貧困フリーター女子、小さいおじさん(福の神)拾いました

なんごくピヨーコ

第1話 崖っぷちフリーター女子 1

「おかしいなぁ。昨日ATMで下したはずの一万円が、いつの間にか消えている」


 夜の八時、バイト帰りに立ち寄ったコンビニのレジ前で、七海は思わず呟いた。

 買い物かごには、夕食用のしょうが焼き弁当と季節限定アイスと料理塩が入っている。

 レシートでパンパンに膨れた長財布に、肝心のお札は一枚も無い。

 かろうじて五百円玉が一枚と百円玉三枚あったので、料理塩は諦めて商品棚に戻す。


「金色の長財布を使えばお金が貯まるって友達に勧められて無理して買ったのに、逆にお金がどんどん消えてゆくよ」


 レジで支払いを済ませ、残金179円になった財布の中身を見た七海は大きなため息をつく。

 こんなに寂しくて空しいのは、きっとお腹がすいているから。

 早く家に帰ってしょうが焼き弁等弁当を食べながらマンガを読んで、頑張る自分へのご褒美に甘いデザートを食べよう。

 コンビニの自動ドアが開き一足外に踏み出すと、むせかえるような熱気が七海の体を包み込む。


「ううっ、ムシムシしてだるい、今年の暑さは異常だよ」


 店の前に停めた自転車のかごに買い物袋を放り込むと、熱帯夜の生ぬるい風を頬に感じながらペダルを踏む。

 コンビニから自転車で五分の距離、大通りから横道に入り住宅街を百メートル、途中だらだら坂を上ると黒い塀に囲われた二階立ての我が家が見えてきた。

 家の背後のうっそうとした竹林は街の公園の一部で、明治時代には神様をまつる社があったらしい。

 改装を繰り返し歪な間取りの木造二階建て古民家の庭には、雑草が生い茂っている。


「ただいま、あんずさん。今日も疲れたぁ」


 玄関先で挨拶をして真っ暗な家の中に入るが、中から返事はない。

 しばらくすると、玄関と居間らしき部屋だけ明かりがついた。


 天願七海てんがんななみ、二十三歳。

 彼女は三歳から父親の実家に預けられ、祖母あんずさんに育てられた。

 父親はかなりの遊び人で、結婚離婚を三回ほど繰り返したあと、南米で現地女性と結婚して日本にはいない。

 だから七海にとって親と呼べるのは、祖母あんずさんひとり。

 あんずさんは細身で背筋のシャンと伸びた色白の美老女で、穏やかで優しい性格をしていた。

 そしてとても不思議な人。

 孫と二人暮らしなのに、あんずさんはいつもデザートや果物を三人分買ってくる。

 春は地元和菓子屋のイチゴ大福、夏はお取り寄せした南の島のアイスクリーム。

 秋は大きくて甘い西洋梨、冬は表の生地は柔らかく中は白あんたっぷりの有名中華店の特製桃まん。


「あんずさん、またケーキを三個も買ってきたの?」

「だって七海ちゃん、どのケーキも美味しそうで、ひとり一個じゃ足りないわ」


 あんずさんはそんな言い訳をしたけど、七海は知っている。

 縁側に座るあんずさんの隣にはいつも座布団とお菓子が置かれて、誰かに話しかけるように独り言をつぶやいていた。

 ある晴れた日、七海はそこで現実にはあり得ないモノを見た。

 キラキラと光り輝く鏡餅みたいな形をした小さな人型が、あんずさんの隣に鎮座している。

 あんずさんの孫娘である七海自身も、不思議なモノを見る力を授かっていた。

 子供の頃、蝶々と思って掴まえたのが羽の生えた妖精だったり、水辺で半透明な白蛇をつついたり、神社の狛犬があくびをするのを見る。

 七海が見えるのは主に想像上の生き物と呼ばれるもので、怖い幽霊や恐ろしいモノは感じとれない。


 そんな不思議な祖母と孫の幸せな日々は、突然終わりを告げる。


 大学四年の就職活動が始まった頃、突然あんずさんが病で倒れ、七海は付きっきりで介護したが四ヶ月後あっけなく亡くなってしまう。

 それから七海は茫然自失の状態でまともに就職活動ができず、なんとか大学を卒業したが、気が付くと天涯孤独のフリーター女子になっていた。

