第10話 しっぽの先生
可愛い生き物が教壇の上に立っている。
ちょこんとそこに立つのはだぼだぼのローブを纏った少女。
ただの少女では無い。可愛いに可愛いを重ねるが如くのパーツがくっついている。
ふわふわとした金色の長い髪、その頭の上に乗っているのは三角の耳。多分狐系種族の耳です。
腰から伸びるのはこれまたふわふわとした尻尾、彼女が動く度に楽しげにくるんくるんと揺れています。
扉からあの少女が入ってきた直後から、皆の動きが止まってしまいました。
後ろから聞こえていたコロネの声が止まり、前に座るルキアとその隣のクロワも動きを止めた。
まぁ、クロワは寝ている様な気がしないでもないけど。
とにかく、彼女達だけはない、教室から声と動きが消えました。
先程まで聞こえていた自己紹介の声も雑談の声も全く聞こえません。
多分、今、皆同じ事を考えていると思います。
『なぜこんな可愛い生き物がこの教室に?』…と。
少なくとも私はそう思っています。
「えっと、私が皆さんの担任になるセルティス・セイラムです。よろしくね♪」
皆が注目する中、少女が自己紹介をしました。その姿と同じにふわふわとした愛らしい声。
続けて少女は両手を前で重ね大きく頭を垂れました、それにつられ私達も頭を垂れてしまいます。
だって、こんなに可愛い挨拶されたら誰だって頭を垂れ返してしまうはずです。
それに担任だって言うし。うん、担任…?
「えー!?」
大きなどよめきが教室内に沸き上がりました。驚きの声です。
セルティスと名乗った少女は言いました、確かに言いました『皆さんの担任』と。
それはつまり彼女が先生、私達を指導する先生であると言う事です。
「ねぇシルファ…聞き間違えじゃないよね?」
「…うん、聞き間違えじゃないと思う……」
コロネからの問いかけ。私は頭を傾ける様にしながら振り向くと、返答をし頷きました。
またざわめきが増えてきました。やはりと言うべきでしょうか?戸惑っているのは私達だけでは無い様です。
私達と同じ様なやりとりをする声が、教室のあちらこちらから聞こえてきます。
「むむぅ、毎年の事でもう慣れましたけどー、先生は本当に皆さんの先生なんですよー?」
先生を名乗る少女は大きめの声で抗議すると、両手を上げながらぴょんぴょんと跳ねました。
あ、駄目です可愛い、可愛すぎます。
可愛い物が可愛い動きをしている、それだけでもう満たされてしまいます。
女の子の約九割は可愛い物が好き、それは世界の法則の様な物。
だから、この子が先生でもそうでなくてもいいです。可愛いし!
「もう!あんまり騒がしいと先生怒っちゃいますよー!」
怒る姿も可愛い!皆が先生の可愛さの虜となり教室内から騒がしさとざわめきが止まりません。
しかし、その騒がしさもここまででした。
「怒りますよーいいですね?先生本気ですからね……始原の理、勇猛たる牙……」
少女は両手を前に伸ばし交差させると、何事かを呟きはじめました。
複雑な言葉の羅列に聞こえるけれど、多分魔法術式の詠唱です。それもかなり高度な術式。
でも何かがおかしい。言葉自体は聞き取る事が出来るのに、意味が頭に入って来ません。
例えるなら、目で見えているのにそこにある事を認識出来ない…そんな感覚。
今わかる事は私達の知る魔法とは違う事、これまで学んだ知識では理解できない事。
そして、この詠唱により何かが起こると言う事。
肌がピリピリとする。多分魔法力の昂ぶりです、魔法力の源である
魔法を使う中で
ううん、過去にもこんな事があった気がするけれど…思い出せない。
とにかく!少女は
「…答えよ…出でよ…hchmns」
少女の詠唱が終わり、教室内から全ての声が消えた。
先程まで昂ぶっていた
それも束の間、
竜だ!
弾けた中心から竜が飛びだしてきました!
