ルミナス魔法学園物語 ~『私はお姉さまとゆるゆる学園生活したいだけです!』~
月羽
春色の日々
1.その花弁に再会を
第1話 到着、学園都市
乳白色の霞がある……
乳白色の霞にゆられ私は漂っています
漂い、漂い、何かを見つけた
これは…建物…?
私はここを知っています
石を積んだ土台に木材を組み、土で壁を作った古い古い建物
見かけは古いけど、静かなその雰囲気は厳かな気持ちになります
街の人々は日々ここで祈りを捧げ、明日へ願いを繋ぐ。
そう、ここは祈りの場所、礼拝堂。祀られているのは創世の女神様。
私はここが好きでした。ここには色々な思いでがあるから。
『あの人』や皆とかくれんぼ遊びをした木作りの長椅子。
天井を支える太い柱は寄り掛かるのに丁度良い。
こっそり名前を刻んだりもした。
真正面の壁、少し上には
創世の神話を描いた色彩硝子
色彩硝子を通り差し込む光は七色へ変わり
私達へ降り注ぎ、私達を非日常へ誘う。
で、色彩硝子の真下には創世の女神様の像
毎日祈りを捧げるのが日課だったけど、それとは別に色々なお願いもした。
女神様に相談をした事もある。
…像だから答えてはくれないけど、気持ちは楽になった……
人のいない時間も多いから、『あの人』と二人きりで会うのにも丁度良かった
ああ、そうだあの日も……
…
……
………
創世の女神像が見下ろす先に二人の少女の姿がある
少女達は互いの瞳から目を逸らす事無く、言葉を交わし合っている。
もし、ここに第三者の存在があったのなら
二人の間に特別な空気を感じとり
そそくさとその場を歩き去っていたでしょう。
しかし、今この場この礼拝堂にあるのは二人の少女の姿のみ
彼女達を観測する者の姿など、どこにもありません。
仮に女神像が言葉を語れたとして
今、この日、この時はきっと黙していてくれた事でしょう。
女神像は知っているから
少女達が重ねた時の長さを、共に過ごした時の尊さを。
少女達も知っているから
女神像が自分達をずっと見守り続けていてくれた事を。
だから、少女達は周囲を気にする事無く言葉を交わし続けます。
「…お姉さま…どうしても行ってしまうのですか…?」
小鳥の囀りの様な声が響く。言ったのは白銀の髪に蒼玉の瞳の少女。
楚々とした愛らしさを纏いながらも幼さの残る目鼻立ち
そして、肩で揃えられた白銀の髪。人は少女を見て人形の様に可愛いと言う。
しかし、そんな愛らしい姿も
今は嘆きの言葉により、駄々こねる幼子の様に見えてしまう。
「シルファ…そんなに悲しい顔をしないで?私まで悲しくなってしまうわ……」
受け止める様に言ったのは漆黒の髪に紅玉の瞳の少女
シルファと呼ばれた白銀の少女が愛らしい顔立ちとするなら
こちらは美しいと呼ぶべき顔立ち
見詰め返す視線もシルファよりも少し高い。
纏う空気は『お姉さま』と呼ばれるに相応しく
穏やかで慈しみを秘めた瞳で白銀の少女を見詰め返す。
「だってお姉さま…ううん、セレーネお姉さまと一年も離れてしまうなんて……」
それでもとシルファはセレーネと呼ばれた黒髪の少女の胸元へ抱き付き
瞳を上げると縋りつく様に訴えかけた。
シルファはそのままじっと、セレーネの顔を見詰め続ける
互いの吐息の熱さを感じる距離。
はらりと垂れた黒髪がシルファの頬を撫でました。
「…一年…でも私達が共に暮らした時間と比べたらほんの少しの時間よ?」
「されど一年です……」
セレーネの説得にシルファは引く事無くは、むしろ強気の姿勢で挑む。
しかし、言葉の強さとは裏腹に表情には弱気の色さえ見えて
ともすれば泣き出しそうでさえある。
二人の言葉が止まり、沈黙と見詰め合うだけの時間が流れる。
無音の時間。
無音の中にも聞こえる音がある、互いの口から零れる吐息と胸の鼓動。
「これは……」
やがてセレーネが口を開いた
「これは未来のためなの、そう私達の未来のためなの……」
セレーネの表情は先からと変わらない、それでもシルファにはわかる
そこに秘められた強き想いと合わさる胸の鼓動が伝い教えてくれるから
共に重ね過ごした時間が教えてくれるから……
セレーネの腕がシルファを強く抱きしめた
彼女の華奢な腕からは想像出来ぬほどの強さ
合わさる胸が一つとなり二人の鼓動が強く重なりあう。
「お姉さま……」
そう呟くとシルファはセレーネの胸に顔を埋めた。
それは幼い日から知る暖かな場所。シルファの髪に触れる物があった。
指、セレーネの指だ
セレーネの細くしなやかな指が絹糸の様な髪を梳く様に撫でる。
「ん…私、必ず行きますから……」
髪を梳かれる心地良さに身を任せながらシルファは呟く様に告げ
一呼吸の後にセレーネの胸により強く顔を押しつける
その温もりを匂いを忘れんとするかの様に。
「ええ、まってるわ……」
シルファの髪を梳きながらセレーネが答えた。最初からと変わらぬ穏やかな声
されども抱きしめる腕の力は強い
それはこの愛しい少女との時間を永遠としたいから。
そして腕の中から離したく無い、離れたく無いそんな気持ちが現れている様で
だからシルファはそれに答える様に
胸の間から顔を上げ潤む瞳でセレーネの顔を見詰めた
二人の視線と吐息が交わる
抱きしめ合う腕は熱く、胸と胸を通じ伝わる鼓動と鼓動はどちらも早鐘の様で
見詰め合う時間の中、先に動きがあったのはシルファ
白銀の少女は潤んだままの目を閉じると小さく吐息を零した
それを合図とし、二人の吐息は近づき……
…
……
………
……
…
「お嬢ちゃん!もうすぐ到着するよ」
その瞬間を待ち続ける私の耳に、私を呼ぶ声が聞こえました。
野太く掠れた声。あれ?お姉さまってこんな声だった?
