第5話『ナイスガァイ! は二度死ぬ』(前編)



「青い海」


「白い砂浜――」


「そして、太陽よりも熱いナイスガイッ!」



 海水浴場に3人のマッチョが降り立った。全員が180cmオーバーの長身で、クールに細マッチョなクールガイ、壮年でありながらゴージャスにマッチョなゴージャスガイ、そしてムキムキマッチョのナイスガイである。


 全員が短パン、サンダル、アロハシャツにサングラスを装備していて、それが最高に似合っているのだからたまらない。



「一緒に連れて来て貰った私達が言うのもなんだけど、かなり暑苦しいメンツよね」



 その後ろからひょこりとアルカが顔を出す。黒のビキニの上から白いパーカーを纏って麦わら帽子を被った姿は、年相応と呼ぶにはややアダルティ。けれど彼女の細い肢体と合わされば健康的な魅力を醸し出している。



「あ、暑苦しいって…… ちょっと威圧感はあると思うけれど」



 その後ろからおずおずと現れたハチも、彼女の言葉を否定しきる事は難しい。彼の格好は学校指定のスイミングスパッツの上からTシャツを羽織ったスタイルだが、これは3人と比べたら貧弱な自分の肉体を気にしての事だろう。


 法律的には問題無いのだが、もし上半身に何も纏わなければ、それこそ周囲の人がちょっと気まずくなる位にハチはキュートな男の子なのである。



「くそぉ! ガールだけでなく、ニューナイスガイハチからも暑苦しい扱いだと!」



 余程衝撃的だったのか、ナイスガイは目元を抑えて天を仰ぐ。



「くっ…… 私のゴージャスな筋肉美は彼女には通じぬか」



 クールガイも目元を抑えて、やれやれと首を振る。



「まぁお二方はどちらかと言えば熱血キャラですからね」


「あ、クールガイさんも暑苦しいメンバーの中に入ってますから」


「そ、そんな……」



 ある程度ネタとして受け取っていた前者二人以上に、自分は暑苦しいにカウントされていないと信じ切っていたクールガイは、アルカからバッサリ切って捨てられ倒れ伏す。


 良くも悪くもアルカの基準になっているハチと比べると、流石にクールガイもマッチョで暑苦しいに分類されてしまうのだ。



「というか、そもそもなんでこのメンバーで、更に海なんです?」


「そりゃ、夏だからだ」


「当然、友であるからこそだ」



 一応、義理で突っ込むと予想通りの反応に、アルカはやれやれと首を振る。まぁ少なくとも物理現象に反した現象は起こっていない。彼女が知る限り、ナイスガイとクールガイ達は文字通り生死を賭けた戦いで敵対している筈なのだが……


 彼らのメンタルならばそれはそれと割り切る事も出来るのであろう。何だかんだとそうやって考えてしまえる程度に、アルカの感性もガイに汚染されてしまっている。



「さて、そこで足元に渦巻きを描いているクールガイは放置してだ……」


「ほう、何をするのかね?」


「夏だ! 海だ! ナンパだぁ!」


「うわぁ、最低……」



 ナイスガイが吼え、拳を空に突き上げる! そう、そこにいるのは最早ナイスガイではなく、テンションが上がった大学生レベルの勢いで動く一人の男であった! それをアルカは白い目で見つめた。


 まぁ、ナイスガイである以上。断られて付きまとう事はないだろう。けれど、それはそれとして夏の海でナンパしようとテンションを上げている姿は、比較的潔癖な彼女から見れば白眼視するに足る理由となる。



「と言う訳で、ハチ! さっそく行って来い!」


「へっ!? ちょ、ちょっと何を言って――」



 だからこそ、ナイスガイの無茶振りに一瞬頭が真っ白になる。彼らがテンションを上げてナンパして、失敗しようが成功しようがアルカには何の関係もない。けれどそれにハチを巻き込まれるなら話は別だ。



「ハイ!」


「ちょっ! ちょっと待ちなさいよハチ!」



 そしてハチがノリノリなのも、完全に予想外であった。昔のハチならここで顔を赤くしてモジモジしていた。ナイスガイの認めるニューナイスガイとなってから、彼はより前向きに、積極的になった気がする。



「折角の海なんです、僕と真夏のアバンチュールと行きましょう」


「な、な……っ!?」



 そして彼は目の前に立っている可愛い女の子に声をかけた。即ちアルカに対してナンパを決行したのだ。それを理解して、彼女の顔はかぁっとトマトよりも真っ赤に染まる。



「あ、アバンチュールは不味かったですか? ちょっと不埒な感じもしますし」


「だ、大丈夫よ…… だって夏だもの!」



 辛うじて、早生まれのハチよりもお姉さんであるという自負で、どうにかアルカはハチから差し出された手を握りしめる。以前ならツンデレの気質が出てしまっていたかもしれない。


