君がいた冬、君といた夏(短編)
沙羅夏津
神様がくれたロスタイム
12月29日の夜、僕と雪は明日の年越しスキー旅行の計画も兼ねて電話で話していた。
時刻は日をまたぐ時間までに遅い時間になっていた。
「そろそろ寝ようか?明日遅刻したら最悪だしね」
ちょうど区切りがいいところで寝る提案を悠一は切り出した。
「そうだね、ゆうくん、明日は遅刻しちゃだめだよ?遅刻していい・・・・よくないけど、遅刻するなら学校だけ!集合場所はゆうくんの家の近くのバス停で、目的地はーーー」
今日何度目だろうと思うくらい同じことを話し出す雪華に慌てて止めに入る悠一。この話をしだすともう一時間くらい話しそうな勢いなのでさすがに止めに入った。
「わかった!わかったから雪!楽しみにしてるのはわかったからそれ言うの何回目だよ!集合は7時だろ?目的地は近くのスキー場の小暮山こぐれやまスキー場だろ?
流石にもういいって!寝よ?そんなことしてたら本当に遅刻しちゃうよ!」
「あはは、そうだっけ?ゆうくんと話すの本当に楽しいからつい、ね!・・・・うん、じゃあ寝ようか?
おやすみなさい、ゆうくん。・・・・好きだよ、ゆうくん」
「うん、おやすみ雪。僕も大好きだよ」
お約束の終わり方で通話を終わらせ、隣の家の電気が消えたことを確認して自分も部屋の電気を消した。
家が隣なんだからこっちに来るか僕が部屋に行けばいいのにとある時提案したことがあったが、雪華は頑なに電話がいいの一点張りだったため毎晩このやり取りを何か月も続けていた。
「さ、俺も寝よう。さすがに遅刻するわけにもいかないしね。本当に楽しみだな・・・・雪との初めての旅行・・・・いい思い出になればいいな」
明日は雪とバスの中でなにをしようか?などと考えながら目を閉じるとすぐに睡魔がやってきた。
チュンチュンと鳥のさえずりで気持ちのいい朝と目覚め。
大きくのびをして枕元の時計を見るとまだ時刻は6時であった。
「ちょっと早いけど起きるか。ちょっと早く家を出て雪と一緒にバス停までいこうかな?」
そんなことを考えながら着替えをしているとインターホンが鳴る。
「ばあちゃーん?起きてる?ちょっと出てくれない?」
部屋から声を出して下の階で寝ている叔母に声をかけるが、返事がなかった。まだ寝ているのであろう。仕方ないのでちゃっちゃと着替えを終わらせて旅行カバンを持ち玄関を開けに向かった。
実は小さいころに両親を亡くしてしまい、この母親の実家である日暮村に住んでいる叔母の元にお世話になっているのである。
「あ、ちゃんと起きてたね!おはよゆうくん!楽しすぎて早く起きすぎちゃったよ。ご飯は食べた?まだだったら一緒にどうかな?」
インターホンの主は雪華であった。足元に旅行カバンを置いて冷える手にはー、はー、と息を吹きかけてあっためていた。
すでに雪華はスキーウェアに着替えており、オレンジ色のウェアは雪華にすごく似合っていた。
「おはよ雪。まだだよ。一緒に食べようか?軽いものしか作れないけどそれでもいいなら。」
「大丈夫だよ~ゆうくんのご飯はなんでもおいしいから!」
えへへ~とふにゃりと笑って玄関をくぐり、居間まで移動する。
「じゃ、コタツにでも入ってテレビでも見ててよ。ちゃちゃっと作ってきちゃうから。
目玉焼きはいつも通り半熟でいいよね?」
「うん、いいよ~」
コタツに入ってぬくぬくしている雪華に声をかけ返事を聞くと隣の部屋のキッチンに移動し早速朝食の準備に取り掛かる。
昨日の残りの味噌汁を温め直し、トースターにパンをセット。冷蔵庫の中から叔母が漬けた漬物とサラダ、卵とベーコンを取り出し、目玉焼きを作る。
「おーい雪、運んでくれー」
「は~い」
パタパタと小走りでキッチンに向かってきた雪華に朝食を手渡しをし、自分も朝食を隣の部屋に運んだ。
「んじゃいただきます」
「いただきまーす。ズズッ・・・・はぁ~なんで冬の寒い朝のお味噌汁ってこんなに美味しいんだろう?」
「昨日も食べたじゃんか味噌汁。っていうか毎晩、毎朝うちにくるじゃんか雪。たまにはおじさんとおばさんと一緒に食べてやりなよ。」
「えー、いいじゃんいいじゃん!だってゆうくんのご飯おいしいし!」
「そりゃうれしいし、2人分も3人分も大して変わらないけど・・・・。まぁ、いいや。ごちそうさま。
ほら、皿洗いしちゃうからちゃっちゃと食べちゃってよ」
「は~い。・・・・ごちそうさま!」
トーストをチマチマと食べていた雪華はすごいスピードでトーストを片付けた。
「お粗末さまでした。んじゃあ皿洗いしてくるからー」
「ほーい。あ、みかんもらうね~」
気の抜けたような空返事が返ってきた。ちょっとは手伝うなりなんなりしてほしいものである。
「ちゃっちゃと片づけますかー。時間もそんなにないしな。」
皿洗いを終えて隣の部屋の叔母の様子を見に行くとまだ眠っているようだ。
「ばあちゃん、行ってくるね。おみやげ買ってくるね。」
「んー」
返事なのかわからないが、一つ寝返りを打ったらまたすうすうと寝息をたて始めてしまった。
「そろそろ行こうか?雪。って、どんだけみかん食ってんのさ。朝ごはん食べたじゃん」
「は~い。いいじゃんおいしいんだし!」
はぁとため息をついて居間に置いておいた旅行カバンを肩にかけ雪華と一緒に家を出た。
「ばあちゃんいってくるねー」
盗む人なんかいないだろうが一応鍵を閉めてバス停に向かう。
「寒いね~」
「そうだね、手袋でもしたら?持ってるでしょ?」
「もう、相変わらずにぶちんだなあゆうくん。私は寒いね?って言ってるの!」
「だから手袋でもしたら?って」
「もういいですー『ド』がつくくらい鈍感なゆうくんは知りませんー」
頬をふくらませてポケットから手袋を取り出して手にはめた。
バス停に着くころには6時50分を時計はさしており、すでにバスは到着していた。
二人のほかにもスキーにいくのであろう村人が何人かバスに荷物を積んでいる最中であった。
「お願いしますー」
そういって運転手の人にカバンを渡して荷物入れに積んでもらいバスに乗り込んだ。
バスに揺られること30分くらい。目的地の小暮山スキー場に到着した。
「ついたー!」
「元気だなあ・・・・雪は。初めにペンションにチェックインしてから板とか借りに行こうか?