もしかして、お姉さま風邪を召されたのでしょうか?
いいえ、お姉さまの声はもっとこう……
美しく喩えるならば、そう夜風の様な優しくて涼やかな声です!
そもそも今、私へと呼びかけたのは老齢の男性の声です。
お姉さまの性別が急に変わってしまうなんて冗談でも笑えません。
「お嬢ちゃんお嬢ちゃん起きなさいな」
また声がしました、今度は女性の声です。
でも、これもお姉さまの声ではありません。
聞こえたのは太く強い甲高い声。多分、それなりの年齢を重ねた女性の声です。
お姉さまが一気に老けてしまうなんて、それこそ馬鹿げた話です。
そもそも。お姉さまは私を「お嬢ちゃん」なんて呼びません。
ああ、わかりました!きっとこれは夢です。
そうです、私は夢を見ているに違いありません。
だって私は待っているのだから
お姉さまと唇と唇を触れ合わせる甘い瞬間の訪れを……
これは夢?
本当に夢?
待ってください、私はお姉さまと一緒に居たはず
なのに、なぜ夢を見ているのでしょうか…?
こっちが夢?
どっちが夢?
疑問の中意識が覚醒へと近付く……
「ん…あ、あれ?」
目を開けばそこにお姉さまのお顔は無く
馴染深い女神像も無いし、礼拝堂ですらありません。
代わりにあったのは見知らぬ人達の顔、そして入り組んだ鉄の骨組と木の壁
「おやま?やっと目を覚ましたよ」
年齢様々性別もそれぞれ。
でも、誰もが私の顔を覗きこみながらニコニコと笑みを浮かべています。
嫌な笑みではありません、むしろ温かく感じる私を優しく見守る笑み。
でもなぜ?
そもそもここはどこ?
私は誰?…って私はシルファ、それは間違いありません。
一つわかった事があります、それは私が居眠りをしていたと言う事。
つまり、先程までの甘いひと時は夢。そうです夢です!
あれは夢、何度も繰り返し見た夢。
その事を理解すると同時に、もう一つ思い出しました。
私の目的です、今ここにいる理由。
「起きたかい?もうすぐ『学園都市』に到着するよ!」
まだ寝ボケ
声の主は大きな背もたれの向こうから、僅かに顔を出し私の方を見ています。
私のすぐ隣では、私をゆり起したであろう、お年を召したご婦人がにこにこと微笑んでいます。
『学園都市』と聞くと同時、私の眠気は一気に吹き飛びました。
そして私の頭に、置かれた状況の記憶が戻って来ました。
「ま、まって?到着って…多分だけど一時間くらいしか経って……」
聞き違いで無ければ私はとんでもない事実を知った気がします。
ここにいる理由に関わる重要な事実。記憶と合わせて重要な事実。
だから、慌てて『制服』の内ポケットをさぐると、懐中時計を取り出しその文字盤を凝視する。
「嘘……」
呟いて私は固まってしまいました。時計の針は間違い無く『ここ』に座って一時間程しか経過していない事を告げているから。
それは私が想定していたよりも、遥かに遥かに短い時間。
「じゃあここは…な、何これ?」
視界の隅に流れる不可思議な景色……
窓の向こうの景色に気付くと、私は驚きの声をつぶやいてしまった……
そこには予想外の光景があったからです。
「世界が変わった……」
溢れ零れ出すのを押さえる事の出来ない驚き。
恥ずかしいなんて気持ちは微塵もありません、それほどに私は衝撃を受けてしまったから。
お屋敷程の高さの建物がいくつも連なる街並み。見える空は狭い、けど代わりに色とりどりの屋根が天を飾っている。
地を見れば規則正しく配置された石?のタイルが道を作り。そしてそれは見える先から見える果てにまで続き、さらに建物の影にまで繋がっている。
なにより驚いたのは人々の数、窓から見えるだけで私の故郷の全てより多いかもしれません。誇張等抜きにこれはまさに人の洪水。
地には道を行く大勢の人々、空には箒に乗った大勢の少女達。
人で溢れています。地も空も人がいっぱいです!