 けれど成長し、頼り甲斐が出て来たハチに対して。かなりクラクラ参ってしまってノックアウトされたのだから仕方がない。



「じゃぁ、行きましょうか?」


「え、ええ良いわよ……!」



 そしてそのままハチはアルカを引き連れて砂浜に走っていく。ちらっと後ろを振り返りナイスガイ達に、それじゃまた後でと手を振る余裕すら見せつけて。



「……いやぁ、少しは慌てると思ったんだが」


「実にゴージャスな切り返しだったな」



 ナイスガイとゴージャスガイはハチの成長を喜ぶ。かつて弱気で少女と勘違いされるほど弱気な少年だった彼は、ニューナイスガイとして確実に成長しているのだと感じる事が出来たのだから。



「まったく、上手くまとまったから良かったものの……」


「まぁ、最近ボーイは俺らとつるんでばっかりだったからな?」



 その言葉を聞いて、クールガイはナイスガイの意図を理解する。要するに何やかんや理由を付けて二人だけの時間をプレゼントしたかったのだ。ここ一週間ほど神漢帝国は動きを見せていない。


 そもそも幹部が二人、事実上のサボタージュをかましているのだから当たり前なのだが。だからこそこうやって休日に海水浴で遊びに来れているのだが。



「それじゃあ、ナンパしようぜ! ナンパ!」


「うむ、かつて千人切りを成し遂げたゴージャスなナンパ術の真髄を見せようぞ!」



 颯爽と肩で風を切り、ナイスガイとゴージャスガイは浜辺に向けて歩き出す。浜辺には沢山の美女と、彼らと同じ様にナンパ目的の男達と、カップルと、そして家族連れで賑わっている。


 無論、カップルと家族連れには手を出さない。ナイスガイとゴージャスガイが狙うのは夏の海にひと夏の恋を求める女性達なのだから――!



(この二人は、良い友ではあるのだが…… 多少好色が過ぎるのが難点か)



 クールガイはクールな視線でナンパに挑む二人を見送った。彼ほどの美男子になればそこまで女性にがっつかなくとも困ることは無い。現に周囲にはチラチラと彼に視線を向ける女性達が集まっているのだから。



(まぁ、こちらはこちらで、楽しませて貰いましょうか)



 クールガイは楽しくおしゃべり出来そうな相手を探す為、軽くウィンクする。それだけでキャーキャーと黄色い声援が飛び交い、周囲の女性陣のボルテージが上がっていく。


 そして彼は楽しくおしゃべり出来そうな相手を物色していく。あまり本気の相手は望ましくない。なぜならば彼には、ナンパで失敗してくるであろう友人二人を出迎えなければならないのだから。



 そして一時間後――



「な、何故だっ! そこそこ良いところまでいくというのに!?」


「ぬぅ、30年前の伝説は再現できなかったか……」


(まぁ、やはり彼らではそうなりますよね)



 そう、彼らは本気すぎるのだ。本気で言い寄られて悪い気がする女性は少ないが、それでも余りにもがっつき過ぎた彼らの姿勢では、相当に数をこなさなければ実を結ばないのだ。



「それじゃ、マドモアゼル。またご縁があれば」


「あー、さっき言ってたお友達ねぇ? じゃーねー、楽しかったよ~♪」



 そんな感じで、かき氷を片手に会話を楽しんでいたギャルに別れを告げ、クールガイは惨敗兵二人を迎えに行く。彼らの脳味噌はシンプルなので、軽く海の店で食事でも奢れば元に戻るだろう。


 こんな風に楽しむのも夏の醍醐味だと、クールガイは微笑むのであった。





「ふぅ…… こんなにはしゃいだのって久しぶりねぇ」


「そうだねぇ、なんかこう。最近は大人のデートみたいな感じが多かったし」


「そ、それはだってそういうのに憧れてたんだから仕方ないじゃないの!」



 海辺ではしゃぎ、泳いで、全力で二人で楽しんで。そして彼らは人気のない岩場にやって来た。海水浴客が賑わう浜辺から距離があって、丁度死角になっているなっている。そんな場所だ。



「ね、ねえ、こんな人気のない所来てどうすんのよ?」


「久しぶりにアルカと二人きりになりたかったんです」


「えっ? そ、そっか…… そう、なんだ」



 確かにここしばらくはナイスガイと行動を共にする事が多く、二人きりで一緒にいる時間が減っていたのも確かだ。その上でこんな風に雰囲気があるシチュエーションで言われるとアルカもドキドキしてしまう。