そだ、ここのペンションの夕ご飯はおいしいって有名なんだよ?」
「それはまじですか!?ゆうくん!」
「おおう。まじっす」
「やったー!楽しみだなー」
とりとめのない話をしながらペンションに移動し、チェックイン。そして部屋に荷物を置いてスキー場に移り、雪華と悠一はスキー板をレンタルした。
「さ、はじめはブランクを取り戻すために中級コースくらいから行こうか?」
「何言ってるのゆうくん!男は黙って上級コースでしょ!」
「ろくに滑れない雪が何言ってんのさ・・・・小学校のころのスキーであなたいじけて何世帯の雪だるま作ったんですか」
「・・・・10世帯かな?2日間で」
「いやいや、作りすぎでしょ・・・・その努力をスキーに生かしてください・・・・
僕が教えるからがんばって覚えてください。」
「うっす!おなしゃっす!先輩!」
どこぞのスポーツ系部員の先輩後輩のような返事に苦笑しながらリフトに乗り込んだ
リフトは2,3人用で雪華も一緒に乗り込んだ。
そしてリフトに乗って数分。中級コースに到着した。
すでにスキーヤーはちらほらと見えた。
「んじゃ、俺についてきてよ。とりあえず実力を見せてもらおうか?雪くん。」
「ふふん、まかせなさーい!・・・ってあれ?あれれーー!?」
悠一が先陣をきって雪華の方を向きながら滑り始めると、一直線にすごいスピードで急降下していく雪華の姿をみた。
「どいてどいてえええええええええええええ!ふええええええ!!ゆうくんとまんないよおおおおおおおおおお!!」
「ったく、なにがまかせなさいだよ・・・横に転べええええええ!!雪いいいいいいいいいい!!」
「なぁにいいいいいいいいいいい?」
だめだ通じない。
仕方ないので前に向き直りストックを使い加速しつつ雪華の背中を追った。
ようやくおいついたころにはすでに下に着くころでなんとか転ばせて暴走列車を止めることに成功した。
「ほんとすみませんまじすみません・・・・」
「下級からやろうか?慌てなくていいよ雪。明日も明後日もあるんだからゆっくりね。」
「ごめんね?ゆうくん・・・・ゆうくんは思いっきり滑りたいでしょ?私なんて放っておいて滑ってきていいよ?私はまた雪だるま作ってるから・・・・」
「何言ってんのさ。雪と一緒じゃなきゃなんも意味ないじゃん。さ、気を取り直してもう一回いこうか?」
「うん!」
落ち込んでいた雪華だが、元気を取り戻してリフトに乗り込んだ。
30日のスキーは一日中雪華の練習に付き合った。
スポーツ自体ニガテなわけではない雪華なので、終わりにするときまでにはある程度滑れるようにまで成長することができた。
「は~おいしかったなあ・・・・この後どうしようか?」
夕ご飯を済ませて満足気にお腹をさする雪華を見ておもわず笑みがこぼれた。
「んー、お風呂でも入ろうかな。・・・・言い忘れたんだけど、ここ混浴なんですよ雪さん・・・・
お風呂はノーマークでした・・・・」
「いいよいいよ!私たち以外のお客さんナイター行っちゃったし二人でゆっくり入ろうよ?
何年ぶりだろうね?二人でお風呂はいるの!」
「いやいや、入らないでしょ!先入っていいよ?部屋で待ってるから」
「私は気にしないよ?だって私たち恋人じゃん!いつかは・・・・///」
「顔真っ赤にするなら言わなきゃいいのに・・・・それに僕は気にするんだよ・・・・」
隣を歩く雪華の胸元を思わず見てしまう。控えめといえどそこには小さいころと決定的に違うふくらみがあり、思わず生唾を飲みこんでしまった。
「あー!ゆうくんエッチな目してるよ?」
「だって、雪が変なこと言うから・・・」
「まぁいいや!お風呂はいろ?ゆうくん」
「うん」
そのあとはアレに発展したのは言うまでもない・・・・
なぜか風呂に入って疲れ切った二人は部屋に戻った瞬間ベットにダイブし深い眠りについて30日は終わってしまった。
「うん、今日もいい天気だな。絶好のスキー日和だな。」
大晦日の朝。カーテンを開けて大きくのびをしてまだ寝ている雪華の顔を見る。
むにゃむにゃと口を動かしながら寝息をたてるそのかわいい寝顔を見て自然と顔がにやけていくのを感じる。
「まだ朝食まで時間あるし、寝かせておいてあげるか。朝風呂とでもいそしみますかね」
風呂道具を片手に部屋を出て風呂がある一階に向かった。
風呂から戻ってくる時にはすでに雪華が起きており、出迎えてくれた。・・・・が、
「あ、おはよゆうくん。あの、筋肉痛で体が動かないんですが・・・・」
まるでおばあちゃんのように腰を曲げて顔を両手で隠し、うっうっとウソ泣きをする雪。
「そりゃあんだけ滑ればそうなるよね・・・・僕もちょっと筋肉痛が残ってるかな。まぁ、滑ってれば気にならないよきっと。それより朝ごはんいこうよ。お腹すいちゃった」
「おんぶして!」
両手を前につきだして駄々っ子アピールをする雪華にキュンとしながら背中に雪華をおぶさった
「いつもすまないねえおとっつぁんヨヨヨ・・・・」
「それは言わない約束でっせおかっつぁん」
ちょっとした小芝居を挟みつつ食堂へと向かった。
朝食は夕ご飯とは違ってバイキング形式になっており、大皿に料理が盛られていた。
それを見た雪華は筋肉痛なんてどこへやら。すごい勢いで料理を回収し、山盛りの料理をテーブルに運ぶとフードファイターのように料理を食べ始めた
「あんまり勢いよく食べるとのどに詰まるよ?」
「平気平気ー!・・・・んーっ!」
「ほらいわんこっちゃない・・・・はい、お茶」
「んくっんくっんくっぷはーっ!ガツガツガツガツ!」
「はぁ・・・・吐いても知らないからね」
手渡された熱いはずのお茶を一気に飲み干して再びがっついて料理を食べ始めた。
朝食をとり、小休憩をはさんでスキー場にやってきた。雪に太陽光が反射しまぶしい。思わず目を閉じてひさしをつくりながら隣を歩く雪華に話しかけた。
「うっぷ・・・・吐きそう・・・・・」
「ほらいわんこっちゃない。もう少し休んでる?」
「うん、そこのベンチでちょっと休んでます・・・・ごめんねゆうくん。ゆうくんは滑ってきていいよ?」
「気にしないで?お言葉に甘えさせてもらおうかな。超上級コースってのがあるみたいだからそれ一回滑ってくるよ。次は一緒に行こうね?」
「うん!」
頭にぽんと手をのせてリフトのある方に向かった。
超上級コースはリフトを一回乗り換える必要があった。
ほぼ山頂のようなところに到着すると、吹雪で視界が悪く、数メートル先が見えないくらいだった。
「こりゃダメだな・・・・危険すぎる。降りるか・・・・」
しぶしぶ上級コースに戻ると吹雪は止んでおり、滑れる状況であった。
そのまま一人で下まで降りてきて雪華の元に向かうと、なにやら数人の男に囲まれて困っている雪華の姿が見える。
「いいじゃん俺らと一緒に滑ろうぜ?」
「めっちゃかわいくね?どこからきたの?」
「あ、あの・・・・」
「ごめんね、雪。待たせちゃったかな。行こうか」
「あぁん?なんだてめえ」
ナンパ男達はこちらの存在に気が付くとにらみをきかしながらこちらに寄ってきた
「ナンパなら海いったらどうですか?まぁ、といってもこの季節だと誰も居ませんけど。
何が寂しくてむっさい男達で年末を過ごしてるんですか?ごめんなさい?僕あの子の彼氏なんですよ。
いやー、かわいそうだなぁ彼女がいないなんて」
「てんめ!」
「言わせておけばこのクソガキが!」
一斉に殴りかかってくるナンパ男たちの拳を片手で止め、ひねる
「いた、いたたたたたた!折れる折れる!!」
「スキー場に来たんだからスキーしましょ?ね?」
「わかった!わかったから!手離してくれ!」
「ッチ、いこうぜ?」
「あのガキつええな・・・・」
愚痴を吐きながら男達は去っていった。
それを確認して改めて雪華のもとに向かう。
「ほんとごめんね一人にして・・・・どこにでもあぁいう連中はいるんだね・・・・アニメや漫画の中の話だと思ってたよ。・・・・って、大丈夫?どうしたの?なんかされた?」
顔を赤くしてぷるぷるとしている雪華の顔を覗き込もうとしてかがむと、急に顔をあげて抱き着いてきた。
そのままバランスを崩し、押し倒されるような状況になった。
「怖かったよおおおおおおおおおおおおお!!ゆうくん、ゆうくん!!」
「わかったわかった。よしよし。もう大丈夫だよ?だから泣かないでよ。」
「うん、うん!ふぇ、ふぇええええええ」
安心したのか声を上げ、顔をくしゃくしゃにしながら大声で泣く雪華。
涙を手ですくってげて泣き止むまで背中をさすってやった。
泣き止んだのはその1時間くらいあとであった。ウサギのように目を真っ赤にしながら照れ笑いを浮かべて雪華は言った。
「ごめんね、いい歳した女があんな・・・・」
「大丈夫だよ、落ち着いた?今日はスキーやめて部屋にいこうか?」
「ううん、せっかく来たんだもん。スキーやるよ!ゆうくんが教えてくれたこと忘れないようにしたいし!」
「そっか、じゃあいこうか?」
雪華に向かい手を伸ばした。
「うん!」
雪華はその手を取り、リフトへと向かった。
「えへ、えへへ~ゆうく~ん」
「ちょ、あぶないって!あぶない!!リフトの上で抱き着いてこないでって!落ちる!落ちるから!!」
それから日が暮れるまでノンストップでスキーをしつくした。
少し遅い夕ご飯をとり、風呂を済ませ、二人は部屋にいた。
「3!」
「2!」
「1!」
「「0!あけましておめでとう!!」」
ひゅーっ・・・・ドンッパチパチパチ・・・・
「え?花火?」
「嘘!?見にいこ?ゆうくん!」
「そうだね、いこうか」
二人でペンションを出て空を見上げる。
満天の星空に大きな花が咲く。
それを二人で手をつないで眺める。
「また一緒にこれるといいね?ゆうくん。」
「そうだね、今度はスキーじゃなくても、他のところも、たくさん雪と一緒に行きたいよ。もっと雪と思い出を作りたい。」
「ゆうくん・・・・」
ちゅっ
星空の下、二つの影は重なったのであったーーー
スキー旅行最終日の新年元日。二人は部屋でまだまったりしていた。
「今日はどうしようか?お土産とかここら辺を回ってみてもいいし、午前中・・・・っといってももう数時間くらいしかないけど最後のスキーをしに行ってもいいしね。」
昨晩ハッスルしすぎたせいか、二人が目覚めたのは昼頃であった。
「バスの時間夕方くらいだよね?最後にちょっと滑っておきたいなぁ。その後お土産見て帰ろ?
