03. 準備『イントロダクション』

 おおよそ十倍(当社比)の集中力を発揮し、課題を迅速に滅した私は、飢えた肉食獣のような眼光と瞬発力でゲームへと飛び掛かる。

 噛みついたりするほど暴走はしてないから大丈夫。奇声を発してる気がするけど、他人様には見せられない表情をしている気がするけど、たぶんだいじょぶ。


 こうして眺めていると改めて見蕩みとれてしまう、神秘的な緑のパッケージイラスト。

 森と草原で彩られた大地に、ぽつんと街らしき影がある。街すらが小さく見えるほどの、広大な自然――そんなファンタジーの世界を冒険するRPGなのだろう。


「【ティファレシア】……か」


 噛み締めるように、そのゲームのタイトルを呟く。が、やはり記憶にはない。

 これまでは兄がプレイしてるのを見てから、後追いで始めてばかりだった。その兄すら覚えのないほどのゲームなので、完全に初見プレイだ。


「ふむん……『MMO』、で……? おーっ。『VR』ゲームなのね」


 『MMO』――意味としては、多人数が同時に同じ場所へと参加できる……だったかな。

 インターネットを介して、国内の様々な地域の人々……下手したら世界中の人々が同じゲームに接続し――会話や協力、時には対戦などを行えたりするものだ。


 そして特に弾んだ声をあげた後半部分、『VR』――『バーチャル・リアリティ』。

 日本語では『仮想現実』という名の、人工的に生み出された空間を、あたかも現実かのように体感させる技術だ。

 その技術も驚嘆してしまうほどに進歩し、脳波だとか電気信号だとか難しいことはよくわからないのだけど――噛み砕いて言ってしまえば、睡眠時に自分の意思で自由に動ける夢を見せてくれるような、完全に別の世界に転移してしまったような感覚すら味わえるものになっていた。

 私に言わせてしまえば、もはや奇跡や魔法の領域とまで化している。科学の力ってホントすげーです。


 ……うずうずうず。

 本来ならば、まだ説明書を読むという工程がある。……はずだけど。

 『早く始めたい』――そんな爆発寸前なまでに逸る気持ちを抑える術を、私は持ち合わせていませんでした。

 説明書には一切目を通さずに『ヘッドマウントディスプレイ』――通称『ギア』を被って、ベッドへとダイブしてしまう。

 慣れた手つきで諸々の設定を早急に済ませ、胸を高鳴らせつつ起動してみた。


 少しの間の後、流暢りゅうちょうな機械音声のアナウンスが流れ始め、ギアを通した視界に文字列やウィンドウが映り込む。【『ティファレシア』……初回起動、当該データなし】と、当然ながらそんな内容のものが。