「それに、アルカの可憐な水着姿を;他の人には見せたくはありませんから」


「か、可憐ってそんな ――って、いつまでその口調続ける気よ?」



 そこでようやくアルカは気が付いた。ハチの口元が笑みの形に崩れている事に。



「へへ、なんか楽しくなってきちゃった」


「もう! ハチったら変なこと覚えないでよ!」



 どうやら途中からからかっていたらしい。自分の言葉でアルカが赤面する様子を楽しんでいたのだろう。その事を理解したアルカは頬を膨らませて不機嫌な顔をする。



「でも、言ってることは本心だよ?」



 けれどその不機嫌な顔も、ハチが真剣な顔をして口にした言葉で一気に崩れた。どうやらこの言葉は本気なのが伝わって来る。昔からハチは弱気な処はあったけれど嘘を口にしたことはない。



「へっ!? じゃあ二人きりになりたいとか、可憐な水着姿っていうのも……?」


「もちろん!」


「……だったら、別にいいわ」



 波の音が、二人の間を通り過ぎていく。



「ねぇ……アルカ。僕、この前から言いたかったことがあるんだ」



 ハチが、海を見つめてアルカに告げる。岩場の合間にある狭い砂浜は、まるで彼らを世界から切り離したみたいな静けさで包み込んでいた。



「なになに? 言ってみてよ」


「アルカを戦いに巻き込んで……ごめん」



 もしもハチがナイスガイと共に戦わなければ、アルカが狙われなかった。ハチは自分の選択が間違っていたとは思っていない。けれどその選択でアルカに大きな負担をかけてしまった事もまた事実なのだ。



「……それで?」


「それに、アルカの気持ちも考えないで、自分勝手な事ばかりしてた……」


「そうね。自分の主張ばっか押し付けるなんて最低よ」



 アルカは優しく、けれどハチの言葉を否定しない。確かにバッドガイに狙われて恐ろしい目にあったのは事実なのだから。



「うん……ごめん」


「許せないから謝ってもダメ。ハチ、目閉じてじっとして」



 そっとアルカは、ハチの頬に両手を添えて。まるでそれは口づけの準備そのものでハチの心臓がとくんと跳ねる。



「……分かった、これでいい?」


「いいわ、じゃあ――えええぇぇいっ!!」



 しかしハチの期待を裏切って、アルカは体を逸らせておでこをガチンとぶつけて来た。色気も何も無い、綺麗なヘッドバッドが隙だらけの顔に叩きつけられる!



「――っ!? 痛っ!?」



 そしてそのままハチとアルカは海に向けて倒れ込む。派手な水音と共に二人の口に海水が飛び込んで来る。



「な、なんで頭突き!?」


「さっき言ったじゃない。『自分の主張ばっか押し付けるなんて最低』って! 私だってハチの気持ち考えずに、今まで我侭言って迷惑かけたんだからおあいこよ!」



 確かに、付き合い始めてから。いやその前からハチはずっとアルカに振り回されていたのは事実である。



「で、でもそれは――」


「もうその話はおしまい! 今の頭突きで手打ちって事!」


「……うん。ありがと、アルカ」



 ある意味この一撃は彼女の優しさだったのかもしれない。少なくともハチはそう受け取った。互いに迷惑をかけあっても、それを受け入れ、話し合い、互いに納得しながら進んでいく。そんな風にあり続けたいと、心の底から彼は思う。



「……それよりもさ、せっかく二人きりなんだし、もっと恋人らしいことしようよ」


「恋人らしいこと……?」


「そ、そ、そ、それくらいハチが考えてよ!」



 どうやら彼女の優しさも限界を迎えたようだ。いつも通りのツンツンとした雰囲気にちょっとだけホッとしながら、ハチは自分を押し倒す状態になっているアルカに微笑みかけた。



「うん、分かった。じゃぁ、とりあえず座って落ち着こっか」


「え、えぇ……!」



 慌てて飛びのくアルカ、手が届かない程度に離れた二人の間に、再び波音が通り抜けていく。



「……ねぇ、アルカ。もっと近付いて良い?」


「も、もちろん! 良いよ!?」



 改めて、ハチはアルカの隣に座り。彼女の手を握りしめる。ドキリと心臓が跳ね上がるが。それを隠して彼はニコリと微笑みを向けた。顔全体を赤くしつつ、アルカも彼の微笑みから逃げることなく視線を合わせる。



