第33話 闇に口付けて…

 

 

 とうとう五日目です。

 私ことシルファが魔法を使えなかったあの日から数えて五日目。

 

 同じ教室で学ぶ皆の魔法を全て試したけれど

 未だ私の中に新たな魔法が目覚める気配はありません。

 ただ、繰り返し繰り返し練習を続けた『魔法の矢マジックアロー』の威力はかなり上がっているかも?

 

 でも、そろそろ現状を打破しなくては、先へと進む事が出来ません。

 早く何か方法を見つけないと……

 

 ………

 

 ……

 

 …

 

「クロワありがとう♪今日もがんばれそうだよ」

「ん~どういたしまして~」

 抱擁を解かれながら、クロワと笑みを交わし合う。

 お互い、お馴染みになりつつやりとり。

 

 クロワの固有魔法である体力回復。大地の力を吸収し他者に分け与える力。

 地面に接していないと力を吸収出来ない欠点はあるけれど、便利な魔法です。

 

 

「…二人とも大きいわよね……」

 私とクロワのやりとりを見ていた、ルキアが何か言っています。大きい?

 どうかしたの?と私が首を傾げると、代わりクロワが答えました。

 

「あ~ルキアは悩み多きお年頃なのさ~、ね?」

「え?そう言うのでは無くて…きゃ?」

 クロワに抱き付かれルキアが可愛らしい悲鳴を上げました。

 二人のこんなやりとりも、もはや見慣れた光景。

 うんうん、相変わらず仲がいいなぁ。でも、結局大きいって何?

 

「むぅぅ」

 唸りながらコロネが背中から抱き付いて来ました。

「コロネ?急にどうしたの?」

 表情は見えないけれど、なんとなく拗ねている様な気が。

「私だって温もりが欲しい!あ、シルファが抱っこしてくれてもいいよ?」

「はいはい」

 素っ気無い返事はしてみたけれど、コロネに抱き付かれるままにしてみたり。

 

 思い返せばコロネはあの日から毎日、私の特訓に付き合ってくれている。

 彼女にだってしたい事はあるはず、それなのに毎日です。

 今の私に返せる物は何も無いけれど、温もりが欲しいと言うのなら山盛りで……

 

 あれ?この髪の根元がもぞもぞとする感触は

 もしかしてコロネさん、匂いを嗅いでいたりしますか?

「んーやっぱりシルファの髪はサラサラでいい匂いだねぇー」

 前言撤回。やはり剥がします。

 

「ああん、もう少しー」

「ああんじゃありません」

 全く、コロネは直ぐに調子に乗ります。

 普段と変わらない態度で接してくれるのは嬉しくあるのだけど。

 こらこら、ルキアもクロワもにやにやしないの?

 

 でも……

 今の私にとってこんなやりとりが、一番の癒しなのかもしれません?

 

 ………

 

 ……

 

 …

 

 寮へと帰るコロネ達を見送り、実習場には私一人。

 五日目ともなると慣れてきたけれど、やはり心寂しい物があります。

 先日のライラの様に、急な来訪者が現れて…なんて事を期待したいけれど

 それはきっと都合の良すぎる考え。

 

「だよね、誰か来たら、なんて……」

 それでもと呟いてみたりするのだけど。

 都合の良い出来事なんてそうそう起こる訳がありません。

 またこんな気の抜けた姿を見せたら、ライラに怒られてしまいそうです。

 

「来たら?」

 

「え?」

 お姉さまの声です。セレーネお姉さまの声なのは間違いありません。

 でも、なぜここでお姉さまの声が?もしかして幻聴?

 

「シルファ、特訓をするのではないの?」

「お、お姉さま?」

 慌てて振り向けば、お姉さまが立っていました。

 黒の髪を風にそよがせ、凛と輝く紅玉の瞳。口元には静かな笑み。

 上から下まで間違いなくお姉さまです。

 でも、なぜここにお姉さまが?

 

「はい、特訓はするけれど…なぜ…?」

「待っているだけは寂しいのよ?」

 お姉さまは言って肩を竦めると、右手を私の方へ差し出しました。

 そして、人差し指と中指を私の方へと向けました。魔法を放つ姿勢です。

 

「闇系の魔法は、あまり受けていないのでしょう…?」

「はい!お願いします!」

 大きく頷くと、お姉さまから五歩程離れた位置で身を構えました。

 

 火水風土の四属性の魔法と比べて、光系と闇系の魔法を習得している者は少ない。

 私のクラスでも光系の魔法に目覚めたのは二人だけ、闇系の魔法は一人でした。

 なので闇系の魔法はフェア先生と合わせても、試したのは二回。

 だからお姉さまの申し出は嬉しくてありがたいのです。

 なにより、お姉さまが私の特訓に付き合ってくれる。

 これを断る理由なんて全くありません。

 

 

「まずは軽めのから……『深淵の…闇ディープ…ダークネス』」

「え…?この魔法……」

 お姉さまは指を立てるとくるっと一回転。すると。

 私の周囲に闇が生まれました。『闇の霧ダークミスト』の様な霧状の闇では無くて。闇その物が。

 闇が身体に纏わり付いて動けません。それになんだか気持ちいい?

