恵比寿青年の『貧困脱出マネー講座』2

 七海は急に現金が必要になった時、簡単にお金を貸してくれる信販会社のカードローンを利用して多額の借金を抱えている。


「金利15%のリボ払いから、金利10%の銀行ローンへ借り換える。君はフリーターだけど資産があるから、銀行がそれを評価すればフリーローンが組める」

「でも私に資産なんてありません」

「君がカードローンを組む時、持ち家の有る無しの質問に答えたはずだ。つまりこのボロ屋敷は君の資産にあたる」

「と言うことは、私の家があるからお金を借ることができたの?」


 七海が思わず呟くと、恵比寿青年は黙って頷いた。

 あんずさんの家は絶対に手放さないと思っていたのに、自分は気づかないうちに、家を担保に借金していたことになる。

 つまりこの家に住み続けるには、七海はちゃんと借金を返し続けなくてはならない。


「もし銀行のフリーローンが通れば、借金返済がとても楽になるから、えっと、金利10%の計算は……あっ、スマホ充電切れ?」


 電卓アプリで金利を計算していると突然画面が真っ暗になり、七海はうわぁーーと叫び声をあげる。

 夜のうちに100%充電したはずのスマホが、何度タップしても起動しない。


「こんな時にスマホが壊れるなんて、不吉というかタイミング悪すぎる。そういえば仏壇の引き出しにあんずさんの電卓があったはず」


 七海は仏壇の下段の引き出しから、茶色い巾着袋を取り出す。

 それを見た小さいおじさんが、急に顔を真っ赤にして七海の腕に飛びついてきた。


「うわっ、びっくりした。どうしたの小さいおじさん。これはスマホじゃない、電卓だよ」

「娘よ、その巾着袋はワシの宝袋だ!!」

「えっ、こんな小さくて薄汚れた巾着袋が、福の神・大黒天の宝袋なの?」


 小さいおじさんは七海の体をよじ登って腕までたどり着くと、茶色い巾着袋に抱きついた。

 すると巾着袋はまるで風船のように膨れて、茶色い布にの表面に薄らと鳳凰柄が浮かび上がり、金色の布地に変化する。

 巾着袋にしがみついた小さいおじさんのこけた頬と痩せた手足に肉がつき、パサパサの髪がシットリと落ち着き、服の袷から見える痩せてとがった鎖骨にも肉がつく。

 ガリガリだった小さいおじさんは、七海の目の前で全身から虹色の光を発し、中肉の小さいおじさんに変身した。


「ああっ、何というありがたい光景。大黒天様の気が、清らかな光を取り戻した」


 恵比寿青年は感動で打つ震え、両手を合わせて小さいおじさんを拝んでいる。

 小さいおじさんの変化を見た七海は、好奇心が抑えられず小さいおじさんを鷲掴むと手のひらにのせた。

  

「小さいおじさん、ちょっと触らせて。あっ、前より体が重たくなっている。でも巾着袋は全然重みを感じないね」

「この巾着袋は金運の重さだ。悲しいかな、袋の重みを感じない娘には……全く金運が無い」


 小さいおじさんは気まずそうにゴモゴモとつぶやいた後、七海の顔を指さした。


「ワシの福袋を探し出してくれた礼に、娘に金運を授けてやろう。今から銀行に行きふりーろーんの手続きをすれば、必ず借り入れできる」

「ねぇ、小さいおじさん。せっかく金運のご利益もらえるなら、宝くじ大当たりがいい」

「今のワシの神力では宝くじ千円当選がせいぜいだ。ご利益の効力は一時(いっとき)。グズグズしている暇はない、早く銀行に行くのだ!!」

「大黒天様のいう一時(いっとき)は約二時間。僕が車を出すので、急いでM銀行に向かいましょう」


 恵比寿青年に急かせれて、七海は化粧する時間も無く、スッピン状態でM銀行に向かう。

 時間を確認しようと条件反射でスマホを確認すると、真っ黒だった液晶画面に時刻が表示されている。


「スマホが元に戻っている。もしかしてあんずさんが、福袋の場所を教えてくれたのかな?」


 M銀行に到着して車から降りると、七海の足下にピカピカの五円玉が落ちていた。

 足下の五円玉を拾って顔を上げると、目の前で行員の女性が壁にポスターを貼っている。 

 そのポスターには、金色の文字で《M銀行開設100周年・フリーローン金利7%キャンペーン》と書かれていた。

 

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 リボ払い150万ー浄水器代金35万=115万円


 リボ払い115万(金利15%)=年利息18万円

 M銀行フリーローン115万(金利7%)=年利息8万円

 ============== 


 M銀行のフリーローン申し込みはスムーズに行われ、それから三日後、七海は金利の高いカードローンリボ払をM銀行フリーローンに借り換える。


「天願さんのフリーローンは、月六万円返済で二十一回。一年九ヶ月で完済予定だ」

「ありがとうございます。小さいおじさんと恵比寿さんのおかげで、やっと借金返済の見通しがつきました。恵比寿さんに教えてもらわなければ奨学金返済の方にお金を回して、リボ払いの高額金利を払っていたわ」