「……ハチってやっぱり男の子だね」


「え? どういうこと?」


「いや、だから……ほら、結構手が大きいんだな……って」



 ハチよりも少しだけ、アルカの背は高い。けれどそれでも、見た目がショートカットの女の子に見える彼でも、その手は少しだけ、彼女よりも大きい。



「そっかー。僕、男っぽくないからちょっと嬉しいかも」


「そんなことない! 今のハチは男らしくてカッコ良いよ! まさにナイスガイ! ……なーんてね」



 アルカとしてはナイスガイ本人を好きか嫌いかで評価するなら、まぁ嫌いではない程度の評価である。ただしそれはそれとしてハチが彼の事を男性の理想像として見ている事は分かっていて。


 その上で一般的に見て弱気を助け強気を挫く、マッチョな大男は彼の目指す理想なのだと理解しているからこそ、アルカはハチをナイスガイと褒めたのである。



「な、なんか改めて言われると照れるね……」


「あはは! それくらいの方がハチらしくて好きだよ」



 それはそれとして、こんな風に優しくはにかむハチの事もアルカは好きだ。ハチの優しさが好きだ、ハチの可愛さが好きだ、ハチのひたむきさが好きだ。間違いなく彼女はハチの全てが――



「だ、だから、その――」


「うん…… アルカ、目瞑ってくれる?」



 アルカが全てを告げる前に、ハチはそれを遮って、彼女の瞳を見つめる。



「う、うん……いいよ」


「それじゃ……」



 二人は瞳をつぶり、ゆっくりと二人の影が重なって。波音が二人を包み込む。



「……しょっぱい」



 唇が離れた後、不機嫌な声でアルカが呟く。



「あっ、さっき倒れた時に頭から海水被っちゃったから」



 シチュエーションは最高だった。実際これ以上は望めないレベルであろう。



「レモンの味じゃなくて海の味――かぁ。これはこれで、思い出になって良いかも」


「うん、そうだね」



 だからアルカは笑みを浮べ直して、けれど何かがおかしくて。二人でクスクスと笑ってしまう。現実は綺麗にロマンチックにはならなくて、だからこそ面白いのかもしれない。



「それじゃあ、そろそろ戻ろうか?」



 ハチは先に立ちあがり、アルカに手を差し出す。ロマンチックな時間はこれでおしまい。そろそろ時間的にも夕方だ、ナイスガイ達と合流して帰らなければいけ無い時間である。



「あの人たち放っておくと、何するか分かんないしね」


「そ、そんなことない…… と思うよ?」



 たわいもない会話をしながら、二人は手を繋いで岩場から浜辺へと戻っていく。時を惜しんでゆっくり歩きはしない。これから何度でも彼らは恋人としての時間を、積み重ねる事が出来るのだから。






「それじゃあ、ナイスガイ。また明日!」


「また明日ね、ナイスガイ!」



 駅前の広場で、ハチとアルカはナイスガイに別れを告げる。夕焼けに染まった街並みを、そこかしこで復興が進む街中を仲良く歩く二人は。周囲に柔らかな空気を振り撒いている。



「おう! またな、二人とも!」



 ナイスガイも笑って手を振った。あの様子を見る限り海辺で一杯楽しんだのは間違いないだろう。少なくともナンパに失敗しまくったナイスガイよりは有意義な時間を過ごしていのは確かであった。



「さて、と……」



 ナイスガイは今晩の宿を探そうと、彼らとは逆の方向に歩み出す。けれど彼の無敵の肉体がぐらりと揺れて膝を突いてしまう!



「ぐっ……!」



 体がミシミシと音を立てる。内部から致命的な破滅が迫っている事を実感した。そうナイスガイは間違いなく一度死んでいて。今はただハチが産み出した莫大なガイパワーによって仮初の肉体を維持しているだけに過ぎない。



「やはり、完全復活とは行かないか。普通に過ごせば、持って一カ月――」



 これはゴージャスガイにも、クールガイにも話してはいない。もし伝えれば彼らは全力を持ってナイスガイの命を長らえようとするだろう。それは場合によっては彼らのゴージャスやクールを傷つけてしまうかもしれない。



「だが、俺にはやれねばならん事がある」



 いま彼の胸に浮かぶのは、ニューナイスガイであるハチの顔だ。彼は既にナイスガイと呼べるだけの力を手にしている。けれどそれでもまだ教えるべき事がなくなってしまった訳ではないのだ。


 改めて夕日を見上げ、決意を固める。この仮初の命を燃やし尽くして、ハチに伝えるべき事を伝えるのだと。


 けれどその覚悟を決めた瞬間、ナイスガイの持つナイス感覚が莫大なパワーを捉えた! 桁外れの例えるならばトルネード、あるいは太陽フレアの爆発か。圧倒的なエネルギーの奔流が空中に収束して――



「この気配、けた外れのガイエナジーは…… 奴が、来たのかっ!」



 世界が今、ファイナルに向かっていく!



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