3★.主従の対立
黎明は初めからクラウンアリスで採寸を受けるつもりであったため、白いドレスの下にキャミソールとズロースを着込んでいた。店に行く予定は
恨まれるとすれば、もっと別の理由からであろう。
ローブ姿のスタッフによる採寸が終わると、黎明はその格好のままで化粧台のスツールに座り込んでいた。
いったん部屋を出たスタッフと入れ替わりに風月がハーブティをトレイに乗せて現れる。
採寸中にいないと思えば、どうやらキッチンと茶葉を使わせてもらったらしい。
化粧台のテーブルの上にトレイを乗せ、風月は主人にささやいた。
「今のご主人様の無防備な姿を見ると、昨晩キャリー様に犯された様子がまざまざと思い起こされますね。その格好でよくもまあ何も感じずにいられるものです」
「いきなり何言いますのふうちゃん⁉」
黎明はうろたえた。動揺をごまかすように急いで茶器を手にする。
絶妙な温度で保たれ、熱さで中身をこぼす醜態はなさそうだが、ハーブティの味を堪能する余裕はむろんない。
舌はともかく、身体は淡い熱気が駆け巡り、黎明の精神にひとまずの落ち着きが戻りつつあった。だが、その落ち着きもメイドの次の宣告で無に帰すかと思われた。
「そのキャリー様の件ですが……ご主人様がお嬢様より愛せるとは到底思えません」
黎明の美しいかんばせに衝撃がはしる。音を立てて茶器を置くと、睨むように手厳しいメイドに金の視線を向けた。
「なぜ……そんなことをおっしゃいますの?」
「見たままの印象を述べたまでです。キャリー様への愛はお嬢様や火影に対するそれとは異なります。身体を重ね合うことを愉しんでいるようでは、お二人の足元にも及ばないかと」
「べ、別にわたくしはキャリーと愉しんでなんか……」
主人の狼狽を無視して、風月はさらに続ける。
「私が思うに、貴女様が火影やお嬢様に異常な執着を見せたのは、お二人を完全に支配できると確信しているからではないでしょうか? その一方、キャリー様はどうあがいてもご主人様の思い通りになるような相手ではない……。ですが、身体の相性だけは良いため、ご主人様もあの方を心から愛せると錯覚しておられたのでしょう」
「聞き捨てなりませんわね。その発言」
黎明のかんばせに殺意の気配がただよい始めた。
彼女は過去にメイドと意見を衝突することが何度かあったが、これほどまで白髪の美女が怒りをあらわにすることはかつてなかった。
「わたくしがあの二人を支配、ですって? まるでわたくしがエミリーとひいちゃんをただの玩具としか見ていないような物言いですわ」
夕霧火影のことを黎明は今も変わらず「ひいちゃん」と呼び続けている。彼女への愛情は失踪されてなおも薄らぐことがない。
その感情を支配のための道具と曲解されるのは、いくら風月相手でも腹が立った。
もっとも、憎悪の感情は一方的なものではない。親友のメイドの耳を食いちぎっておきながら、なおも最愛の人ヅラする主人に、風月は改めて態度を冷ややかにさせた。
火影に対する主人の贖罪はまだ一割も満たしていないと、復讐を誓ったメイドは思っている。
「ご主人様のいかなる言い分も、火影の耳を奪った現実の前ではささやかなこと。いずれにせよ、ご主人様の努力は無駄足に終わることでしょう。お嬢様が急に採寸を希望した理由を今一度お考えいただきたい」
黎明もその点は気になっていた。キャリー登場の後でのこの判断だから、前向きな動機であるはずがない。
衣装を新調してもらうにしても、それを見せつける相手は自分とは思えなかった。
「まさか……岬ちゃんのために?」
「そう考えるのが妥当でしょう。好都合ではないですか。ご主人様がお嬢様から離れようとするように、お嬢様もまたご主人様から距離を置こうとしているわけです。お二人が触れ合える日もそう遠くはございますまい」
それは黎明にとっても本懐でもあるはずだが、悪意たっぷりに言われると素直に同調できなかった。
やがて『クラウンアリス』のスタッフが衣装を持って戻ってきた。夏に着るものということで、白のワンピースの製作を凛に依頼していたのだ。むろん、依頼人の嗜好に合わせてフリルとレースがふんだんにあしらわれている。
黎明は気力で表情を好意的なものに戻し、衣装を持ってきてくれたスタッフにねぎらいの言葉を投げかけた。着替え終わるまで待ってほしいとスタッフを下がらせると、黎明の方から風月に対して意見をした。
「エミリーがわたくしと心を同じくしているのでしたら願ってもないことですわ。わたくしは必ずあの子と身体を共にいたします」
「随分と都合のいい解釈をいたしますね。今のご主人様の横暴をお嬢様がお許しになると思いますか? キャリー様の存在を黙っていたうえに、昨晩の情事までひた隠しになさっていた、貴女様を?」
毒の塗られた氷刃となって、風月の言葉が黎明の
