第7話 来客

「てりゃぁああああ!!」

「すぐにヤケクソになるなと言っているだろう!」


 エリーの攻撃をかわしみぞおちに一発。


「うっ!はぁはぁ」

「中々気絶しなくなってきたでは無いか。鍛錬が身になってきた証拠だ。」


 元魔王の家に勇者が転がり込んでから既に3ヶ月が経とうとしていた。


「今日はもう終いだ。帰るぞ。」


 ドサッッ


「うぅ……。ごめん。今日も無理そう。」

「まったく、いつになったら貴様は自分で歩いて帰れるようになるのだ。」

「うるさいなぁ。ここまで耐えてるのも奇跡みたいなもんなんだからね。」

「弱音を吐くな。それでも勇者か貴様は。」

「弱音じゃ無いもん。明日は大丈夫だもん。」

「そうだと良いがな。ほら、乗れ。そのくらいは出来るだろ。」

「うん。もっと低くして。」

「はいはい。」


(いつもの大きな背中、いつもの暖かい背中。そしていつも私をボコボコにする奴の背中!)


 思いっきり背中をつねってみる。


「痛っ!何をする!」

「つい何となく〜。」

「何だというんだ。」

「……ねぇ。私強くなってるのかな?いつも気絶してばっかりだし。」

「心配するな。お前は急激に強くなっている。俺が徐々に強さを上げて攻撃を与えているだけだ。もう魔人兵団の団長クラスくらいなら余裕だろう。」

「なんか微妙〜。まだまだだな〜」

「お前はどこまで強くなりたいんだ?」

「……もう少しだけ修行したいかな。」

「そうか。」


 強くなっていく。それは当初の目的で喜ばしいことだった。その為にエリーはここにいる。

 しかし、強くなるということはこの村から旅立つという事。父の為、世界の為にも早く旅立った方がいいことは勇者も元魔王も分かっていたが、それを言い出せずにいた。

 旅立つという事は、別れがくるということだからだ。

 その別れをいつしか惜しむようになっていた。

 2人は無言のまま家に着いた。


「さて、さっさと風呂に入ってこい。今日はお前の好きなマカ鳥の唐揚げをつくってやる。」

「やったー!!!じゃあ、入ってくるね!」


 エリーは風呂場へ駆け込んで行った。


「元気じゃないか……。」


 コンコンッ


 誰かが家の戸を叩いた。


「はい。」


 戸を開けると魔人が一人立っていた。


「ようやく出会えた!あの植物屋の言う通りだった!変装してても分かりますぞ!サタン様。お久しぶりです。」


 その魔人は膝をつきマルコの本名を呼んだ。


「き、貴様は確か……。」

「覚えておいででしょうか?魔人兵団総隊長バルゴでございます。」

「あぁ。覚えているさ。」


 確かバルゴは俺が辞める数年前に俺が任命した。牛の頭に筋肉質な身体で中々腕が立つ。だが、その見た目とは裏腹に冷静な部分も持ち合わせた優秀な兵士だったはずだ。


「バルゴ、すまんが外で話そう。」

「了解致しました。」


 バルゴを外に連れ出し、家から少し離れた場所で話を始める。


「とりあえず俺からの質問に答えろ。何故ここが分かった?そして何しに来た?」

「そうですね、とりあえずお応え致しましょう。1つ目に関しましては、サタン様を探していたところ、似ている者を知っていると言う木の魔人に会ったので締め上げてこの場所への行き方を吐かせました。」


(ウッドか、あいつ独自のルートとか言ってたが抜け道を知っていたのか。)


「あいつは無事だろうな。」

「サタン様があんな魔人を気にかけるとは。まぁ無事です。すぐ吐きましたので必要以上に痛めつけずに済みました。」

「そうか。なら良い。」

「では2つ目の質問にお答え致します。コレが私が今日来た本題です。人間界を完全に我らのものとする準備が整いました。しかし、もう一つ決定打に欠けるのです。是非サタン様にご協力を願いたい。サタン様さえいれば確実に勝利を手に出来ます!」


(俺が城を出て10年は経っているんだ。そろそろかと思っていたが遂にその時が来てしまったか。)


「事情は分かった。だが協力はせん。」

「そんな……。聞いてください!約一年前元勇者を名乗る一団を捕えました。しかも、現勇者は国の入り口で撃退、現在行方不明らしいですが、只の小娘だそうです。今なら野望達成まで手が届くんです!」

「すまんな。帰ってくれ。飯の支度があるんだ。」

「くっ……本当に腑抜けてしまわれたのですね。分かりました。ベルゼ様も予測していた事ではありますので一旦ここで引かせて頂きます。」

「そうしてくれ。……協力はせんが、近いうちに魔王城に行くとベルゼに伝えといてくれ。」

「了解致しました。戦が始まってしまってからだと、魔王様も面会が難しいと思うのでお早めに。では。」


 バルゴは闇へと姿を消した。


「エリーもここに来るのが後数年早ければ な……。」


 家に戻るとエリーが頬を膨らませて待っていた。


「どこ行ってたのさ!ご飯はー!?」

「あぁすまん。今作る。」


(エリーの理想を実現させるにはベルゼとの対話が必要不可欠となるだろう。充分強くなったと励ましたが、魔王城にいる主力と戦う事になったらまだ歯が立たんだろう。)