 未来の見えない中、一筋の光がさしたようで、七海は改めてお礼を言う。


「借金返済の目途がついたのだから、大黒天様は僕の元へ来てください」

「恵比寿さん、ちょっと待ったぁ!! それとこれは話が違う。私はまだ生活が苦しいから小さいおじさんのご利益が必要なの」

「僕も、大黒天様にお縋りしたい要件がある。もしかしたら君より深刻かもしれない」

「私より深刻って、たとえば……悪徳政治家からの借金一億背負っているとか」

「君は何の話をしている? 誰でも大黒天様のご利益を授かりたいと思うだろ。ところで話は変わるが、大黒天様がこの家に住まうならもう少し環境を整えたい」


 やっとゴミ屋敷を卒業して普通の古民家状態になったが、飾り気がなく殺風景だ。

 ちなみに七海のプライベートルーム(二階)は、全然片付けていない。


「恵比寿さんは鍋や食器や調理器具を持ち込んでいるから、必要な家具があれば自由に持ってきていいですよ」


 うかつに返事をした七海は、後で激しく後悔することになる。




 恵比寿青年に合い鍵を渡して玄関を開ける必要がなくなったので、七海は出勤ギリギリ、朝七時五十分まで惰眠をむさぼる。

 すると突然、大きな物音と地震のような震動がして、七海は慌てて飛び起きた。

 驚いてパジャマ姿のまま部屋を出ると、仏間の障子がすべて外され、部屋の畳を見知らぬ二人の男が外へ運びだそうとしている。


「えっ、ちょっと待って。あなたたち私の家で何をしているの!!」

「おはようございます奥さん。ご主人が畳の表替えと障子と襖の張り替えを頼まれました」

「おはよう天願さん、畳の表替えは今日中に仕上がるそうだ。大黒天様、障子紙はどれがいいですか」

「私は奥さんじゃありません。きゃあ、押し入れの襖は開けないでぇ!!」


 畳屋のおじさんが襖を半分開いたところで、七海は慌ててその前に立ちふさがると、押し入れにおし込んでいたガラクタが、なだれを起こして落ちてきた。


「これは恵比寿さんの仕業ね。畳の表替えと障子張り替えのお金は誰が出すの?」

「もちろんお金は僕が支払います。それから端が破れて綿の飛び出た座布団を処分して、大黒天様にふさわしい寝具を準備するので、布団が仕舞えるように押し入れを片付けてください」

「奥さん、朝からお熱いですね。夫婦げんかは犬も食わないですよ。それじゃあ失礼します」

「違います畳屋さん、勘違いしないでくださいっ!!」


 七海が必死で否定しても、畳屋は生温い笑顔で畳を運んでいった。





 その日の夕方には、色あせた畳は表替えして庭に住み着く猫に破られた障子は綺麗に張り替えられ、仏間の雰囲気は一変した。

 七海は新しい畳の上にごろりと寝転ぶ。

 イ草のサラサラした手触りと香りが気持ち良く、シワなくピンと張り替えられた障子が目にまぶしい。 


「畳と障子を新しくしただけで、部屋が高級旅館っぽくなっちゃった」

「この家は元々洒落た和洋折衷の民家だから、ちゃんと手入れをすれば見栄えが良くなる。しかし……薄汚れた壁紙と襖はそのままだなぁ」

「小さいおじさん、最初この家が汚屋敷だったのを知っているでしょ。私頑張って断捨離したんだから、押し入れの襖は見逃してよ」

 

 そう言いながら七海は障子を開くと、雑草だらけの庭が広がっていた。

 

「もうすぐ九月の中秋の名月、庭のススキをながめながらお月見って風流じゃない」

「娘の口から風流の言葉が出るとは驚いた。しかし月見のススキといっても雑草は雑草、荒れ果てた庭は月も愛でられない」


 小さいおじさんはそう言って大きなため息をつくと、スマホのSNSをチェックする。


「恵比寿は明日朝早くから重要な会議が入って、ここには来れないそうだ」

「えーっ、私今日は仕事休みだから、恵比寿さんの作った朝食をゆっくり食べられると思ったのに。まぁいいや、明日は庭の草刈りをしよう」


 七海が何気なく言った言葉に、小さいおじさんはニヤリと笑う。

 顔をあわせてはライバル心むき出しで言い合いするのに、七海はすっかり恵比寿青年に餌付けされていた。



 ***



 翌日、トーストにジャムと牛乳の簡単な朝食を済ませた七海は、軍手をはめ鎌を握って庭の草刈りを始める。

 裏の竹林と一続きになった庭は腰まで伸びた雑草に浸食され、一時間ほど鎌を振るい草刈りをしたが、七海ひとりの労力では家の手前の雑草しか刈れない。

 

