第9話 洞窟

 午前9時、2人は日光苔に明るく照らされた洞窟の中を歩き始めた。

 まだ10mも歩いて無い頃からエリーがマルコに不安そうに声をかける。


「ねぇねぇ。」

「なんだ?既に怖くなったのか?」


 マルコが悪戯っぽく笑う。


「違うよ!まだ全然歩いて無いじゃん!そうじゃなくてさ、この洞窟ってどのくらい続いてらのかなって。」


 エリーに言われてハッとする。


「確かに。ウッドのやつ入り口と出口の説明だけで中の説明し忘れてやがる。まだ間に合うだろう戻って聞くぞ。」


 が、振り返ると既に入り口が閉まっていた。


「……なに?」

「普通入ったら速攻閉める?私達が見えなくなるまで見送ってたりするもんじゃ無いの……?」


 2人は急に不安に駆られ始めた。


「し、仕方がない!大丈夫だろう!説明が必要ない程単純な構造だと言う事だろう!行くぞ!」

「そ、そうよね!ウッドが何日も店閉めてた事ないし!一日もあれば着くわよ!」

「そうさ!心配する必要は無い!」


 無駄に声を張り上げ自分達に言い聞かせながら先に進む。

 地面は平らに均されていて意外と歩きやすく、広さも5人くらいなら並んで歩けそうだ。

 30分程歩くといきなり分かれ道にぶつかってしまった。


「早速か……。左に行くぞ。」

「待って!私は何となく右だと思うの。」

「いや、左だ。俺の勘がそう言ってる。」

「右だって。勇者の勘の方が正確だと思うけど。」

「……お前は俺の何だ?」

「な、何よ急に。」

「お前は俺の弟子だろう。ポンコツ勇者は黙って師匠の言う事を聞いておけ。」


 納得いかない。だが、ここで揉めても仕方が無い。ムッとしながらもエリーはとりあえず従う事にした。


「はいはい。従いますよー師匠〜。私って大人だな〜誰かさんと違って〜。」


 エリーは嫌味を言いながら左へ歩き出した。


「おい!誰かさんとは誰の事だ!俺じゃないだろうな!」

「ふーんだ。」


 洞窟は長い長い一本道で最初以外分かれ道も無い。もっと言うと生き物も全くいなかった。こんなに退屈な洞窟は世界を見渡しても中々無いだろう。

 こういう道を歩いていると不思議と無口になってしまう。

 そんな中エリーが口を開いた。


「マルコぉ。どのくらい進んだかなぁ?」

「あの山の大きさから考えると先はまだ長いだろうな。下手したら数日はかかるぞ。」

「一日あれば着くとか言ってなかった?」

「それを言っていたのはお前だ。俺は言っていない。」


 マルコは少し呆れ気味に訂正した。


「そうだっけ?つか今何時?」

「知らん。苔のおかげで明るいのは良いが昼か夜か分からんな。」

「時計見れば良いじゃん。」

「持ってくるの忘れた。」

「……意外とマルコって抜けてるよね。」


 エリーは呆れ気味にツっこんだ。


「うるさいほっとけ。」

「私の腹時計によるともう14時くらいなんだけど。お昼にしない?」


(だが、確かに腹は減ってきたな。感覚的には約半日くらいは歩いたか。)


「じゃあそろそろ一旦飯にするか。」

「よっしゃ!」

「ほれ干し肉だ、かじりながら歩け。」


 背負っていた袋から干し肉を取り出しエリーへ渡すと案の定クレームが来た。


「えー。コレだけ!?」

「この先どのくらいあるか分からんだろうが。節約だよ。」

「はーい……。」


 エリーは渋々納得し干し肉をしゃぶり始める。


「ところで休憩無しですか?」

「もう疲れたのか?この3ヶ月毎日何時間も俺と手合わせしていたんだ。あの体力と気合いがあればお前ならまだまだ大丈夫だろ。」


(確かに、そう言われるとなんか大丈夫な気がして来たかも。)