 料理をしながらエリーのこの先、世界のこの先について考えた。

 エリーはマルコに何かあったのを察したのか黙っている。


「出来たぞ、食え。」

「お!美味しそー!!」


 その会話以外の声は無くマルコとエリーは晩御飯をひたすら食べた。


「ご馳走さま。お風呂入ってくるね。」

「その前に、少し話がある。ちょっといいか。」

「な、何よ。」


マルコの真剣な眼差しと声のトーンにエリーは少し戸惑った。


「今さっき、俺の昔の知り合いが来てな、そろそろ戦争が始まると伝えに来た。」


 その後、エリーにバルゴがら聞いた話を伝えた。自分に手助けを求めに来たことは伏せつつ。


「そ、そんな……。どうしよう!このままじゃ魔王に完全に支配されちゃう!」

「まぁ落ち着け、明日ここを立つんだ。自分の国に帰ってこの事を伝えるんだ。」

「でも、それで間に合うの!?何とかなるの!?」

「何もしないよりはマシだろう。」

「ま、まぁ……マルコは?良かったら一緒に行こうよ!」

「バカ言うな。魔人の俺が行っても混乱させるだけだろ。それに俺は一度魔王城へ行こうと思っている。」

「魔王城!?何でマルコが魔王城に!?」

「どこまで出来るか分からんが、戦争を止める方法が無いかやれる事をやっておこうと思ってな。」

「でも、場所知ってるの?あそこって魔族でも簡単には行けないんじゃ。」

「まぁ、昔魔王城とは少し関わりがあってな。無事な保証はないが安心しろ、俺は大丈夫だ。」

「……。」


 2人の間に沈黙が流れる。


「で、でもさ!その友達の言うことが間違ってるかもよ!もうちょいここにいて様子見てみようよ!」

「そんな時間は無い。」

「それに、修行もまだ3ヶ月くらいしかしてないんだよ!今出ても何も出来ないかも。」

「なんだ、どうしたと言うんだ。お前らしくもない。自分の国に帰るくらいなら今の実力で充分だ。帰って戦争の準備をしろ。そして勇者として国の奴らの支えになってやれ。」

「でも……。」

「……お前、この村から離れたくないんだろう。ここなら大丈夫だ、戦火に巻き込まれる事は無い。メアリもウッドも無事でいられるはずだ。落ち着いたらまたくれば良いだろう。」


(違うんだ!それもあるけど、不安なんだ、自分の力の無さは分かってる。それに、この村だけじゃ無い。この家から、マルコのいるこの家から離れたく無い!離れちゃったらなんだかもう戻ってこれない気がする。もう会えなくなる気がする。)


「な、なんとかなるんじゃ無いかな!?私達がなんかしなくても!」


 エリーは思わず勇者として言ってはならない言葉を口にしてしまった。


「いい加減にしろ!何のためにこの3ヶ月修行して来た!お前の目的は、夢はなんだ!」

「ごめん……。」

「失望したぞ。お前はもっとがむしゃらな奴だと思っていた。もう寝る。俺は明日立つからな。この家はお前の好きにするがいい。」


 マルコはそう言い残し自分の部屋に入って行った。

 マルコの言葉がエリーの心に刺さる。

 エリーはリビングで一人自分の愚かさを悔い、反省した。そして、自分の弱さを責めながら涙を流した。


「私も寝なきゃ。」


 エリーはお風呂に入り、寝床についた。

 ベッドに横になるとザルム王の鎧が目に入った。

 よく見ると、傷だらけで少しへこんでいる部分もある。随分多くの戦場を経験したんだろう。


「父ちゃん……。元気でいるの?どこで何してるの?戦争始まっちゃうよ助けてよ。」


(こんな時父ちゃんならなんて言うだろう。いや、なんも言わないですぐ動くだろうな。責任感強くて無口で背負いこむ人だったから。それにしてもあの時は面白かったなぁ。)


 自分が宝剣を持ててしまった時の父親の顔を思い浮かべて軽く笑った。

 ふと、その時父親と交わした言葉を思い出す。


『もし私に何かあった時は次はお前の戦う番だ。世界の平和を頼んだぞ。』


(あの時父ちゃんはどんな気持ちだったんだろう。魔界に行くことが平気なはずが無い。それも宝剣からも選ばれていない状態で。)


「不安だったんだろうな。人に頼みごとを滅多にしない、全部自分でなんとかして来た人が私に頼んで来たんだ。たぶん死ぬかもしれない、それでもみんなの為に旅立ったんだ。」


 自分の父親に想いを馳せ、改めて尊敬した。


「私は父ちゃんみたいになりたかった、自信に満ち溢れ、強く、カッコいい父ちゃんに!なのに私は何考えてたんだ!マルコと離れるのが不安?戦って勝つ自信がない?そんな事言ってる場合じゃない!父ちゃんみたいにカッコよくなるんだろ!」


 エリーは自分の顔を叩いて気合をいれ、勢いよくベッドに潜り込んだ。


(やるぞ。戦争を止めるんだ。世界を平和にするんだ!それで父ちゃん見つけて、マルコともまた暮らすんだ!私は勇者だ、あのザルム王の娘なんだ!)


 決意を固めエリーは眠りについた。

 寝ながらエリーは一つの案を思いついた。

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