私もお土産買わなきゃだし!」
「ん。じゃあ決定かな。そうと決まれば早速いこうか?」
「うんっ!えへへ~」
悠一の腕に自らの腕を絡めて上目遣いをして微笑んだ。
その様子をみて悠一も思わず笑みをこぼした。
この笑顔を一生守っていきたい。この人と最後の時まで添い遂げよう。そう誓った悠一であった。
その笑顔が最後になるとは知らずにーーー
目が覚めたそこは知らない天井。あまり自由が利かなくなっている体。
ここは一体どこだろう?僕はたしかスキー旅行を雪と一緒にいったはずなのに・・・・
たしかスキー旅行が終わって帰りのバスに乗ってそれで・・・・
「ッ!痛っ・・・・なんでだろう、そこからの記憶がない・・・・」
上半身を起こし、自身の状況を把握する。
足には包帯、腕にも包帯。ミイラ男のような状態に陥っていた。
「とりあえず、先生を・・・・」
ナースコールで看護師を呼ぶのもやっとであった。
やっとの思いでナースコールを押すことに成功した。すぐに看護師と医師が飛んできた。
「よかった、目覚めたんだね。怪我の具合はどう?包帯や体は君が眠っているときに拭いたり巻きなおしたりして経過は見ていたけど」
「そんなことはどうでもいいんです。なんで僕は病院なんかに?」
そう、悠一が寝ていたそこは病院であった。それに外の景色を見る限り知らない場所であった。
「君、何も覚えていないのかい?」
「雪は!?雪はどこですか!?僕はスキー旅行に・・・・」
取り乱す悠一を悲しい顔をしながら医師と看護師は黙ってテレビをつけた。
「あの日から3か月。あの最悪の事故『小暮トンネル崩落事故』の死者は250名、いまだ行方不明が10数人。先生、なぜあの事故は起きてしまったんでしょうか?大学教授であり、地質学者、自然に詳しい大石正和さんをお呼びしました。大石さん、こんにちは。今日はよろしくお願いします。」
「あぁ、よろしく。そうだね、すでにニュースでもあったようにーーー」
テレビではよくわからない事件の話をニュースキャスターと大学教授の人が話をしている映像が流れていた。
「あの、これがなんですか?」
「・・・・『小暮トンネル崩落事故』これが起きたのは元日の1月1日だ。この日、君を載せたバスはあるトンネルにはいった。
その日はなぜか車通りが多く多くの犠牲者を生んだ事件。生存者は君以外いないんだ。
君は運がいいよ、本当。瓦礫と瓦礫の隙間の空洞に挟まっていてね、あちこち怪我はしたものの命に別状はなかった。だが、なぜか3か月もの間目覚めることはなかった。
今日は3月1日だ。君は3か月もの間眠っていたんだよ」
目の前が真っ暗になった。
トンネル崩落事故?生存者は僕以外いない?じゃあ雪は?3か月も眠っていた?3か月もたっているのに怪我が治ってない?なんで?なんで?
頭の中がパニック状態になり、目を白黒させた。
「雪は!雪は生きているんですよね!?会わなきゃ・・・雪に会わせてください!」
「かなりのパニック状態だ。いいかい、落ち着いて聞いてくれ。生存者は君以外いないんだ。
つまり、君の言っている雪さんはすでに亡くなられているんだ。」
「・・・・は?ありえないですよ、そんなこと。信じられるわけがない。だって、だって!!
雪は・・・・雪は!!スキーの時あんなに元気に笑っていたんだ!もっと思い出作ろうねって約束もした!亡くなってるはずないじゃないか!ちゃんと確認したのかよ!?適当な事言わないでくれよ!」
ガラガラガラッ
「悠一!」
「・・・・ばあちゃん。それにおじさんとおばさんも。どうしたの?そんな深刻な顔をして。僕の怪我は大丈夫だよ?