 この時点ではまだ私の意識は覚醒状態にあり、自室の宙に浮かんで見えるウィンドウに実際に手を伸ばして触れることで、必要な準備を行う段階のようだ。


 【新規キャラクターを作成しますか?】……そのウィンドウの【YES】に指先で触れる。すると周りが暗くなり、見やすいようになのか、やや発光した人間の姿が現れた。

 それは精巧に再現された、自分自身の姿だった。これをベースにして好みにアレンジし、キャラクター……もとい『アバター』を作成しろとのお達しだろう。


 ひとまず操作方法を確認してみる。

 ドラッグで回転、ピンチイン・アウトで縮小・拡大と、慣れ親しんだ手法なのがありがたい。タップした部位から長さ・太さ等を変更できるウィンドウが浮き出てくる。

 ……なんだろう、グラフィックデータの自分の体とはいえ、触れるとドキドキ――しなかった。微塵も。なんと貧相な体なのでしょう……くすん。


 あまりに変えてしまうと、元の体との感覚がズレてしまって動きにくかったり、人によっては目線の違いに酔ったりする。私はそれを身をもって知っていた。

 過去に調子にのって背を高くし過ぎて、頭をぶつけまくったのだ。だからもう二度とやりません。

 話は少しズレるけど、ふざけて人間としての原型を留めない体型……いわゆる"クリーチャー"を作成する人も横行したっけ。

 個性やユーモアがあって個人的には嫌いじゃないのだけど、シリアスな場面で現れたりすると笑いがこみ上げちゃって困った。

 そんなこんなで、体型はほとんどいじらず次へと進む。……こっそり胸を盛ってたりなんかしてないよ、断じて。


 髪型は……と、サンプル一覧をざっと眺めた。

 自らが恒星となれそうなスキンヘッドから、今にもTV画面から這いずり出てきそうなホラーチックの長髪までと、恐ろしく幅広い。

 こんなの誰が選ぶのってツッコミたくなるものもちらほら……そりゃーネタに走りたがる人たちか。愚問でした。


 現実の私は、真面目で健全な高校生らしく、肩にかからない程度のセミロング、染めたことのない自前の黒髪……と大変面白味に欠ける。

 なので外聞などを気にすることなく羽目を外せる髪型選びは、アバター作成の中でも最も心躍る瞬間だった。


 やっぱ長い髪には憧れるなぁ。さらさらのストレートはもちろん、古風なお下げや、華やかなツインテールなんかも素敵。

 んー。悩んだけれど、今回はこれにしよう。心惹かれたのは、ゆるふわのポニーテール。高い位置で、リボンで結んだもの。

 髪の色は暖色系……特に黄や金が好きなので、こちらはさほど迷うことなく決定する。

 そういえば兄も金髪を好むので、一緒に遊ぶ時はよく色被りしたなぁ。お互い一歩も譲らなかったので、しょっちゅうお揃いでした。懐かしみ。


 服装の項目もかなりの充実具合だった。

 この世界にそぐう服装なのかな、それがずらーっと……これまたなかなか骨が折れそうな。

 トップス・アンダー、ワンピースタイプの服はもちろん、履物や外套にアクセ類……インナーまで選ぶのですか? あらあらぁ。

 短めのスカートが可愛いなぁ。だからそれをまずは決めてと……ただ、きっと動き回る場面も多いだろうから、スパッツ有りでお願いします。

 全体的にそこまで派手じゃない方がいいかな……着心地良さそうなシャツに、細いロングブーツ、あまりごてっとしてないベルトなどの装飾をあしらえて。

 色は緑と茶――深い萌葱色に、明るい亜麻色を基調として。最後に、肘ぐらいまでのケープを肩から羽織って――


「――完成……っとぉ」


 ふぃー……っと息をつき、体を伸ばした。

 かれこれ一時間近く経ってしまっている。根を詰めすぎたなぁと苦笑いしつつも、楽しんでたから疲労感はさほどなかった。

 それどころか、『早く始めたい』……その想いは留まるところを知らないご様子だし。晩御飯の時間もまだまだ先だし。


「よっし、いっちょ始めちゃいますかぁっ」


 完成させたアバターを眺めつつ、この『私』の冒険に思いを馳せ――そこで不意に、はてと思う。そういえば『キャラクターネーム』の設定項目が見当たらない。

 ゲーム内で誰かと言葉を交わす機会もあると思うのだけど……名前なきゃ困るよね? どうするんだろう。

 ううん……自分で好きに名乗ればいいのかな。それなら、他の場でもよく使う『あの名前』にしよっか。


 では改めて、始めるとしよう。

 私、『リリィ』の冒険を――!



 目を閉じると、注意事項やVRが開始される旨のアナウンスが流れる。

 自分の呼吸音と鼓動だけがクリアに聞こえるほど静かになる中……緩やかに眠りに落ちるような、微睡まどろみに現実と夢の境が曖昧になるような。そんな感覚に囚われていく。

 やがて五感すらおぼろげになり始めた頃……目を閉じてるはずなのに、眩い虹色の光に包まれ……意識が、ゲームの中別の世界へ――




     ◇     ◇     ◇




 私がゲームを始めたのは、お兄ちゃんが楽しく遊んでる姿をうらやんだからだ。


 ……お兄ちゃんが持つゲームにばかり興味を持ってしまうのも、そういうことで。


 私がゲームを楽しいと感じたのは、お兄ちゃんと話題や趣味を共有できて。一緒に話せて、一緒に遊べたからだ。


 ……独りで遊んでても、どこか虚しくて。


 楽しくないわけじゃないんだ。

 ただ……ふとした時に、比べちゃうんだ。思っちゃうんだ。

 あの頃の方が楽しかったな、って。

 一緒に遊んでみたかったな、って。


 お兄ちゃんがゲームをやめた時、私もすっぱりやめるべきだったんだ。

 そうすれば……こんなやるせない想いを、ここまでくすぶらせてしまうこともなかったのに。


 満足いくまで遊べたら、お兄ちゃんに感想を言おう。

 お兄ちゃんに貰ったゲームなんだし、別にそこまで不自然じゃないだろうから。

 冷たくあしらわれても、わずらわしがられても、必ず伝えるんだ。


 勝手に一方的に話すぐらい、許してくれるよね。

 ――だってこれが、お兄ちゃんとゲームの話ができる、最後の機会だと思うから。


 私もそろそろ……卒業しないと、ね。

 ――だからこれが、私たちの最後のゲーム。

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