「はっはっはっ。景色が急に変わって驚いたかい?これが『魔蒸気』さ?馬車なら半日の道もあっという間!」
驚き続ける私を置き去りに掠れ声の主が自慢げに笑い語ります。
カラクリ仕掛けが付いただけの馬車と思っていたら、こんなに早いなんて……
この速度を初体験したのなら、誰もが驚いてしまうのは当然のはず。
馬車よりも圧倒的に早いこの『魔蒸気』は、これからさらに需要が増えて行くのでしょう。
…もっとも、私の故郷ではまだ馬車が移動手段の中心。田舎だもんね、これからこれから。
だからこそ、好奇心で利用してみたのだけど。これほどに早いとは予想外でした。
「良い夢見ていたみたいだから仕方ないさね」
「はぅあ!?」
不意打ちの様な、ご婦人の言葉に私の顔は真っ赤に染まりました。
もしかして、寝言をしていました?だとしたらどんな寝言を?
それを考えるとますます頬が熱くなります。
「毎年この時期になると多いのよ、お嬢ちゃんみたいな子達」
「その制服を着てるって事はそうなんだろう?」
「うんうん、風物詩みたいなもんだよなぁ」
私にかまわず同乗していた乗客達が次々に語りかけてきます。
途切れる事のない言葉の洪水、まさに羞恥の連撃。
ああ、きっと私以外にも彼ら彼女らの洗礼を受けた子達がいるのでしょう。
先人達に同情は感じるけど、私自身の羞恥は収まりません。
「はっは!そこら辺にしてやりな」
未だ羞恥から戻れぬ私に再び車夫さんの声が聞こえてきました。そして続く乗客達の笑い声。
照れ恥ずかしいけど嬉しくもあります、少なくとも私はこの街に歓迎されている事がわかるから。
「そうさね、さっきから茹でた
指摘されてまた恥ずかしくなってきました。
皆様、歓迎は良いけど、そろそろ簡便してください。
「この街は学園都市の名の通りに、学園のお陰で成り立っている街だからね!」
「新しい学生さんは、同時に新しいお客さんでもあるのさ!」
つまり、彼ら彼女達にとって私は新しいお客さん候補でもある訳ですね。でも、そこに含む言葉はそれだけでは無い暖かい物を感じます。
きっとこの街の住人達は学園。そして、その生徒達と親密なやりとりを続けて来たのでしょう。
その事だけでも、この街と学園が良い所である事がわかります。
「とにかく『ルミナス』へようこそだ」
「はい、な、なんだか照れます……」
暖かい歓迎を受けながら私はぼんやり呟くように言いました。
彼ら彼女らがそう呼ぶように、私はこの街で学生となる。
そう学生になるんだ……
故郷の街を出て二度目の実感。
照れてばかりもいられないし気合いを入れないと。
「この街で暮らすのならうちの店もよろしくな!うちの店のパイの美味さは学生さん達にも評判でな」
「おいおい、どさくさにまぎれ何を宣伝してるんだい」
「そうさ!美味さならうちのケーキ!甘い物が恋しくなったらいつでもおいで!」
歓迎に続いて今度は宣伝合戦が始まりましたよ?
なんとも賑やかな人達でしょう。
でもわかります、この街がどんなに良い所なのかを。
お姉さまも…私のセレーネお姉さまも、こんな風に歓迎を受けたのでしょうか?
そんな事を思えばますます実感が強くなって来ます。
私は来たのです!お姉さまの待つ場所へと。
お姉さま私来ました、ここにやっと来ました……
この世界には魔法がある
それは誰もが使える便利な力
火を起こし、風を呼び、そして光をもたらす
人々は魔法を使いこの世界を生き
そして、魔法で新たな世界を作る……
でも、便利な力で終わらせたくない子達がいる
ほら?学べば賢くなるし、鍛えれば強くなるでしょう?
それは魔法も同じ。
学び鍛えれば魔法の力はより強く大きくなるし
魔法でより多くの事を成す事だって出来る
魔法は夢を叶える力になる
大きな大きな夢を叶える力になる
だから私はここへ来た
私の夢を…私とお姉さまの夢を叶える力を得るために
そうだ、来たんだ
ここは学園都市ルミナス
魔法を学び極める事を目指す、夢抱く少女達が集う都市
この都市で私が向かうのは……
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