それよりさ、雪はどうしたの?今日は来てないの?僕が入院してるっていうのに冷たい彼女だなぁ・・・・」
「・・・・悠一、雪ちゃんはね・・・・」
「栄ばあちゃん、私から説明します。」
「環さん・・・・」
「あのね、悠一君。ごめんね。雪華は、雪華は・・・・トンネル崩落事故で亡くなったの。
もうこの世にいないの。あなた以外誰も助かってないの・・・・!」
「嘘だよ、嘘・・・・嘘だあああああああああああああああああああああああああ!!」
「悠一!」
栄が大声で悠一の名前を叫んだ。
「あんたもいい歳だ。いい加減現実を見てくれよ。雪ちゃんは亡くなった。悲しいのはわかる、信じがたいことだってこともわかる。でもこれが現実なんだよ。」
「うそ・・・・だ・・・・」
その言葉を最後に、悠一はこの世界と接点を断った。
「ん・・・・」
相変わらず目を開けると見慣れない天井がそこには広がっていた。
あのことが夢でなく現実だということを再確認させられた。
トイレに行こうと壁に立てかけられていた松葉杖をなんとか手にして歩く。
どのくらい眠っていたのかわからないが、ずっと固定されっぱなしの足には障害のような、変な癖がついていてうまくあるくことができず転倒してしまう。
「ってぇ・・・・」
洗面台につかまりながら立ち上がる。鏡には目から光を失った、やつれ、やせ細った自分の姿が映った。
「ひどい顔」
認めたくない。
認めたくない。
雪が死んだなんて。
「っくそ」
ギプスで固定されている腕をそのまま洗面台に叩き下ろす。
ゴンと鈍い音とともに激痛が全身に走るが、そんなことに構っているほど元気はなかった。
「あら、起きたのね。勝手に立ち上がったらダメじゃない」
女性の看護師がタイミングよく入ってきて肩をかついでくれた。
「トイレに行こうと思って」
「そう、わかったわ。一人でできそう?そこの扉を開けるとトイレがあるから。
これからはリハビリをして生活に戻れるようにしてもらいたいんだけど、体の具合はどう?」
「・・・・大丈夫です。どいてください」
突き放すように冷たく言い放ち、トイレがある扉を開けて尿をたした。
扉を開けるとまだそこには看護師が立っていた
「ちょっと歩いてみようか。どこか行きたいところはある?病院内で。」
「屋上に行きたいです」
「そっか、ゆっくりね?」
悠一が歩くペースに合わせて看護師が付き添ってくれる。
屋上に続く立て付けの悪い扉を開けるといつぶりだろうか、外の空気と暖かい風が頬を撫でる。
近くの景色が見えるベンチに腰掛けると隣に看護師も腰かけた。
「ここはどこなんですか?」
「君が住んでいる日暮村の隣町っていうのかな。そこにある多きな総合病院だよ。
あなたのおばあちゃんは毎日様子を見に来てくれるのよ?あそこからじゃ割と時間かかるのに。
今日はまだ見えてないわね・・・・」
「・・・・そうですか」
ぼーっと青空の下に広がる街並みを眺める。
「部屋に戻ります」
「うん、大丈夫?立ち上がれそう?」
手を貸してくれようとした看護師をスルーして松葉杖を器用に使って立ち上がると出口に向かって歩き出す。
「ちょ、待ってよ!」
後ろから看護師が追いかけてくるが構わず自室へと向かった。
部屋に戻ったときには丸椅子に栄が座っていた。
「ばあちゃん」
「おや悠一、起きたのかい。お腹すいてるかい?お菓子持ってきたけど」
そのやり取りをみて空気を読んだのか、看護師は一礼をして部屋を後にした。
「うん、もらうよ」
栄がもってきた和菓子を口に含む。口に広がる甘味。何日ぶりであろう食べ物を口にしたのは。
「もう大丈夫だからばあちゃん。明日からリハビリがんばるよ。一人にしてごめんね」
「なーにいってんだい構うもんか。じいさんが亡くなってから私も一人だったけど悠一が来てくれて毎日が楽しかったんだわ。一人でいた時間よりもはるかに短いんだ。それくらい平気さ。
なにかほしいものはあるかい?飲み物は冷蔵庫に入ってるけど」
「ん。大丈夫だよ、ありがとう。」
看護師といるときよりもだいぶ落ち着いた感じがした。知っている人と話すのはこんなにも安らぐものだったのかと思った。
両親を失い、そして最愛の彼女である雪華も失い、2度の死を味わったためちょっとやそっとで立ち直れるわけではないが、栄にこれ以上心配をかけるわけにはいかなかったため無理にでも笑みを作った。
「ばあちゃんこそ大丈夫?毎日こんなところまで来るのは大変じゃないの?」
「心配はいらないよ、じいさんが残してくれたお金もあるからね。気にするんじゃないよ。
ほら、もっとお食べ?点滴しか今までやってきていないからお腹はすいているんじゃないのかい?
あんまり無理して食べても胃がびっくりしちゃうから適度にね」
はい、お茶とペットボトルのお茶を差し出してくれる。
そのお茶を受け取りのどを潤す。
「学校の方には休学ってなっているからそれは心配しないでいいよ。私は看護師さんと今後について話してくるからここにいるんだよ?」
「うん」
そういうと部屋を出て行ってしまった。訪れる静寂。
一人になるといろいろ考えてしまう。
これからどうするのか
もしもこの窓から飛び降りることができれば雪がいるところにいけるのではないか
娘を失ったおばさんとおじさんにどうこれから接すればいいのか
「なんで僕だけ生きてるんだ・・・・僕も一緒に連れて行ってくれればどんなに楽だったことか。
神様、なんで僕の人生にこんなに試練を与えるの?僕は何度大切な人を失えばいいの?
何度涙を流せばいいの?」
ベットから降り、立ち上がり窓際に立ち窓を開ける。
ビュウビュウと風が吹く。
窓から顔を出して見下ろすと十分な高さがあることを確認。
「・・・・今行くよ、母さん、父さん、雪。」
身を乗り出そうとした瞬間、ドアが開かれる。
「ばかものが!!」
入ってきたのは栄であった。
走って悠一を止め、ベットに座らせた。
バチンッ
「何考えているんだい!あんたがそんなことして天国にいる雪ちゃんや両親が喜ぶと思ってるのかい!?」
「じゃあどうしろって言うんだよ!わかんない・・・・わかんないよ。僕はどうすればいいんだよばあちゃん。教えてくれよ。何度人を失えばいいの?
ばあちゃんだってもう歳だ。これから先の方が短い。次また誰かが死んだら僕はもうどうかなりそうだよ。
そんなつらい目にあうならいっそ死んだほうが楽だよ!」
「何言ってるんだい!!じゃあ3人の分まで生きなさい!生きることがあんたのすることだよ悠一!
つらいことを言っているのはわかるし、無理させるのもわかる。私だって長くないだろう。
でもね悠一、3人の分まで生きることが3人に対して一番あんたがすることだよ!私だってね、あんたが死んだら悲しいよ。それとも私を一人にしようってのかい?」
「・・・・ごめん。もうこんな気は起こさないよ。約束する。
そうだよね、3人の・・・・あの事故に巻き込まれた人達の分まで生きなきゃね」
「そうさね。あんたが元気じゃなきゃ私も悲しいよ」
「うん」
そういうと栄は悠一の頭を撫でた。
小さいころよく頭をなでてもらってたっけ。
そうだよ、ばあちゃんも一人はさみしいもんな。
「リハビリもがんばるよ。少しでも早く退院して帰るからさ。そしたら僕がおいしい料理作ってあげるから。もう少し待っててね」
「楽しみにしてるよ、悠一」
にっこりと目元にしわを寄せて栄は微笑んだ。
次の日からリハビリを開始して普通に歩ける頃には夏に突入していた。
そして退院の日。その日は8月12日。お盆の1日前であった。
「今までお世話になりました。」
「いえいえ、無事に退院できてよかったです。元気でね?」
「看護師さんも。それじゃ」
迎えにきていた栄と一緒に車に乗り込み、自宅へと向かう。
「明日はお盆だけど、墓参りと迎え火をするけど、雪ちゃんの墓参りにいったらどうだい?
まだつらいかい?」
「ううん、大丈夫だよ。行ってくる」
「そうかい、本当に元気になってくれて私も安心したよ」
「うん」
かなり無理をしていると自分でも思う。
今でもどこかで雪が生きてるんじゃないかって思うし、現実なんか受け入れたくない。
元気なんかでるわけがない
これまでの期間、すべて作り笑顔で接してきた。
でも、それも明日で終わり。墓を見てしまえば現実を受け入れなければいけない。
墓参りなんか本当は行きたくない。でも、心のどこかでこれに区切りをつけなければいけないと思っている自分もいた。
決心は固い。
心に決めて来るお盆を待った
「それじゃばあちゃん行ってくるよ」
「はいよ、じいさんはもう行っちゃったから雪ちゃんに会いにいってきな」
「うん」
線香と菊を片手に持ち、この地方特有の迎え火のやり方である提灯を持ち雪華の墓がある墓地へと向かった。
墓に着いた時にはすでに墓が綺麗にされており、菊も線香もあげられてあったが、自分の分もあげた。
「遅くなってごめんね。ずっと入院してたんだ。ほんとは来たくなかったよ。やっぱり、雪は死んじゃってたんだね。これから定期的にくるからね。」
墓をそっとなで、提灯の中にあるロウソクに火を灯した。
「それじゃあ帰ろうか?雪。」
提灯を片手に墓地を後にした。
ひぐらしが鳴く、夕刻。俗にいう黄昏時である。
道の両脇には木々が生い茂っており、夕日に照らされて紅く輝いている。
長い一本道に悠一が一人、そして片手には提灯。その道は木々が生い茂っているため、昼間でも暗いのだが今日は一段と暗かった。
歩きなれていた道だが、なぜか寒気を感じて早足になった。
「・・・・ちゃん」
「え?」
なにかに呼ばれたような気がして思わず振り返る。しかし、そこには誰もいなかった。
気のせいかと思って前を向き再び歩き出した。
「・・・・ちゃん」
気のせいじゃない?
