21. 邂逅『赤髪の女性』

「ふぇぇぇぇぇ……」


 酒場にて、カウンター席にぐったりと突っ伏す。

 そんな私を見て、ウォルさんがからかうように声をかけてきた。


「どうした、リリィの嬢ちゃん。ゲームで大負けでもしてきたか?」


 いや、そんな貴方じゃあるまいし。むしろ敗北を知りたいほどです。


「んん~……探し物? の手掛かりがさっぱり見つからないというかぁ……」

「ふむ……そうかあ。よくわからんが、冒険者さんも大変なんだな。まあ、これでも食って元気出せ」


 差し出されたのは、甘そうな果物の……リンゴらしき物のパイだろうか。

 気遣ってくれるのはありがたいけれど、今は別にお腹は空いてな――……なっ、なんという馥郁ふくいくたる香り……!?

 ズルいです反則です、ここまでの蠱惑的こわくてきなまでの匂いの前では……くっ。


「いっただっきまぁーすっ」


 あー、んっ。むぐ、むぐ。……ごくん。――んむ。甘くて美味しい。

 ギャンブルの才はからっきしだけど、料理の才はとっても素晴らしいです。花丸をあげちゃいます。



 ――からんからん。


 背後で来店を知らせる鈴の音が鳴り、反射的に振り向く。

 まず目に飛び込んできたのは……燃えるような赤い色だった。その華々しさに思わず見蕩れてしまい、それが髪だと気づくのにしばし時間がかかった。

 つややかで、見目麗しき女性。『男装の麗人』――というのだろうか。一見男性かと見紛みまがってしまう、凛々しい衣装をまとって颯爽さっそうと歩く姿は、正にやんごとなき御方……王族さんや貴族さんのように見受けた。

 そんな感想を抱いていると、突然ウォルさんが驚いた様子でカウンターから出て、その女性へと歩み寄って行く。


「アンタ……もしかして、あの姐さんか……?」

「ああ。お前は……まさかウォルか? 立派になったな」


 周囲も「あん時の?」「本当か?」とざわつく。私は初めて見るけれど、結構な人数が知っている人らしい。


「ひっさしぶりだなあ。……アズリーさん、だったか」


 アズリーと呼ばれた女性が、肯定の意を示すていで微笑する。


「よく覚えてくれてたな。マスターは?」

「先代なら……親父なら引退した。店の面倒事を俺に全部押し付けて、今は元気に酒造りに没頭してるよ」

「今はお前がマスターだったか。これは失礼した」


「さっぱりマスターには見えねえもんなあ、仕方ない」「威厳とか微塵みじんも無いよねぇ」……そんな軽口に対しウォルさんが「るっせえ、んなの当の本人がいっちばん分かってらぁ!」と返してた。


 気を取り直してと再度向き直り、話を続けようとするウォルさん。


「しっかし変わんねぇなぁ、姐さん。これじゃもう俺のほうが年上に見えちまうぐらいだぜ?」


「そこは『綺麗になったな』ぐらい言えねえのか」「だからいつまで経っても結婚できねえんだよ」……と、今度は茶化すような声が飛ぶ。


「だーかーらー、うるっせえっての! おめーらはいっつもいっつも……少しぐらい黙ってらんねぇのか!?」


 そう怒号を飛ばすけれど、例によって表情が緩んでしまっているので絶望的に迫力に欠けてる。誰の目にも明らかなほど、何ともまぁ楽しんでそうです。

 そんなやり取りを見て、女性がくすりと笑った。


「ここは……変わったな。以前より随分と明るく……賑やかになった」


 この上ない褒め言葉を貰ったように、ウォルさんが満面の笑みを浮かべる。


「お陰様でな。久々に一杯どうだ、親父自慢の酒を進呈するぜ?」

「それは楽しみだ。ありがたく頂戴しよう」


 すっかり取り残され、ぽかんと呆けてる私。

 かなり親し気な様子だけども、あの人は何者なんだろう――ぼんやりとそんなことを考えていたら、カウンターまで戻ってきたウォルさんが話しかけてきた。


「ああ、嬢ちゃん。前に冒険者の兄ちゃんの話したろ? あっちの姐さん……アズリーさんは、その人のお連れさんだ」

「おー……っ? そーなのですか」


 つまり、あの人も冒険者プレイヤーさんってことなのかな……?

 さっきウォルさんが言ってた、年齢を重ねてないように見えるらしいのも、そのせいなのだろうか。そういえば今の今までそれらしき人と誰とも会ってなかったから、ここが他のプレイヤーもいる『MMO』のゲーム世界だってこともさっぱり忘れてた。

 話しかけてみたいけど……どうしよう、何を聞こう。んんー……。


「なあアズリーの姐さん。そういや一緒にいた兄ちゃんはどうしてるんだ? 確かアンタが……『シン』とか呼んでた、あの人は」


 はっと息を呑んだ。

 その名前には覚えがある……あり過ぎる。

 『シン』……兄は別のゲームでも、しばしばそのハンドルネームを使っていたはずだ。『信哉』の名を一字削っただけの、キャラ作成を面倒臭がる、あの兄らしい名前――。


「ああ……奴は――」

「そっ、その人のこと、詳しく教えてくれませんか!?」


 気づいた時には立ち上がり、必死の形相で詰め寄っていた。


「……お前は?」


 私の顔を、じっと観察するように見つめて……何か、記憶を辿ってる様子に見える。

 やがて何かに思い当たった様子で、不意に瞠目どうもくした。



「――――まさか、奴の『』か?」



 その台詞に、私はその女性以上に目を見開いてしまった。

 ウォルさんや周りの人には、『何が何やら』だろう。まともに考えれば、二十年以上も昔に同年代ぐらいだった、その冒険者さんと私とでは、親子ほどにも歳が離れているであろうはずなのだから。

 以前ウォルさんに聞かれたように、『知り合いか』などと疑うのはまだいい。

 だがこの人は今、ピンポイントで『』と疑った。、私が妹だと結びつけた……?

 よく似た金髪? 顔立ちや印象? ……そんな不確かな外見的特徴だけで断定できるものだろうか?


 ――『シン』から、わたしの話を聞いていた。そう考える方が、理に適っているのではなかろうか。

 だがしかし――兄は、このゲームをやったことがないハズではなかったのか……?


 これでは私も……何が何やら、訳がわからない。

 そんな私に追い打ちをかけるよう、女性の口から更なる台詞が繰り出された。


「それは――悪い事をしたな」


 その不穏な言葉に、ぴくんと全身が反応し……胸がざわめき出す。


「……その人に、何か……したんですか……?」

「知りたいか?」


 挑発的で、不遜ふそんな笑み。

 これは……タダでは教えてくれそうもない。


「どうしたら……教えてくれます?」


 まるでその言葉を待っていたかのように、相好そうごうを崩し弾んだ口調で答えてくる。


「そうだな。この酒場の……流儀、だったか? 『欲しいものがあれば――」

「――ゲームで、勝ち取れ』……ですか」

「ああ。悪い話じゃないだろう?」

「……わかりました、受けます」



 ……聞きたいことは山ほどある。ありすぎて考えが全くまとまらない。

 でも余計なことを考えてちゃ、せっかくのチャンスを取り逃してしまう。


 今、頭に置くべき想いは一つ。



 ――このゲーム、絶対に勝つ。

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