 暖かい海を漂い、押しては返す波に揺られている様な。

 

「…シルファどうかしら…?」

「なんだかーふわふわしますー」

 目の前は真っ暗なのに視界がゆらゆらと揺れています。

「シルファ!?」

 あ、お姉さまの足音が近付いて……

 

 ………

 

 ……

 

 …

 

「大丈夫?…受けるには最適な魔法と思ったのだけど……」

「…大丈夫ですー」

 前後不覚になり、お姉さまに闇の中から引っ張りだされたけれど。

 どうやら『闇酔い』してしまった様です。

 稀にだけど。感受性の強い少女が濃く深い闇に飲まれた時、陶酔してしまう事があるとか?

 私は稀なうちの一人だった?でもお姉さまの考えは違う様です。

 

「これは推測なのだけど…今の貴女は、魔法を受け入れやすい状態なのかもしれないわ……」

「受け入れやすい…?あ…!」

 お姉さまの言葉で私はフェア先生の言葉を思い出しました。

 

 

『…貴女の魔力は…透明な水晶の器…そこに色が入れば使える……』

 

 

 先生達の言葉は間違いなく当たっていました。

 私の身体は魔法を受け入れる事が出来る状態になっている。

 ただ、ここまで成功していないのは。正しい方法を見つけていないだけ。

 五日目にして再び希望が見えて来ました!

 

「お姉さま!私、もう少しお姉さまの魔法を受けてみたいです!」

「わかったわ、でも…無理をしてはだめよ?」

 先日の失敗もあります、だから同じ事を繰り返すつもりはありません。

 私はお姉さまの言葉に大きく頷き、それを合図として特訓が再開されました。

 

 

「…闇の…雷ダーク…ライトニング……控えめ」

 お姉さまは腕を組む様な姿勢を取ると、右手二本の指を上から下ヘと空を切る様に動かしました。

闇の雷ダークライトニング』、闇系魔法を代表する攻撃魔法。

 凝縮した闇の魔雫マナを剣の如く鋭い力として落す魔法。

 まともに受ければかなり痛いはずだけど

 ここはお姉さまを信じて、ぐっと歯を食いしばりました。

 

 ピチューン。金属を弾く様な独特の音が聞こえ……

 

「ひゃっ?…痺れました…でも」

 肩付近に直撃したはずなのに、あまり痛くはありませんでした。

 そう言えば、最後に控えめと言っていた様な?

「大丈夫…?加減するのは難しいわね……」

 お姉さまはそう言って首を傾げました。

 やはり、かなり威力を抑えてくれていたみたいですね。

 

 

「大丈夫です!だから、どーんっとやってください!」」

 仄かな感覚だけど、お姉さまの魔法と私は相性が良い気がします。

 今日こそ行けるかもしれない、その予感をこの五日間の中で強く意識しました。

 

「どーん…?っと?」

「はい!どーんっと!」

 お姉さまは眉を潜めたけれど、私の言葉に強い意思を感じ取ると

 こくりと大きく頷いて、両手を突き出す様に構えました。

 片手だけを使っていたお姉さまが、両手で構えを!

 

 さぁ、ここからが特訓の本番です。

 

 ………

 

 ……

 

 …

 

「シルファ、休憩にしましょう……」

「もう少し!もう少しだけ」

 

 あれから、色々な魔法を受けてみました

 多数の闇が襲い来る魔法、下に落ちて上から落ちてくる魔法。

 巨人に踏まれるが如く見えない力で圧迫される魔法。

 

 制服はまた汚れてしまったけれど。

 今の私は気合いに満ち満ちている、だからもう少し頑張ってみたい。

 でも私、少し調子に乗ってしまった様です。

 

「…シルファ…これは命令よ……」

 目が怖いです。お姉さまは感情の無い言葉で言うと

 鋭い視線で私を睨み、右手の指をパチンっと弾きました。

 すると、地面から黒いうねうねとした物体が無数に生えてきました。

 私の腰程の高さの、細長いトンガリ帽子にも似た真っ黒な物体。

 

 こ、これは、いわゆる『触手』と言う物ではないでしょうか?

 触手さん達に囲まれ、逃げ場が無い状態。逃げるつもりはありませんよ?

 でも、そんな感情を見せた所でお姉さまの怒りが収まる事は無く。

 

「あ、あの?お姉さま」

「………」

 お姉さまは私からの呼び掛けを無視し、もう一度指を弾きました。

 すると……

 

「ふぇ?」

 触手達は私をひょいと持ち上げ、わっせわっせと運び始めましたよ?

 なんだか収穫祭の精霊像担ぎの様な状態です。で、運ばれた先は。

 実習場の片隅、木造りの長椅子でした。

 

「これでよし…シルファここで休みなさい」

「はい……」

 お姉さまは手で長椅子の埃を払うと、私を座らせました。

 私のためにお綺麗な手が。

 罪悪感。なのに、お姉さまはこんな事するのですから。

 

「寄りかかってもいいのよ…?」

「大丈夫で…あぅ」

 私の隣に腰を下ろすと、お姉さまは強制的に私の頭を自分の肩へ寄せました。

 お姉さまの体温を感じる事が出来て嬉しいのだけど。申し訳なくも。

 でも、甘えないのもどうかと思うし……、ここは素直に甘えてしまいます!