なにかに呼ばれているような気がする。
「ゆうちゃん」
「え・・・・?」
今確かに聞こえた。自分の名前を呼ぶ声を。
『ゆうちゃん』
そう呼ぶのはこの世で2人しかいない。
一人は母親、もう一人は雪華であった。
「母さん?雪?」
声に出して聞いてみるが、もちろん声が返ってくることはない。
「はは、疲れてるんだよな。どっちもこの世界にもういないわけだし、ありえないよそんなこと」
そう思って帰ろうと向きなおすと地面に伸びる長い影に気が付く。
あきらかに自分以外に誰かがいる。自分をからかっているものがいる。
「誰だよ!僕をからかって楽しいかよ!?出て来いよ!」
「・・・・ゆうちゃん」
「だから誰なんだよ!出て来いよ!!」
きょろきょろと周りを見渡したがそれでも姿は見えない。
「っくそ」
舌打ちを一つして前を向くとそこにいたのは・・・・
「来ちゃった」
「・・・・は?」
「うわあああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」
思わず尻もちをつき、地面に提灯を落す。ロウソクの火が提灯に移り、提灯を消し炭にした。
きいたことがある。
お盆というのは、霊が年に一度こちらの世界に帰ってくる日、霊力が強くなる日ということ。
黄昏時というのは、その時間だけこの世とあの世がつながる瞬間がある。
「大丈夫?ゆうちゃん」
『それ』は手を伸ばして立ち上がらせようとしたが、すぐにひっこめた
「あはは、つかめるわけない・・・・かな?」
『それ』の足元を見るとあるはずの影がないことに気が付く。
その地点でこの世のものではないということがわかる。
「でもなんでここにいるんだろう?私もよくわかんないけど・・・・ただいま、ゆうちゃん」
『それ』はにっこりと微笑んだ。夕日に照らされた彼女は本来ならば貫通するはずがない光を貫通させ若干全身が透ける。
それは幻想的であり、非日常を意味していた。
「・・・・おかえり、雪。」
「うん、ただいま!ゆうちゃん!」
霊だろうがそんなことはどうでもよかった。また雪に会えた。それだけが純粋にうれしかった。
「本物だ・・・・ほんとに雪だ・・・・!」
思わず抱き着こうとしたが、相手は霊体。触れることはできない。
「あらら、これじゃ私に触れないね?私も・・・・まぁ、そりゃ触れないよね」
雪もやってみるが、伸ばした手はそのまま悠一の体を貫通して向こう側へと抜ける。
「あはは、そらそうだ・・・・触れられないのは残念だけど・・・・もう一度あえてうれしいよ、ゆうくん」
「うん、僕もだよ。ほんとに・・・・でもなんでだろう、今まで父さんと母さんですら帰ってきたことないのに」
「んー、私にもわからないかな。まぁいいよ、帰ろ?ゆうちゃん」
「そうだね、帰ろうか」
日が落ち始めると雪の体からは淡い光が漏れ、怪しく光る。
「霊って今まで見たことなかったけど、光るのね」
「え、そうなの?私光ってるの?」
「うん、若干・・・・?まぁどうでもいいんだけどさ。それで家に帰るの?」
「そうしようかな?お母さんとお父さんにも会いたいし」
「そっか、じゃあここで」
「え?」
気が付いたら家の前まで来ていた。
「久々に話せたからうれしかったよ!ありがとうゆうくん。それじゃあね?」
「うん、また?明日?今度?」
ちょっとなんていえばいいのかわからず困惑していた悠一を見てクスクスと笑い家の中に消えていった。
「僕も帰るか。ばあちゃんお腹空いてるだろうしね。ただいまー」
「あら、おかえり。おや?ずいぶん顔がよくなったじゃないか。なにかいいことでもあったのかね?」
「ん、まぁそんなところかな。お腹空いたでしょ?ご飯作るよ。」
「いんや、今日は私が作ったから一緒に食べようと思ってまってたんだよ。さ、食べようか?」
食卓に並べられたのは素麺と天ぷらだった。
簡単な料理ではあるが、蒸し暑い夏の季節にはありがたい夕ご飯であった。
「いただきます」
「いただきまーす」
「は?」
「え?」
隣を向くとそこにいたのは両手を合わせた雪の姿が。
「雪!なんでいるんだよ!?」
「雪?悠一、熱さやられたのか?それともまだ・・・・?」
「ごめんばあちゃんちょっとトイレ行ってくる。ちょっとこっち!」
クイクイと手招きして雪を廊下に呼ぶ。
「なんでいるのさ!?家に戻ったんじゃ?」
「うん、それが、ゆうくんにしか私が見えていないみたいなの。お父さんもお母さんも話しかけてもなにも反応がないの。それに栄ばあちゃんも私が見えていなかったみたいだから・・・・」
「そっか、なにも食べれない、つかめないの生殺しだと思うけど僕のそばでいいなら一緒にいてくれないかな?その方が僕としてもうれしいかな・・・・」
「どっちにしろゆうくんしか私見えてないし、私も一緒にいたいな。食べ物が食べれないのは残念だけど、この姿だとお腹が減らないから大丈夫だよ。大丈夫・・・・」
「あの、ヨダレをたらしながら夕食の匂いを嗅んでもらっても・・・・」
「あは、あはは・・・・お腹が減らなくてもおいしそうな物が目の前に広げられるとつらいね・・・・」
「雪食いしん坊だしね・・・・先に部屋に行っててくれる?ご飯食べてお皿洗ったら行くよ」
「はーい」
階段を上り?自室へ行ったことを確認すると食卓へと戻った。テーブルの対面にはまだ一口も手をつけていない料理と栄の姿があった。
「あれ、ばあちゃん先に食べていてもよかったのに」
「悠一、あんた幽霊が見えるのかね?」
「え?」
「私もじいさんが亡くなったその年の盆にはじいさんが私の前に現れたんだよ。じいさんは私に言った。『お別れが言えなかったから言いに来た』ってね。もしかしたら雪ちゃんもお別れが言えず終いだったから盆に見えることができたのかもしれないねえ・・・
ともかくだ、雪ちゃんがこちらに居られるのは送り火をしなければいけない明後日の夕刻の黄昏時までだよ。ちゃんとお別れを言うんだよ?いいね?」
「うん、ありがとうばあちゃん。・・・・さ、冷めちゃったけど食べようか。いただきます」
「はい、どうぞ。」
伸びてパサパサになりかけた素麺を麺つゆにつけてすする。そして天ぷらも一口。
久々に家族と過ごす時間と温かい食事は料理は冷え切っていても温かく、とてもおいしく感じた。
「あ、おかえりなさい」
