第三章

25. 鬱々『空虚な日』

 もやもや、ぐるぐる。頭の中で混乱が渦巻いている。


 ――『私が、殺した』……そう云い、自ら『魔王』と名乗ったアズリーさん。


 本当に、兄を殺したのか。本当に、魔王なのか。

 なぜ……あんなにも哀しい目をしていたのか。


 わからない……。


     ◇


 こんこんこん。兄の部屋のドアをノックする。

 でも――足が動かない。声も出ない。


「……なんだ、どうした?」


 待てども扉を開けて来ない。そんな普段では有り得ない私の行動を不思議に思ったのか、兄の方から心配そうにドアを開けてくれる。


「――……あの、さ」

「……?」


 視線を彷徨さまよわせ、うつむく。

 その間も急かしたりせず、私が口を開くのを待ってくれている。


 『この名』を口にした時、兄はどんな反応をするのだろう。

 もし……本当に、あの人が……この兄に何かをした、というなら……私は――


 ――唇をぐっと噛みしめほぞを固め、その沈黙を破った。



「……『アズリー』さん……って、知ってる……?」



 上目遣いで、消え入りそうな声を発する。わずかな違和感も見逃さぬようにと、しかと相手の顔を見据みすえて。

 いかに兄がポーカーフェイスと言えど、ほんの少しでもほころびぐらい――


「……なんだ、それ? 誰かの人名……いや、キャラ名か?」


 目をぱちくりさせている。首を傾けている。

 視線を上に向け、記憶を辿っている。


 ――なんだ、それ? ……再びそう問い返したい様子で、こちらの顔を見つめてくる。


 それらの仕草は、私の目には――『心当たりなど、全くない』……そうとしか感じられない。


「……だよ、ね。ごめんね、変なこと聞いて」

「あっ、おい……悠莉子?」


 兄の呼び止めもスルーして、私は悄然しょうぜんと自室へ帰っていく。


 ……予想はしていたよ。こうなるだろうな、って。

 だって、お兄ちゃんは……このゲームティファレシアを、だもんね。


 それとも、『知らない振り』なの?

 やっぱり、『人違い』なの?


 わからない……なにも――。






 ――――……『』……?




      ◇     ◇     ◇




「ふう……」


 ここは、ゲーム内のスタート地点。

 いつまでもわからないことで悩んでばかりいても仕方がない。気分は晴れないけれど、やっておくべきこともある。


 まだにわかには信じがたいことだが……『魔王』を名乗る、明確な敵が現れた。

 ならばいずれ訪れるであろう決戦の刻に備え、徐々にでも魔法の研鑽けんさんをしておくべきだと思った。

 戦う術を持っていながら不戦を貫くのと、最初から戦うことを諦めているのでは、話が全然違うから。


 ただ……出来ることなら力づくでの、戦うことでの解決は望まない。その想いは、私の思想に根付いてしまっている。

 魔王と名乗ったあの人には――アズリーさんには……どこか人間味があった。だから尚更、対話がしたい。理解をしたい。……戦いたく、ない。

 あの人となら、話し合えれば――きっと、分かり合える。


 ――などと考えてしまっているせいで。


「――《ファイアー……ボール》……っぅ」


 多少は魔法に慣れてきたのだろうか。微かに深層意識の変化があったのだろうか。

 以前と同じように攻撃魔法を放とうと試みても、倒れてしまうまでではない。……が、それでも崩れ落ちかねない虚脱感が襲ってくる。

 そもそもこれは、初歩中の初歩もいいところの『薪に火をおこせる程度の魔法』だ。そんなところでつまづいてしまうようでは、まともに戦えるだけの力を手にすることなど永遠に叶いそうもない。


 『攻撃用途の魔法の全てに適性が無い』――以前に師匠に言われたことだ。

 『出来る事なら、戦いたくない』。私のそんな甘っちょろい思想は、『想い』により魔法を生み出すこの世界において、致命的なまでのかせと化してしまっていた。



 考えなきゃ。

 私でも扱える、攻撃手段を。

 もしくは――『翼』の時のように、別のアプローチを。



     ◇     ◇



 森の中を、漫然と歩く。

 今の私には打ってつけだった。散策もしつつ、色々な考え事をできるから。

 ……一向に何の進展も無いのが玉にきずだが。


(魔物も、動物も……やっぱりいないなぁ。他の集落とか、建物……ダンジョンとかも、何にも……)


 街の周辺を中心に、かれこれもうかなりの範囲をうろついている。けれどさっぱり何も見つからない。


(私の探し方が下手なのかなぁ。んんー……)


 他の人ならばもっと迅速に、スマートに事を成せるのだろうか。

 手がかりとなりうる何かを見つけ出すことも。知りたいことを知ることも、謎を解き明かすことも。


 ふと、辺りの植物に視線を注ぐ。

 自然だけは豊かだ。本来ならば、とっても好ましいはずの風景なのに……『自然しかない』と感じてしまう。心に余裕がなくなってきてる証拠かもしれない。


(この中に……『バロメッツ』みたいなのでも混じってればいいのにね)


 『バロメッツ』とは伝説上の植物で、羊の入った実ができると言われていたもの――いわゆる、"羊の生る木"だ。

 植物から、動物が生まれる。ファンタジーならそういった現象を認めてもいいと思うのだけど……何かの間違いで魔物が生まれてきたりしても困るから、却下しておいた方がいいかな。


(それか、攻撃の手段としても使えそうな毒草でもあれば……例えば、『スズラン』とか、『トリカブト』とか?)


 それがあれば、魔法で攻撃できない悩みも多少は解消されるかもしれないのに。

 ただ、魔法で戦うのが主であろうこの世界で、そんな戦闘手段をとろうとする珍妙なやからは私ぐらいかもしれないが。


(――どうせ考えるなら、もうちょと建設的なことにしよか……)


 馬鹿な妄想でもしていれば、少し元気が出るかもしれない。

 これまでもこんな風に自らを落ち着かせたり、励ましたりすることもあったが……今のこれは、単なる現実逃避だった。

 自分でそう感じてしまえば、逆に余計に虚しくなってしまう。



 何も浮かばず、何も見つからず。ただただ日が暮れていく。



 本日の収穫――なにも、なし。

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