漆黒の竜。幼い時に絵本の挿絵で見た怖くて恐ろしい竜、そのイメージそのままがそこにありました。
血の様に滾り燃え盛る瞳、鈍く輝く鎌の様な二本の角。口からは死を纏った牙が覗かせる。
その体躯は広い教室の中にあって巨大さを示し。
背から広がる翼は私達を闇と恐怖の檻へと覆い包み逃がさんとする。
長い首がうねる様に動き、真っ赤な瞳が私達の一人一人を順に睨みつける。
動けない。
身体が言う事を聞いてくれない、逃げ出そうにも足が上がらない。
私達が身を竦める中、竜は首を後ろに大きく引くと顎を上下に大きく開き……
次の瞬間、暴風の様な咆哮が解き放たれた。
窓と壁がビリビリと揺れ、その衝撃は私達を椅子に押しつる。
(あ…私、気を失うかも……)
迫力のありすぎる竜の姿と衝撃、かろうじて残っている意識がそんな事を思う。
しかし、意識が途切れるよりも先に竜の姿が消えました。
全てがパタリと終わった。まるで先までの光景が嘘だったかの様に、突然に。
えっと、これは一体?皆も口をぽかんと開いたまま固まっています。
今のは幻覚?それとも本物?わからない、わからないけど……
凄い!
今のは私達がまだ知らない魔法の力です!それが惜しげも無く使われました。
これが本当の魔法なんだ、そして私達がここで学ぶ先にある物。
初日からいきなり凄い物を見てしまった気がします。
なんだか胸の奥が熱く跳ね回っています、皆も同じ気持ちなのか教室の空気が変わりました。
先程まであった恐怖はもうありません。
ふわふわとしたおぼつかない瞳は、期待に満ちた瞳へ。
そんな私達を少女…いえ先生はゆっくり見渡し、そして口を開かれました。
「ふっふーん♪驚きましたか?驚きましたね?」
してやったりとでも言う様に鼻で笑うセルティス先生。
皆の驚き顔がよほど嬉しいのか、頭にのった狐耳がぴこぴこと揺れています。
うん、やっぱり可愛いかもしれません。
可愛いけれど、この方は間違い無く先生です。彼女の態度を見て私達は完全に理解しました。
そして結果的に私達はこの短い時間で多くを学びました。
世界にはまだ私達の知らぬ魔法があること、魔法の力は外見で判断出来ない事。
「えーっと、今のは召喚術、『精霊』や『幻獣』等を呼び出す魔法です。
皆さんもいずれ覚える事になるでしょう」
召喚術!名称だけは聞いた事があったけれど、実際に目にするのは初めてです。
でも、使うには複雑な術式の詠唱や大きな魔力が必要になると聞きました。
それに召喚される存在に対する詳しく深い知識も必要なはず。
「でもまずは基本からです。そのためにも授業の説明を…聞いてますかー?」
基本から学ばないといけないのはわかるのだけど、やはり興奮の気持ちは収まりません。
だって、あんな凄い術を見てしまったのだから。
それに、私達もいずれ……
そんな事を想えば気持ちはますます昂ぶってしまいます。
「驚いたけど、面白い先生ね」
「私この先生好きかも?」
ルキアそしてコロネが前と後ろで囁き、私はそれに同意するように頷きました。
二人の声から私と同じ様に興奮してるのがわかります、それに先生の可愛さにも。
でも、可愛いけれど、偉大な魔法を使う素敵で面白い少女。
セルティス先生、私達の担任となる少女。
先生から学ぶ事で多くを得る事が出来る、そんな気がします。むしろこれは確信。
「んー…そろそろ説明を初めても大丈夫でしょうか?」
少し驚かせすぎましたかね?と続けながら、セルティス先生はてへりと舌を出しながら笑いました。
気付けばいつの間にか黒板には先生の身長ほどもある紙が張り付けてありました。
どうやらこれから一年の予定を纏めた物の様ですね。
でも、先生の身長でどうやってあの紙を張り付けたんだろう?と思っていたら、台座に乗ってましたよ。
しかも、先生の動きに合わせ左右に動くし。あれも魔導器なのでしょうか?
「では、説明を始めますよー?
まずはこれからの予定です、必要ならメモをとってくださいね?」
そう告げて先生はこれからの予定を説明しはじめました。
先生の説明に合わせ筆記具の走る音が教室に響く。
するべき事は多いけれど、一つ一つが私達が前に進むための物。
だから一つも聞き逃さない様にしないと……
それはきっと皆も同じ気持ち、だって雑談の声が聞こえなくなったもの。
興奮の気持ちはまだ収まらないけど、切り替えていかないと……
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