悠一の部屋のドアを開けた時、目の前に見えたのは足をパタパタさせながら悠一のベットでごろごろしている雪華の姿だった。
「おかしな話だよね。人間には触れなくても物質には触れることができるんだね。もしかして、浮遊できたり、物体を操ったりとか、壁をすり抜けたりとかできるの?」
「ううん、私もちょっとあこがれてやってみたけどできないみたい。本とかつかむことはできるんだけどね・・・・」
この通りと言わんばかりにベットには高く積まれた漫画が鎮座していた。
「じゃあご飯とか食べれるんじゃないの?なにか飲み物とってきてみようか」
「うん!お願い!」
「おーけー。冷蔵庫になにかあったかな・・・・」
冷蔵庫の中身を思い出しつつ階段を下り、キッチンに向かった。
冷蔵庫には夕ご飯の残りの天ぷらがいくつか残っているのと、紙パックのイチゴ牛乳があったのでそれをおぼんに乗せて雪華が待つ部屋へ運ぶ。
「おまたせ。さ、食べてみてよ。冷蔵庫に天ぷらもあったから持ってきたよ」
「やったー!ありがとう!では早速・・・・!」
ごくりと生唾を飲みこんだ雪華はおぼんの上にのっている箸を手にした。
すり抜けることなく箸をつかむことができ、そして天ぷらももちろんのこと。
恐る恐る口元に近づけ口を開けて食べる。
「んっ・・・・食べれる・・・・!食べれるよ!味は感じないけどね。」
「本当!?じゃあ!」
「うん、一緒にご飯食べれるとは思うけど、たぶん傍から見ると食べ物と箸が宙に浮いているように見えると思うんだ。」
「そうなの?ちょっと待ってて・・・・」
そういうとあわただしく階段を降り、栄を自室へ連れてきた。
「おやまぁ、本当に雪ちゃんがそこにいるのかい?」
「うん、どうなの?ばあちゃん。やっぱり箸と天ぷらが宙に浮いているように見える?」
「あぁ、その通りだよ。さすがに口に入った物は見えないけどね」
「うーん、明日から一緒にご飯を食べれればって思ったんだけど、ばあちゃんが気持ち悪いっていうならやめようかなって思うんだけど・・・・」
「そうだねえ、私は構わないけど、どうだい?雪ちゃん」
「いいんですか!?是非!お願いします!」
「んじゃあ決まりだね。ばあちゃんの話によるとお盆中しかこっちにいられないらしいんだ。
明日はどこか一緒に行こうか?」
「うん!えへへっどこに行こうかなぁ・・・・あ、でも傍から見たらひとりごと言ってるように見えちゃうけどいいの?」
「構うもんか。せっかく雪とまたあえて過ごせるんだ。それくらいどんてことないよ」
「そうするといい。ほら悠一。お小遣いだよ。これで楽しんでおいで」
「ありがとうばあちゃん」
栄はポケットから財布を取り出すと数枚のお札を取り出して手渡した。
「じゃあ、私は寝るから。おやすみなさい、雪ちゃん、悠一」
「うん、おやすみばあちゃん」
「おやすみなさい、栄ばあちゃん」
「ちょっと外を歩かない?」
「いいよ?」
少しムシムシする熱帯夜だが、雪といるとなぜか気にならなかった。霊体がいるとひんやりするみたいな話があるが、そんなことはなかった
「やっぱり気温とかも感じないの?」
隣を歩く雪に話かけた。
「うん、何も感じないね。思ったよりも幽霊って便利なのかもしれないね!」
なんて呑気に応える雪華。そんな姿は生前と変わらず、思わず相手が幽霊ということを忘れてしまうようだった。
「で、どこか目的地はあるの?ド田舎になにかあったっけ?」
「特にないかなぁ・・・・ただ雪と一緒に居たい・・・・じゃだめかな?」
「ダメなわけ・・・・ないじゃん!」
そういって抱き着いてこようとしたが、悠一の体をすり抜けてしまう。反対側に貫通してバランスを崩して転倒しそうになるのを悠一は手を伸ばして支えようとするがそれも案の定すり抜け、二人してバランスを崩して転倒。
その姿はまるで雪華を悠一が押し倒したような状況になっていた。
「あ、あはは・・・・二人してなにやってるんだろうね。触れないってこんなにつらいものなのか」
「うん、どうせなら人にも触れることができればいいのにね」
「そうだ、ちょっと行きたいところができたんだけどいいかな?」
そういって向かった先は小さな神社だった。
その神社には遊具が併設されており、参拝と遊ぶことができるようになっていた。
「ここにくるのも久しぶりだよね。小学校以来かな?よくこのブランコで遊んだよね」
きゃっきゃとブランコに乗りながらはしゃぐ雪。
一緒になってブランコに乗り漕ぐ。
「本当だよね。ここも変わらないなあ・・・・さすがに夜に来るような場所じゃないよね。ちょっと不気味かも」
「幽霊の私がいるのにこれ以上不気味なことってあるの?」
「いや、ないね」
「だよね~」
いやそうじゃないでしょ・・・・
ブランコから飛び降りて賽銭箱の方に行く。
持ってきていた財布から小銭を取り出して投げ入れる。
願うことはただ一つ。
『もう一回雪に触れたい』
それだけだった。
「何をお願いしたの?」
「ん?それを他人に言ったら叶うものも叶わなくなっちゃうでしょ?さてと、そろそろ帰ろうか?」
「それもそっか!」
ぴょんとブランコから飛び降りて悠一の隣に並ぶ雪。無邪気に笑う雪のその姿に思わず見とれて顔を凝視してしまう
「ん?私の顔になんかついてる?」
「ううん、帰ろうか。そうだ、明日はどこか行きたいところはあるの?」
「んー、そうだなあ。」
帰り道に明日の計画をたてながら、もう一度最愛の人といれる大切な時間を満喫した悠一であった。
「おはようございまーす。時刻は朝の7時でございます。ゆうくんはまだ夢の中でございます」
ニュースキャスターのように実況を始めた雪華。エアマイクを片手に悠一に近づき、にこりと笑う。
「寝顔はなかなかかわいいですなあ・・・・ほっぺをツンツン」
すり抜けてしまうのですり抜けるギリギリの間隔でエアツンツンをする。
そして垂れる髪を耳にかけ、顔を近づける。
「大好きだよ、ゆうくん」
「ん・・・・」
徐々に開かれる目。最悪なタイミングだった。雪華は顔を真っ赤にしてあわあわしだした
「おはよ、雪。どうしたの?顔赤くして」
どうやらまだ寝起きで寝ぼけているらしい。雪華がなにをしたかについては特に追及はしなかった。
「ううん!なんでもない!なんでもないよ!それよりも、いい天気だよ!絶好のデート日和だよ!
