Et on tuera tous Roman laid
憑木影
Et on tuera tous Roman laid
(MBT、2時の方向よ)
おれの頭の中で、戦闘支援AIが警告を発する。
頭に埋め込まれたモジュールが生み出す仮想人格である戦闘支援AIの言葉に従い、右手前方を見る。
廃墟の影から、そいつが現れた。
巨大な鋼鉄の塊、戦う金属の獣。
戦車なんざいらないというやつもいるが、それと対峙したときの絶望感は半端ない。
おれの手にした10ミリ口径のリボルビング・サブマシンガンがただのガラクタに思える無力感だ。
おれは、頭の中にいる相棒、AIにお別れをいうことにした。
何しろそいつは、長い間おれにとって唯一の友達だったからだ。
「お別れだ、世話になったな」
AIは、あまりにシンプルな別れの言葉に笑ってこたえる。
(ねえ、こんなことを考えたことはないの? 本当はあなたが仮想現実の中にいるAIでわたしが人間だって)
目の前で、125ミリ滑空砲を装備したキューポラが、静かに回る。
この状況で聞くには、あきれた冗談だ。
「じゃあおまえはなんなんだよ、なんのためにおれの頭で呟く。FPSでも、やってるっていうのか?」
砲口がおれの、真正面にある。
処刑を宣告する口のような、漆黒の穴を覗き込む。
おれは外骨格マニュピレータを除装し、生身となった。
(そうねぇ、わたしはねぇ。物語なの。この世の始めから夢を見ている、文学という名の怪物)
125ミリ滑空砲が咆哮をあげるのと、おれがリボルビング・マシンガンを撃つのはほぼ同時であった。
10ミリ弾が、徹甲弾を炸裂させる。
真っ白な闇が天を砕くような轟音とともに、おれを飲み込む。
「じゃあ、その物語も殺してやるよ」
おれはすべてを消し飛ばす爆風の中で、そうつぶやいた。
AIは、もう一度笑った気がする。
「メタ落ちってこと? いただけないな。しかも、公募に応募するにはどきつくないかね」
彼女の部屋は夏の日ざしに、満たされている。
僕らは日ざしに沈みながら、並んで座っていた。本に溢れたこの部屋は、彼女の頭の中みたいだと思う。
僕は、彼女に小説が書かれたノートをかえしながら、多少平凡な寸評をのべる。
彼女は、上機嫌に笑いながらノートをうけとった。
「それは、だめってこと?」
「いや、まあ大衆はどきついのを好むから」
彼女は一瞬僕を呪い殺しそうな目でみたかと思うと、爆笑した。
「もし、ブルックスブラザーズのシャツにリーバイスのジーンズでそんなこと言われたら、殴り殺したくなるわね」
僕はため息をついて、音がした扉のほうをみる。
入ってきたおとこに、みおぼえがあった。
いや、あるのは手にしたリボルビング・サブマシンガンか。
おとこは、不吉な気配につつまれていた。
彼女は僕の視線に気が付いて立ち上がると、天使が羽を広げるように両手をひろげた。
おとこは、ゆっくりと銃をあげ彼女に向けた。
「いったろう」
彼女はうれしそうに、そう、とてもうれしそうにうなずいた。
「物語を殺してやるよ」
そうして夢は長くとどろいた銃声と、赤く染まった幕によって閉ざされた。
Et on tuera tous Roman laid 憑木影 @tukikage2007
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