……

 

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る