早く支度してお出かけしよ?」
「そうだね、今はちょっとの時間も惜しいからね。着替えるから下に行っててもらってもいい?」
「うん!」
「ちょ、あの。まじまじと見ないでもらえますか・・・・着替えるんですけど・・・・?そこにいると着替えられないんですが」
「そ、そうだね!ごめんごめん。じゃあ下で待ってるね」
部屋を出たことを確認してから寝間着を脱ぎ捨てて着替える。
そして寝間着をもって洗面所に行き、寝間着をつっこみ洗濯機を回した。
次にキッチンへ行き朝食の支度をする。食パンが焼きあがるのを待つ間に栄の部屋に向かったが、すでにもぬけの殻であった。
二人分の食事を手にして雪華が待つ居間に向かう。コタツの上に朝食を並べてコタツでゴロゴロしている雪華に声をかけた。
「ご飯できたよ。食べようか、雪。」
「はーい!いただきまーす!ズズッ・・・・ぷは~。なにも味がしないのが残念だよ・・・・」
「これはこれで生殺しなのかな・・・・味覚とかもあればいいのに」
「変なところで気が利かないよね~」
久しぶりの雪華との食事。貴重な恋人との時間。
やっぱり雪といる時間はすごく楽しい。
「うん、ごちそうさまでした!」
手を合わせて頭を下げる
「はい、お粗末さまでした。お皿洗って支度したら出かけようか。もうちょっと待っててね」
「味のしないみかんでも食べて待ってるよ~」
ちゃっちゃと皿洗いを済ませ、身だしなみを整え、居間に戻る。
「それじゃいこっか。」
「うん!でも、いいの?隣町の遊園地なんて。遊園地の中でずっと独り言だよ?」
「あはは・・・・まぁ、いいよ。雪が喜んでくれるなら。」
「あんまり気を使わなくてもいいんだよ?私はゆうくんと一緒に居れればそれでいいんだから」
「雪・・・・。僕はもっと雪との思い出がほしいから遊園地に行きたいかな?」
だってあと明日しかないじゃないか、雪と一緒に居れるのは・・・・
という言葉をぐっと飲みこんで無理やり笑顔を雪華に向けた。
「そっか、じゃあ遊園地いこう!」
今日の予定が決まったので早速家を出て、ちょうど来た隣町行きのバスに乗り込む。
ド田舎なのが幸いしてバスの中は無人で隣同士の座席に座った。
「遊園地なんかいつぶりかなぁ・・・・ゆうくんは行ったことある?隣町の遊園地」
「んー、ないかな。だって僕の両親は小さいころに亡くなっちゃったし、こっちきてばあちゃんと二人きりだったからもっとありえないよ。
それこそこっちに来てから雪としか遊んでないしね」
学校は小中高一貫の1クラスのみの学校で他に友達もいたが、一番初めに仲良くなったのは雪華であり、家が隣ということもあって一番仲良く、二人はいつも一緒にいたのである。
「それもそうだね?ジェットコースターとか乗れるのかなあ?ゆうくん」
「だ、大丈夫だよ。だぶん」
遊園地なんて一度も行ったことないし、ましてやジェットコースターなんて論外だ。
高いところがニガテってわけでもないけどさすがに初めてだと気が引けるものがある。
お化け屋敷なんてもっと無理かもしれない。だって、雪と会ったあの時ですら腰が抜けるほどびっくりしたっていうのに。
「初めはなにに乗ろうかなぁ・・・・」
こっちの悩みなんて全く気にする様子はなく、雪華は遊園地でなにを乗るか楽しそうに決めていた。
バスに揺られて30分ほど。隣町の駅前に到着、そこから乗り換えで遊園地行きのバスに乗り込む。
さらにそこから20分ほどで遊園地に到着した。
受付まで行き、遊園地のチケットを買う。
「えっと、高校生2人でお願いします」
「は?」
受付のお姉さんは何言ってんだこいつみたいな顔をしてこちらを見る。
ハッとして急いで言い直した
「あぁ、すみませんいつもの癖で!高校生一人でお願いします!」
思いついた適当な言い訳を並べてなんとかチケットを購入した。
男子一人で遊園地に行くのもどうかと思うが、それについては受付のお姉さんは触れないでくれた。
触れなくても十分変な人という印象が付いてしまったような気もするが。
「なんか得した気分だけど、無銭ではいると複雑な気持ちになるね・・・・」
「しょうがないよ、僕以外には雪の姿が誰も見えないんだから。そんなことはどうでもいいよ、なにから乗ろうか?」
遊園地のマップとにらめっこしながら雪華に話しかけた。
遊園地の中は休日ではあるが、お盆ということもあり客は多くはなかった。
「じゃあ初めはジェットコースター行ってみよー!!」
雪華が手をつかんで走ろうとしたが、もちろんすり抜けるので仕方なくジェットコースターの待機列に並ぶ。
「あのさ、やっぱやめにしない?僕コーヒーカップ乗りたいなー・・・・なんて」
「もー、ゆうくん。初めからそんなのじゃ遊園地は楽しめないよ?ほらほら、順番来ちゃったよ?どうするの?」
「あーもう、わかったよ!乗ればいいんだろ?乗れば!」
一人で叫ぶ悠一を見て従業員の人がすごい顔をしていたのはまた別の話。
席に着き、安全レバーを下ろされ、徐々に上っていく
「わくわく!」
「がくがくだよ・・・・」
そして頂上に上り、そして急降下
「わあああああああああああああああ!!」
「キャーッ」
断末魔のような叫び声をあげている悠一に対して楽しそうなかわいい声をあげる雪華とは天地の差であった。
数分後、二人を乗せたジェットコースターは終着点に到着した。
ふらふらとジェットコースターから降り、近くのベンチに腰を掛けて深くため息をついた。
「怖かったぁあああああああああ!!」
「あははははは!もう、ゆうくんってば叫びすぎだよぉ!そんなに怖かった?それにあのゆうくんの顔・・・・っぷっあはははははは!」
「ちょ、そんなに笑わなくたって・・・・はははは!」
雪華の笑い声につられて悠一も笑う。周りからどう思われたっていい、『いま』が楽しければ、この大切な時間を精一杯楽しむんだ
「はぁ、お腹痛い・・・・次はなに乗ろうか?」
「そうだねえ、じゃあコーヒーカップにしようか。ゆうくん乗りたいんでしょう?」
「あ、うん乗りたい・・・・かな?」
再び待機列に並び、カップに一人で乗り込む。
「きゃはははっもっと早く早くー!」
「ちょ、さすがに気持ち悪く・・・・」
案の定降りた時にはグロッキー。ベンチに座り込みぐったりしていた。
「次はそろそろあれじゃないかな!?お化け屋敷~!」
指をさしたその先には不気味な雰囲気の屋敷が建っていた。
「ちょっと休ませて・・・・」
「もう、根性ないなあ。こういうときは私がジュース買ってきたりとかした方がいいんだろうけど、宙に浮いちゃうしね・・・・」
「じゃあ僕が買ってくるよ。何がいい?」
「んー、ミルクティーがいいかな。いいの?私もらっちゃって」
「じゃあ人気がないところにいこうか。それならばれないだろうし。」
「あ、ここなんてどうかな?園内に湖があるみたいだよ?そこなら人がいないかもしれないね」
「じゃ、そこにいこうか」
マップを見ると対角の場所に湖がある。そこまで歩いていくと湖にはアヒルボートや手漕ぎボートが船着き場のようなところにあった。
「乗る?」
「んー、いいかな。ここでも十分気持ちいいしね」
木の木陰に腰を下ろして雪華はぐーっと大きく伸びをして空を仰いだ。
そして缶のプルタブを開けて一口飲んだ
「んー、喉の渇きがないからちょっとあれだけど、たぶんおいしいのかな?」
「ほら、雰囲気で。」
悠一もイチゴ牛乳のパックにストローを刺して飲む。
まったりとした雰囲気が流れる
・・・・と思いきやぐぅ~と腹の虫が盛大になる。
隣を見ると顔を真っ赤にしてそっぽをむいている雪華の姿が。
「え、お腹空いたの。僕から鳴ったかと思ったら雪からなのね」
「だって、幽霊でもこれだけ遊べばお腹くらい空くよ!空腹は満たされないけどね!