「あんずさんは庭に色々な花を植えていたのに見る影もない。それに九月に入ったっていうのに、まだ全然暑いじゃない」


 暑さにバテた七海は、愚痴りながら麦茶をガブ飲みする。

 草刈りで汗を流す七海を尻目に、小さいおじさんは新しい畳の寝転びながら、恵比寿青年からもらったスマホでゲームをしている。


「なんだ、種火集めの最中なのに、恵比寿からメッセージが届いている」


 小さいおじさんのスマホ画面にはメッセージが表示されていた。

《【大至急】仏壇に置かれたA4封筒を、会社まで届けて欲しい》

 七海は仏壇を見ると、あんずさんの遺影の写真立ての裏に封筒が置かれている。

 それは恵比寿青年がリボ払いの説明する時に使った封筒で、中に書類が入っているらしい。

 

「せっかくの休みなのに、恵比寿さんのお使いなんて面倒くさい」

「娘よ、お前は散々恵比寿の世話になっているのに、ここは面倒くさがらず善行を行え。徳を積まないと、ワシのご利益も発動しないぞ」

「【大至急】って言うくらいだから、重要な書類なのね。でも恵比寿さんの会社ってどこにあるの?」


 恵比寿青年はセレブなエリートビジネスマンの雰囲気で、忙しい仕事の合間に小さいおじさんの食事を作っている。

 七海は仏壇に置かれた茶封筒を裏返すと、会社の住所が横文字で書かれていた。


「住所のSUMIDA-KUって、もしかして東京都墨田区。恵比寿さんは都心から千葉のこんな田舎に毎日通っているの?」


 そういえば七海は恵比寿青年がどこに住んで、どんな仕事をしているのか全く知らなかった。


「アメリカでは仕事の打ち合わせは英語で話していたから、恵比寿がどんな仕事をしているのか、ワシも知らないのぉ」

「とりあえず急いでこれを届けなくちゃ。そういえば東京に出かけるの久しぶり」


 七海は軽く化粧をしてTシャツの上から白いジャケットを羽織ると、リュックの中に小さいおじさんを入れて、久々に東京方面行きの電車に乗った。

 スマホの検索欄に恵比寿青年の会社の住所を打ち込むと、地図アプリで会社がどこにあるのか、電車の乗り換えも全部教えてくれる。

 電車は広い川を越え東京二十三区に入ると、高いビルの合間から東京スカイツリーが見えた。

 浅草駅から地下鉄に乗り換えるが、七海にとって東京の地下鉄はダンジョンだ。


「地下鉄銀座線から大江戸線に乗り換えって、この距離なら浅草駅で降りて恵比寿さんの会社まで徒歩で行った方が迷わない」


 毎日自転車でかなりの距離を走る七海は、電車やタクシーを利用する考えはなかった。


「おおっ、久しぶりの浅草だ。ワシはあんずさんと駅前の食堂でエビフライを食べたぞ。その店は昼からビールが飲めるのだ」

「私浅草のお店って全然知らないから、小さいおじさんが案内して。お昼ご飯はそのお店で食べよう」


 大勢の観光客が行き交う雷門の前を横切り、五分ほど大通り沿いを歩くと周囲はビジネス街に変わる。

 忙しそうに歩いているスーツ姿のサラリーマンに道を聞くをためらい、七海は何度も地図アプリで現在位置を確認する。

 目的地の恵比寿青年の会社、そこには公園のように木々が生い茂り、人工の川が流れる場所だった。


「ふぁあ、ビル街を歩いてきたから木陰が涼しいけど……マップに公園なんて無い。もしかして道を間違えた?」

「うむぅ、なんだかここは霊気が騒がしいのぉ」


 背中のリュックから小さいおじさんの呟きが聞こえ、七海はふと後ろを振り返ると、木々の間を太くて長いものが横切った。


「えっ、小さいおじさん、ここに何か居る。それもひとつ、ふたつ、数え切れないくらいたくさん」


 七海は背中がゾワゾワ寒気のする気配を感じて、目を凝らして周囲を眺めた。

 キラキラ光る木漏れ日のように見えたのは、銀色のウロコに覆われた蛇のように細長いモノだった。

 七海は大慌てで公園の中を駆け出し、ふと足下の遊歩道を見ると、そこに文字が刻まれていた。


「MEGUMI.Corpって封筒の会社名はMEGUMIだから、ここは公園じゃなくて恵比寿さんの会社の敷地?」

「娘よ、立ち止まるな!! 後ろからアレが追いついてきたぞ」


 小さいおじさんの焦り声に顔を上げた七海は、目の前を横切ったモノの姿を捉える。

 それはウナギサイズの、全身魚のような銀色の鱗に包まれた小さな三本指のかぎ爪のある竜。

 小さいおじさんの存在に誘われて、木々の間から姿を現したミニ竜は7匹、七海たちの周囲を漂いだした。

 そして七海は神を捕らえることの出来る霊力の持ち主。


「あっ、動きが鈍い。どうしよう、捕まえたくてウズウズするっ!!」


 全く警戒心を持たずに目の前をふよふよ泳ぐミニ竜に飛びかかり、七海は両手でわし掴みにした。 

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