第2話 MUSIC STUDIO AOBA

谷村栞の所属している人気アイドルグループ「Déesse mignonne(デエス ミニオン)」はフランス語で「可愛い女神」という意味らしい。メンバーの平均年齢は18.9歳と若い。若い子というだけで俺みたいな40を過ぎたオッサンにはメンバーの顔がみんな同じに見える。昨今の増えている大所帯のグループで、メンバーの入れ替わりも激しく、顔を覚えた頃にはメンバーが入れ替わっている。

しかし、ファン層は40代が最も多く、妹みたいな存在だと思って応援しているのだそうだ。俺と同じ、もしくは年上のオッサンからしてみれば、妹じゃなくて娘だろ、と言いたいところだが、本人たちの自由だからどうでも良い。


妹みたいな存在だと可愛がっていたいつも一緒にいた後輩に彼氏ができた途端、急に無視しだす奴とか学生時代にいたなあ、と思い出した。「妹みたいな存在」とは「付き合える可能性が0なので諦めたが他の男にいかないように独占したい」という存在なのだ。だかメンバー恋愛禁止なんか気持ち悪いルールができるのだ。そう抑制すればするほど、顔貌が強くなる気がするのだが、俺には関係のないことだ、


確かに可愛いと思うが自分の息子とさほど変わらない年齢の子たちをそういう対象で見ることが、俺はできない。俺と同じような年齢のオッサンが、一心不乱にサイリュウムライトを振って踊っている様は、どうにも理解できない。太った人間が多く、ブンブン振るっている間に痩せないのかといつも不思議に思っていた。コンサートと言えば、自分の好きなミュージシャンを生で見れる機会なのに、みんな踊ることに必死で、かなりのハードな運動だと思うが、中にはしんどそうに目を瞑って踊っている奴がいて理解できない。エロDVDや風俗に行くオッサンの方が、まだ健全に思えるは俺だけだろうか。


そうやってファンが、全財産のほとんどを注ぎ込み、妹みたいな存在だと信じている横からハイエナのようにかっ拐っていく人気若手ミュージシャンの安城流星は、バンド「スペースドック」のギタリストだ。歳は23歳で真緑に髪を染めカラーコンタクトをし、噂ではギターが弾けないルックスだけのミュージシャンだ。

安城流星は他の熱愛ネタで追っていたことがあるので、顔はすぐにわかった。

実力のない人間が金と名声を得ると、謙虚にしていればいいものを、とにかく生活が派手になる。この男自体は、熱愛をスクープされたところでなんの痛手もない。既に女関係がだらしないことも彼の魅力の1つと公認されている節があり、むしろ相手側の方が叩かれるだけで、彼の人気が落ちることがない。

彼はきっと、このサイリウムライトの軍団に刺されるのは時間の問題だろう。


俺は某人気フレンチの店の前で、スマホのイアホンを付け、缶コーヒーを飲みながら立っていた。こんな東京の繁華街で、コソコソと身を隠して張込みをしている方がかえって怪しまれる。普通に堂々としていればいいのだ。安城流星がもし俺の顔を覚えていたとしても、彼の方もコソコソとはしないだろう。


店から谷村栞が出てきた。そして若干の時間差で安城流星も出てくる。いつも思うのだが、店で一緒に飯を食っているのだから、時間差で出てくる必要性があるのだろうかと疑問に感じる。彼らは別の方向へと歩いて行った。安城流星と目が合った気がした。挑発してやがるのか。

俺は安城流星の方を尾行することにした。

まあ、またどこかで落ち合うのだから、どっちを尾行したところで同じだ。ディナーを食った後は、やることは決まっている。どうせ、どこかのホテルだろう。

尾行の途中俺は、自動販売機のゴミ箱を見つけたので、コーヒーの空き缶を捨てた。


ミュージシャンの場合、ホテル以外にも逢瀬でよく使われる場所がある。レコーディングスタジオだ。缶詰状態でレコーディングするのミュージシャンが多く、寝泊まりできるスペースを完備しているスタジオが増えている。スタジオを使うのには予約が必要だが安城流星クラスの人気アーティストになれば、スタジオが使われていない日であれば、出入りは自由だ。それに相手が谷村栞のような音楽関係であれば、たとえ一緒にいるところを目撃されても場所はレコーディングスタジオであるため、なんとでも言い訳はつけれる。

安城だけでなく、そうしているミュージシャンが多い。俺はこの辺りの宿泊施設のあるスタジオの場所は、だいたい頭に入っている。


しばらく尾行していると、安城流星は周りを憚ることなくビルに入っていった。1階のエントランスはガラス張りで、中が丸見えだった。フロントのようなカウンターがあり、手前にはお洒落なソファとローテーブルがありホテルのラウンジのようになっていた。フロントは無人だった。自動ドアが開くと入り口すぐのソファに座って、スマホをいじり始めた。

ビルの入り口の自動ドアには「MUSIC STUDIO AOBA 」と書かれていた。最近できたばかりなのか、初めて聞く名前だった。


俺はビルの前を通り過ぎ、少し離れ、ビルの入り口が見える位置で、歩道の白いガードパイプに腰をかけ、スマホをいじるフリをした。谷村栞が現れたところで写真を撮るためだ。最近は、でかいカメラなんか持たなくとも、携帯でスクープ写真が撮れるから便利になったものだ。


ビルには他に出入りする人間はいなかった。

車道は一方通行の細い道だか、ここを抜けると大きい通りがあり、飲食店やセレクトショップなど数多く並んでいるので、抜け道としては人通りは少ない方ではない。それらしい20歳くらいの女性が通る度スマホを構えようとするが、谷村栞らしき人物ではなかった。

さっきのフレンチレストランで周りの目を撹乱させるために別のルートをとったとはいえ、谷村栞が現れるのが遅過ぎる。尾行に気づかれ、今日の逢瀬は諦めたのか。


スタジオのエントランスの方を見ると、安城流星はラウンジのソファに座ったままで、スマホで誰かと話していたのが見えた。谷村栞に電話をしているのか。もしかしたら、俺のことを話し、今日の予定変更の連絡をしているのかもしれない。

そんな心配を他所に、谷村栞らしき若い女が電話をしながら歩いてこちらに向かってきている。さっきと服装が違ったので、着替えに時間がかかって遅かったのかもしれない。


若い女が近づいてくるにつれ、違和感を感じた。その女は谷村栞ではなかった。同じように見える若いアイドルだが、多少の違いはオッサンの俺でもわかった。俺はネットで「Déesse mignonne(デエス ミニオン)」の公式サイトを開き、メンバーを調べた。白石友梨奈だ。センターで歌う1番人気のメンバーくらいはテレビで見た覚えがある。事前に調べたところ、谷村栞は最初の頃は人気のメンバーだったが、今はどちらかというと下から数えた方が早いほど人気が落ちているメンバーだった。

安城流星は、今は人気が下火のアイドルと同じグループの1番人気と二股をかけているのだ。ラウンジの安城流星と目が合うと、白石友梨奈はスマホを切り、エントランスに入ると安城に向かって手を振り、近づいた安城は白石の腰に手を回し、奥へ消えていった。

俺はその一部始終をスマホでLINEを打つフリをしながら、シャッターを切っていった。


これが棚から牡丹餅というやつだ。尾行したことで偶然、大スクープを手に入れることができた。


俺は上機嫌でその場から去った。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る