意識しちゃうとお腹も空くんだね。」
「みたいだね。そこにフードコートがあったからなんか適当に買ってくるよ。ここにいて?」
「了解~」
雪華と別れて近くのフードコートで焼きそばやらたこ焼きやら屋台メニューを買い込んできた。
「おまたせ」
「おかえりなさい~なんだかお祭りの屋台みたいなものばっかりだね」
「持って帰れるようなのはこういうのしかなかったや。さすがにあそこでひとりでに消えていく料理達をお客さんに見せるわけにはいかないよ・・・・」
「で、ですよねー。・・・・でもでも!これでもうれしいよ!ありがとうっ」
次々と紙皿が空になっていく。
「それじゃあ僕もーーーーってあれ」
「ふご?ふがふご!」
「ねえ雪、あんなに買ってきたのに・・・・」
雪華は頬をリスのように膨らませてすべての料理を平らげてしまっていた。
・・・・まぁいっか。雪がおいしそうに食べているならそれで。
「ちょっと休憩したら次のアトラクションにいこうか。・・・・お化け屋敷以外で。」
「そうだね。ふわぁ・・・・」
「眠くなっちゃった?」
「うん」
「本来なら逆だと思うけど・・・・よかったらどうぞ」
パンパンとふとももをたたく。俗にいう膝枕だ
「では失礼して・・・・ん?ちょっと硬いね。イメージと違うや」
「男だから仕方ないよ。おやすみ、雪」
「んっ」
静かに目を閉じてすうすうと寝息をたて始めた。
つややかな髪をなでてやるとくすぐったそうな仕草をする。
「ふわっ・・・・僕もちょっと眠くなってきたかな・・・・」
後ろの木によりかかって目を閉じるとすぐに睡魔がやってきた
「んっ・・・・」
どうやら眠ってしまっていたらしい。あたりは日が沈み始めていた
「やっば!雪、雪!起きて起きて!もう夕方だよ」
まだ膝の上で寝ている雪華をゆすって起こした
「んん~!よく寝たなあ。幽霊がそういうこと言うのもどうかと思うけど。
あれ、もう夕方!?全然アトラクション乗ってないのにぃ!」
「あはは、仕方ないよ。また・・・・ううん、まだ時間があるけどどうする?」
「私ね、最後はあれに乗りたいの」
指をさしたその先にあったのは観覧車だった。
「夢だったんだよね、こうやって恋人と一緒に観覧車に乗るのって。なんかデートって感じがしない?」
「うん・・・・」
綺麗だ、すごく。
夕日に照らされながら微笑む彼女は幽霊とは思えないくらいに・・・・
「あのね、ゆうくん。たぶん私がこの世にいれるのは明日が最後だと思うの。
明日は送り火の日だよね。だから明日はゆうくんとずっと一緒に居たい。ゆうくんの家でずっとーーー」
夢を見た。
目が覚めたら学校の制服に着替えて悠一を起こしに来る雪華の姿がそこにはあって、朝ごはんを一緒に食べて肩を並べて学校に行く。
一緒に授業を受けて、昼休み一緒にご飯を食べてまた授業を受けて。
放課後は隣町に行ってちょっとしたデート。
クレープ屋さんに行ってクレープを買ってお互いのクレープを食べ合って。
家に帰ったら一緒に夕ご飯を食べて、家に帰る。
家に帰ったら寝る時間まで電話をして他愛のない話をして。
そんないつもと変わらない日常の夢を。
「ん・・・・」
枕が少し濡れている。頬を手でこすると涙が伝っていた。
「はは、今日だもんね。お別れ・・・・したくないな。・・・・え?」
自分の手を見ると確かにある『感覚』
「ゆうくん!ゆうくん!起きて!起きてって!!」
ゆさゆさと悠一の体をゆすって必死に起こす。
「ん~?おはよ、雪・・・・え?今、どうやって起こしたの?」
「ゆうくんっ!!」
雪華が悠一に飛びついた。
「ゆうくんゆうくんゆうくんゆうくんっ!!」
「雪・・・・雪!どうして・・・・?なんで!?」
「わかんない。わかんないけど、私・・・・私!!」
そう、奇跡のようなことが起きたのである。
雪華の姿が、霊体ではなく現実味のある、確かに存在している、そこに。
「最後にお願いが叶った・・・・ね?嬉しいよ・・・・こんなにうれしいことはないよ、ゆうくん」
「僕もだ、雪。おとといからずっと思ってたんだ・・・・雪に触れたいって」
「ゆうくん・・・・」
「雪・・・・」
顔が徐々に近づいていき、そしてーーーー
「おーい悠一、起きているのかー?」
「ばあちゃん!!!」
「なんじゃ大きな声を出して。おや、雪ちゃんも一緒だったか。おはようさん」
「え?はい、おはよう栄ばあちゃん。・・・・って、私が見えてるの?」
「何寝ぼけたこと言っておる。あたりまえだろう。ほら、朝ごはんできてるから降りておいで」
「・・・・どうなっているんだ、一体・・・・?」
「んー!やっぱりご飯はおいしいなあ!!栄ばあちゃんおかわり!」
「いつもいっぱい食べるねえ。なのになんでそんな体形なのかね」
「ほんとだよ、うらやましい・・・・」
一体何が起こっているんだ?確かに今日は送り火の日。カレンダーを見ても間違えはないし、トンネル崩落事故がなくなったわけでもない。
でも生前のような姿をしてそこに雪がいる。触れられもするし、他人からも認識されているし、ご飯も食べれる。
本当に『奇跡』と呼ぶにふさわしいものが目の前で起きている。
「ごちそうさま。ちょっと気分が悪いから部屋に戻ってるよ」
「もういいのかい?悠一。」
「じゃあゆうくんの分も食べちゃおー」
部屋で待っていると雪華が満足気な表情をしてやってきた
「最後の日にまさかご飯も食べれて栄ばあちゃんとも話せるなんて!」
「一回家に帰ったほうがいいんじゃない?雪。おじさんもおばさんも会いたいじゃないかな。」
「んー、それはやめようかな。栄ばあちゃんのあの感じでいくと私はもともとこの世界に実在していた状態で・・・・今日まで生きてたことになってるのかもしれないの。
だから今お母さんとお父さんに会ってもいつも通りの反応しかしてくれないと思うし、それが嫌だってわけじゃないけど。・・・・やっぱり寂しくなるし、やめておくよ」
「そっか。じゃあ今日はゆっくりしようか?雪。」
「うん」
ベットに二人で膝を抱えて座り、悠一の隣に雪華が座る。肩に雪華が頭を乗せる。
「ちゅっ」
そのまま唇を重ね、しばらくしてから離す。
「雪・・・・」
「ゆうくん・・・・いいよ、きて」
夕焼け空の下を二人で手をつないで歩く。
目的もなく、最後の時をかみしめるように、ゆっくり、ゆっくりと。
そして足は自然に二人が出会った場所に向かっていた。
木々が生い茂り、やはりすこし暗く、不気味だが、夕日がとてもきれいにみえるこの場所。
彼女が数歩前を歩き、くるりとこちらに振り向く。
「・・・・お別れ、だね」
「うん」
「本当に楽しかった。この3日間。最後にはみんなにも私が見えて、ご飯も食べれた。」
「うん」
「遊園地にも行けたし、またゆうくんにも触れられた」
「うん・・・・」
「言いたいこともやりたいこともいっぱいある。もっともっとゆうくんと居たい。もっともっとゆうくんと思い出を作りたい」
「・・・・嫌だ・・・・嫌だよぉ・・・・別れたく・・・・ないよぉっ」
目からは大粒の涙が零れ落ち、声を上げて泣く。
悠一にはそれを止めることはできない。ただ見ているだけしかできなかった。
「僕だって別れたくない、離れたくない・・・・!」
悠一も大粒の涙を流しながら叫ぶ。
しかし、時間は待ってはくれない。
徐々に存在が薄くなっていく。天に光の粒子のようなものが昇っていく
「ごめんね、僕だけ生きていてごめんっ・・・・!」
「そんなこと言わないで!言わないでよ・・・・生きてよ!!私の分まで!
まだゆうくんには生きててほしい・・・・笑っていてほしい」
「笑えるわけないじゃないか!!雪がいない、父さんも母さんもいない!ここから先生きててもいいことなんて・・・・!」
「そんなことない!そんなことないよ!ゆうくんならきっと・・・・きっと・・・・!」
光の粒子が徐々に大きくなっていき、ついにその時が訪れようとしていた。
「雪・・・・!雪っ!!今までありがとう!がんばるから、僕、がんばって雪の分も生きてみせるから!
だから・・・・だから!!」
「うん、・・・・うん!さようならだね、ゆうくん」
伸ばした手は届かず、雪華を包んでいた光と粒子は空高く昇って行った・・・・
「あ・・・・あぁ・・・・うわあああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!
雪・・・・雪っ!!こんなのって・・・・こんなのってぇ!!」
膝から崩れ落ちる。拳には大粒の涙がぽつりぽつりと零れ落ちる。
ザァッーーーー
その時、強風が吹き荒れた。
その強風に乗せ、
「泣かないでーーーー笑って」
「ゆ・・・・き?」
確かに聞こえた。風に乗って『泣かないで、笑って』と。
「そう、だよね。うん、泣いてちゃ・・・・だめだよね。前を・・・・向くんだ。僕は・・・・!」
涙を拭き取り、立ち上がる。
そして帰るべき場所へと足を向け、歩き出す。
そうすればいつかきっと、また雪にあえるような気がしたからーーー
君がいた冬、君といた夏(短編) 沙羅夏津 @miruhimoe0428
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