 現在七海は店の半分以上が閉まる駅前シャッター通りの中で、珍しくそこそこ繁盛するディスカウントストアのアルバイト店員だ。



 ***



 今日は久々の休日。

 昼過ぎまでのんびり寝坊した七海は、顔を覆うほど伸びた前髪をかきあげる。


「毛先を自分でカットしてたけど、そろそろ限界ね。今日こそ髪を切りにいこう」


 七海の少し茶色みがかった髪は一年以上伸ばし放題、腰に届きそうな長さになっている。

 行きつけは近所のおばちゃん美容室でカット料金も格安。

 さらにシャンプー代を浮かせるために長い髪を洗い、癖毛を直そうとドライヤーをかけていると突然ドライヤーの熱風が止まった。


「あれ、ドライヤーが故障した、それともヒューズが飛んだ?」


 七海は慌ててドライヤーのスイッチを何度も押したが、風は出ない。

 そういえば点けっぱなしのテレビの画面も消えて、クーラーの冷気も止まっている。洗面所のスイッチを押したが電灯はつかない。


「うそぉ、もしかしてまた電気止められた!!」


 やっと状況を把握した七海は、大慌てて台所のテーブルに山済みした郵便物の束を漁ると、テレビ通販や健康食品やファッション通販のDMに混じって電気料金請求書を見つける。


「電気料金は銀行口座引き落としなのに、どうして請求書が届いているの?」


 七海はスマホから銀行のオンラインバンクを確認すると、銀行口座は電気料金支払いの前に別の引き落としがされ、残高不足になっていた。


「知らない間にお金が無くなるなんて、ネット犯罪に巻き込まれ……あっ、思い出した。≪金運風水 億万の富が降り注ぐゴールデン御利益長財布≫の代金が、電気料金より先に引き落とされている」


 これでは億万の富どころか、電気を止まって冷蔵庫やクーラーが使えない。

 今年は最高気温35度超えの猛暑が続き、クーラーが止まれば熱中症一直線。

 七海は一年ぶりの美容室を泣く泣く諦め、給料日まで残り一週間なので足りない分をカードキャッシングして、大急ぎで電気料金を支払った。


「ひとりで生活するのがこんなに大変だとは思わなかった。毎日コンビニ飯で、髪を切るお金も無いなんて情けない」


 毎月の出費は家の光熱費と食費と携帯料金、生活費の他に訳あり借金まで抱えている。

 大学の学費はあんずさんに頼らないと、七海は多額の奨学金を借りた。

 実家暮らしだから就職したらのんびり奨学金返済しようと考えていたら、祖母あんずさんが亡くなり就職活動も失敗、予定は脆くも崩れ去る。

 葬儀のため南米から帰国した唯一の身内であるダメ父親は、あんずさんの貯金等を全部自分が貰い、七海には「この家をやるから、金がなければ売ればいい」とほざくと、逃げるように帰った。

 しかしあんずさんとの想い出がある家を売るなんてとんでもない。

 そして今、七海は広すぎる家にたった一人で住んでいる。

 奨学金と訳あり借金返済のためバイトに明け暮れる七海は、あんずさんの愛でた庭を手入れする余裕もなく、気が付けば洒落た古民家は立派なボロ屋敷になっていた。




 休日を電気料金支払いに潰され、冷凍庫の中の季節限定アイスはすっかり溶けてしまった。

 七海はがっくりと肩を落とし、大きな溜め息をつく。

 節約のため豆電灯だけつけた薄暗い部屋で、スマホを触っていると電話が鳴った。


「はい、もしもし、お久しぶりです店長さん。えっ、今日これから手伝えるかって?」


 それは知り合いの居酒屋店長から、急ぎのヘルプの誘い。


「週三日居酒屋の臨時バイトですか。ちょっと考えさせて……豪華な夕飯まかない付き!! それなら喜んでお手伝いします」


 就活失敗フリーターの自分は、とにかく働いてお金を稼いで、この窮地から脱しなくてはならない。

 その日から七海は、昼はディスカウントストア夜は居酒屋のダブルワークに励むが、何故かお金の苦労は絶えなかった。



 そんな崖っぷち貧困女子に、とんでもない転機がおとずれる。

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