 

 そうと決めたら後はお姉さまに身を任せるだけ。

 ゆったりとした時間。気付けば空は夕と夜と狭間の顔を見せている。

 吹く風まだまだ冷たいけれど、お姉さまは温かい。

 

 

「こうしていると思い出します……」

「何をかしら…?」

 首を斜めに傾げ、お姉さまが私の顔を覗き込みました。

 思い出しますとは言ったけれど、言葉にするには少し恥ずかしい思い出。

 だけど私とセレーネお姉さまにとって大切な思い出。

 

「その…お姉さまとはじめて……」

「はじめて…?あ、ああ……」

 はじめてと言う言葉でお姉さまも思い出した様です。

 

 あれは私とお姉さまの大切な思い出。

 近くて遠い幼い日の思い出。

 

 幼い少女二人、森の奥への素敵な冒険。

 切欠は絵本の一ページ。

 森の奥、霧に包まれたキラキラと輝く宝石のお城を見つけたくて。

 小さな肩掛け鞄に、おやつのビスケット三枚とミルクの瓶。

 リボンの帽子に真新しい外套羽織ったら、二人手を繋いで出発

 

 

「…出発したまでは良かったのだけど……」

「ふふっ、まったくだわ」

 お姉さまと一緒に思い出し笑い。

 でも、当時は笑い事ではありませんでした。

 

 宝石のお城は見つからず、森の奥で迷子になったのは言うまでもありません。

 前の大戦で混沌の隷鬼ゴブリンは消え去ったけれど、森には危険がいっぱい。

 狼や熊の獣達。森の奥深くには、魔獣が潜むと言う噂さえありました。

 今思い出しても、こうして二人無事なのは本当に運が良かった。

 

「そうでなくても真っ暗な森の中に二人きりだものね……」

 お姉さまはしみじみと言うけれど。夜の森は本当に本当に怖かった。

 幾重にも重なった枝と葉が月と星の灯さえ隠す真っ暗な世界。

 時折聞こえる夜鳥や夜獣達の唸り声は

 私達を死へと誘う怪物の声にも聞こえてしまう。

 恐怖で壊れそうになる小さな心を支えてくれたのは

 繋いだ手と手。

 

「お姉さま…私、あの時は……」

「いいのよ……」

 思い出し肩を竦める私を、お姉さまは撫でてくれるけれど。

 あの時、私は怖くて怖くてついには泣き出してしまったのです。

 

 泣き声を聞いた獣達が、急ぎ足でやって来るかもしれないのに

 私は泣く事を止める事が出来なくて。

 泣いてお姉さまは困らせてしまいました。

 だけど、そんな私にお姉さまは。

 

「私、お姉さまがあの時、その…あの……」

 泣きじゃくる私に勇気をくれたのは、お姉さまの口付け。

 子供同士がする様な頬への拙い行為では無く、唇と唇を触れ合わせた口付け。

 いきなりの事で驚いてしまったけれど。不思議と恐怖は消えていました。

 

「…私はただ…貴女の中の恐怖を消してあげたかった…それだけ……」

 だから自然に唇を触れ合わせていた

 お姉さまはそう続けて、照れた笑みを浮かべました。

「でも、普通は口付けなんてしませんよ?」

 

「シルファは嫌だったの…?」

「嫌じゃありません!嫌じゃないから……」

「ないから…?」

 お姉さまは小さく首を傾げると笑みを浮かべました。

 もう!お姉さま意地悪です。これ以上は口にしなくてもわかるはずです

 でも……

 

 口にしないと分からない事もありますよね?

 そうです!口にするよりもっと簡単に分かる方法がありました。

 だから、私はお姉さまに顔を近付けると目を閉じるのです。

 

「…シルファったら……

 私を試すの…?いいわ、試されてあげる」

 

 目を閉じていてもお姉さまの呆れ顔が見える様です。あ……

 お姉さまの吐息が唇を撫でました。

 妙にくすぐったく感じるのは目を閉じているせいでしょうか?

 また唇に吐息が。

 私、試すつもりが試されてしまった様です。

 やはり、お姉さまには勝てません。

 

「ふふっ、じらすのはこのくらいしてあげる……」

 お姉さまの勝ち誇った声から間を開け、唇と唇が触れ合いました。

 特別な一時ひととき、長くもあり短くもある特別な時間。

 

 …?

 

 何かおかしいです。

 唇を触れ合わせただけなのに、いつもよりもお姉さまを強く感じます。

 

 お姉さまと私が混じり合う。

 

 これは魔力?魔力と魔力が混じり合っているの?

 わからない、わからないけれど。魔力の昂ぶりで身体が熱い。

 

 お姉さまの魔力が私に、お姉さまから私へと……

 

 

 後になって思えば、これが始まりの合図だったのです

 新しい私の始まりの合図…… 

 

 

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