ズロース姿の白髪の美女はうなだれた。半ば自分が蒔いた種とは言え、あまりにも不利な事実が多すぎる。
メイドは静かに怒りながら、さらに畳みかけた。
「いい加減ご自覚なさいませ。貴女はご自分の名誉のために他人を欺き続けている愚か者に過ぎないのです。聖花の名声も、姉としての羨望も、すべては醜い本性を隠すための偽りのもの。いずれすべての化けの皮が剝がれ、生徒たちの前で醜態を晒すことになるでしょう。そして、一同から失望と失笑を買うことになるのです」
黎明はスツールから立ち上がった。事実がどうあれ、これ以上の侮辱は聞いていられなかったのである。
「ふうちゃん、やめて! これ以上そのようなことを言うと……‼」
「許せないと仰いますか? どうぞ、ご自由に。すでに勝負の決着はついていますし」
「え……? っ⁉ うぅッ……⁉」
事情を問いただす間もなく、突如として、黎明の身体に異変が生じた。
肢体を大きくよろめかせ、かんばせに苦悶の表情を浮かべながら声を震わせる。
「ふ、ふうちゃん……ハーブティに一体何を……」
メイドの美女は悠然としたたたずまいと口調で言い返した。
「断っておきますが、私が混入した量は規定の半分も満たしておりませんから。それでいてこの反応とは……やはり貴女は女体を重ね合わせることしか関心のない
決めつけられても、それに反論する余裕は黎明にはない。
ハーブティの効用とは明らかに異なる微熱が身体の中で広がり、むず痒さに似た疼きに、ズロースに包まれた股座を無意識にこすり合わせた。
風月は無情そのものの態度で言い放つ。
「それでは私はお嬢様の様子をうかがうため失礼いたしますよ。せいぜい、キャリー様と悦びあった夜でも思い出すことです」
勝手にメイドが退室し、それから間もなく入れ替わるようにしてスタッフが戻ってきてしまった。ローブの下で驚きの表情を示している。すでにワンピースに着替え終えていると思っていたのであろう。部屋を出た風月から「お召し替えが終わりました」と吹き込まれたのかもしれない。
黎明は慌ててワンピースを着込み、スタッフに対してぎこちない笑みを浮かべた。
彼女からの賛美の言葉を、黎明は半ば聞いてはいなかった。
風月に盛られた薬の効果は着実に黎明の理性を蝕み、全身がピンク色を帯びるのではないかと錯覚したほどだ。
スタッフがワンピースの衣装を調整し、さらにミュールやらアンクレットやらを用意して、麗しの白髪美女を着飾っていく。
唯一不釣り合いなのは、着た当人の心構えであるのだが、それに関して責任を取られるのは不本意極まりない。
姿見の前に立たされると、黎明は思わず胸が騒いだ。薬の影響がかんばせなどに出ているのではないかと恐れていたからである。今のところ、その危惧は黎明の自意識過剰で終わっており、顔色も表情も十分に取り繕える余裕があるものだった。
内心で胸を撫で下ろす。だが、その油断が彼女の崩落の始まりであった。
空いた心の隙間にキャリーと繰り広げた情事が滑り込む。照明を消したベッドの上で、都心の夜の明かりが影に包まれた彼女の肢体を浮き彫りにさせた。パーティ用にまとめた金髪を腰まで流し、赤い下着を披露しながら小悪魔の笑みを浮かべる。
平時の快活な笑顔との対比が黎明の様々なためらいを打ちのめした。夢中で金髪の友人をむさぼったが、火影の時のような狂気はなく、愉悦だけを残して情事は終了を迎えたのだった。
(……っ、うくぅぅ……ん、ダメぇ……ん)
黎明は快楽の沼に引きずり込まれそうになって辛うじて踏みとどまった。人前でワンピースやズロースを濡らしてしまうなど冗談ではない。
だが健闘もむなしく、それどころか昨夜の悦楽の記憶はさらに鮮明に黎明の理性に食い込んでくる。風月の言葉に乗せられたと思いたくないが、弁解しても優雅に嘲笑されるだけである。
ついにスタッフも美しい顧客の異常を察し、職務を中断して声をかけた。
「お客様、どうかなされましたか……?」
「な、なんでもありませんわ。あ、いえ、そうですわ。少しおトイレを貸していただけませんこと?」
「は、はい、かしこまりました」
当惑しつつも、店員として客の事情を詮索できるわけがない。まさか魔女の店長の助手も、セレブリティなお客様が自身のメイドに媚薬を盛られているとは思わないだろう。
商品のワンピースを着たまま、黎明はトイレの個室に駆け込んだ。
便座に腰を落ち着けたときには、すでに発情は破裂寸前までせり上がっていた。
商品を濡らさぬよう、ワンピースのスカートをまくり上げ、ズロースもずり下ろす。そして可能な限り声を殺しながら、芯までくすぶっている欲情を発散させるため、黎明は自身の極上の肢体をこねくり回したのだった。
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