一目だけでも
雪代
三題噺「紅茶」「猫」「重力」
今日もまた、いつもと変わらない、穏やかで平和な朝だった
朝起きると、まずテラスに続く窓を開ける
「今日は……雨は降ってないな、よし」
次にキッチンで紅茶を淹れる
ここで暮らし始めてどれくらいたっただろう
ここに来てから1日も欠かすことなく続けてきたこれは、もはやこの場所での生活に欠かせないものとなっている
テラスに出て椅子に座り、一息つくと、心地のいい風が頬を撫ぜた
「こんな日に散歩でも出来たら、楽しいんだろうか」
吹く風に温度を奪われつつあるカップを手にそんなことを考えていた
「まぁ考えたところで、なんだが」
望めもしないことを考えるより、昨日の妄想の続きを…
なんて考えていた私の耳に、突如として流れ込んできたのは猫の鳴き声だった
まるで子が母を探すような、そんな声に私の表情は緩んでいく
「野良猫、だろうか……」
こんなところでも小さな命が宿っているのだと思うと、この街で暮らすのも悪くないなと思うものだ
「しかし……この猫はいつからここにいるんだ」
今までここで猫の声など聞いたことは無い
今日になって突然現れた、と考えるのも不自然だろう
「猫にも気まぐれというものがあるのだろうか」
気まぐれにやってきた先で母猫とはぐれて迷子になった子猫、とでもいったところだろうか
「そんな偶然があったことにしておこう」
そんなことを考えている間に猫は鳴くのを止めていた
「お母さんは見つかったかい」
私はそう呟く
すると猫は、一際大きな声で「にゃあお」と鳴いた
「おっ……と、なんだい、びっくりさせないでおくれよ」
それ以降猫の鳴き声は聞こえなくなった
「無事に帰れるといいな」
そうして私は、自分の世界に戻っていった
その5分後、大きな揺れを感じた私の耳に轟音が鳴り響いた
「お、重い……」
ここは何処だ、何が起きているんだ
何かを叫ぶ人々、鳴り響くサイレン
それだけで何かが起きているのは明らかなのだが……私にそれを分からせてくれる者は近くにはいないようだ
分かるのは、自分の上に何かが乗っているということだけだ
そのお陰で、身動き一つとることができない
「誰か……」
助けて、と口にしようとしたその時、聞き覚えのある声が私の耳に届いた
「そうか……お前は、これがわかっていたのか」
するとその声は小さく答えた
あぁ、君の姿を一目だけでも見てみたかった
一目だけでも 雪代 @y_snow
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