「もちろん!余裕よ余裕!マルコを心配しただけなんだから!」

「単純なやつだ。」

「なんか言った?」

「別に。」


 そんなやりとりもすぐに終わり無言のまま歩き続けた。


 ずっと会話の糸口を探していたのか、またエリーから質問が飛んで来た。


「マルコの持ってるその皮の袋高そうだね。なんの皮?」

「知らん。村で安かったから買ったやつだ。」


 会話終了。また無言。


「ねぇねぇ、そういえばマルコって村に来るまでなにしてたの?」


 今度はとても面倒な質問が来た。魔王をしていたという訳にもいかないのでとりあえず誤魔化す事に。


「落ち着く住処を探して旅をしていた。どうした?急にそんな事を聞いて。」

「考えたら3ヶ月も一緒に居たのにマルコの事何にも知らないなーと思って。旅する前は?」

「……人間と戦っていたな。」

「そういえば魔王城と関わりがあったとか言ってたもんね。あ!ウッドと話してた『元魔』って元魔王軍の事!?」

「まぁ、そんな所だ。戦いに疲れて辞めてしまったがな。」


 大きく間違った事は言っていないはずだ。勝手に思い違いをしてくれているのは有難い。


「魔王軍にいた人が今度は戦争を止めに魔王城行くことになるんだよね?大丈夫なの?」

「それも勇者を連れてな。正直どうなるか分からんが俺には他に進むべき道が見当たらん。」

「そっか……なんかごめんね?」

「何がだ?」

「ううん。何でもない。」

「それにしてもこの辺は足場が悪いな。滑るところもあるから気を付けろよ。」


 最初は歩きやすかった洞窟内は奥に進む程に地面は荒れ、狭くなって来ていた。


「もう大分歩いたよね〜疲れた〜。」

「黙って歩け、余計に疲れるぞ。」

「もう既にクタクタでございます。」

「まぁ確かにもう結構歩いたな。分からんがたぶんもう夜だろう。次広い所に出たら今日はもう終わりにするか。」

「賛成!!」


 そう言っていると20分もしない内に少し広くなっている空間に出た。


「よっしゃ今日はもう終わり!マルコ!晩御飯!」

「そう急かすな。ほれ。」


 マルコは背負っていた鞄を下ろし中から缶詰をいくつか取り出した。


「……なにそれ?まさかそれがご飯とか言わないよね?」

「そうだが?立派な食材を持って来てるとでも思ってたのか?こんな鞄に。」

「いや、そうだけども。なんか、ねぇ。」

「これだからお嬢様は。いいから好きなのを取れ。」

「はーい……。」


 エリーは不満そうにいくつかの缶詰を取り近くの岩に腰掛けた。


「洞窟を出るまでの辛抱だ。すまんな。」

「ううん。文句言ってごめんね。」

「さっさと食べて寝よう。こんな洞窟早く出たいからな。」

「はーい。」


 文句を言っていた割にエリーはあっという間に綺麗に缶詰を平らげた。

 マルコもエリーに負けじとすぐに完食する。


「はー美味しかった!考えたら食料あるだけ山で遭難してた時よりマシね。」

「そうだな。かぼちゃ泥棒もしなくて済む。」

「またそーゆーこと言う〜。」

「食い終わったんならさっさと寝るぞ。この毛布を使え。」


 マルコの袋はどれほどの物が入ってるのか、エリーは少し気になりながらも毛布に包まる。


「明るくて寝れるかなぁ。」

「気合いで寝るんだ。明日もどれくらい歩くか分からんからな。」


 マルコも毛布を敷いてその上にエリーに背を向け横になる。


「ねぇマルコ。」

「なんだ、寝ろと言った矢先に。」


 マルコは体を動かしエリーと向かい合う。


「なんで私に協力してくれるの?あの村にいれば戦争とか関係無いでしょ?それに戦いはもう嫌みたいだったし。」


 マルコは少し考え口を開いた。


「……ここまで魔族が世界を侵略する前は、人間は魔族を見世物にし、奴隷のように扱った。俺の友人も人間に捕まってそれ以来行方知れずだ。人間を心底憎んだよ。」

「う、嘘だよ!そんな話聞いたことないよ!?昔から魔族が人間を襲い怯えて暮らしてたって……。」


 エリーは自分が習って来た魔族と人間の争いの歴史と全く違う話を聞かされ思わず反論した。


「嘘じゃない。おそらく魔族と戦争する上で兵士が戦い易いよう、そういう歴史をでっち上げたんだろう。」

「そんな……ごめんなさい……。」

「お前が謝る事では無い。それにもう憎んでおらん。200年近く生きて憎しみも薄れてしまった。そしてドゥアルテ村に行き着き人間も悪い者ばかりでは無いことを知った。」

「私も共存したいって言ってたけど、マルコに出会うまでは魔族ってもっと難しい種族なんだと思ってた。人間となにも変わらないんだよね。」

「その通りだ。そしれにお前に出会って一緒にいるうちに、お前の言う魔族と人間の共存する平和な世界も悪くないと感じ始めてな。その世界を見たくなった。それだけだ。」

「ありがとう。そう思ってくれる魔人が一人いるだけでも心強いよ。」


 エリーは心底そう思った。今まで共存を思い描いて来たが、不可能なんじゃないか、誰もそんな事望んでないんじゃないかという不安があった。

 そうした不安がマルコの言葉で一気に晴れた気がした。


「ま、まぁ決して簡単な道のりではないがな。もう寝ろ。」


 マルコはエリーに背を向け直しながら照れ臭そうに言った。


「うん!おやすみ!」


「ところでマルコって200歳くらいなんだ。長生きな種族なんだね。」

「あ、あぁ。」


 明るく照らされた洞窟の中で2人は深い眠りについた。

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