第2話
半ば手探りで枕元の魔法灯を点けると、その光が脇に置いた懐中時計を照らした。出勤にはまだまだ時間がある。
さっきの夢に反応してしまった体の一部を鎮めるには充分な時間だ。ローラ、君は僕をすっかり変えてしまったが、こんなところは以前のままだ。ローラを思い描きながら手を動かすことだけに没頭し、やがて快楽の波が去るとローラがここにいないことを思い知る。寝床にいても仕方ないので起きた。
身仕度を始める前に、体のあちこちにできた傷の具合を確かめる。幸い目立つ傷はどこにもなくなっていた。ふだんは眠る必要のない身体だが、傷を負ったときや消耗したときは眠ったほうが回復が早いのだ。
唯一の例外は、鏡に映る、左目のない僕の顔。それがあった場所の肉色のくぼみ。こうなる前のことは覚えていない。これとはずっと付き合ってゆくしかない。ローラが僕にくれたと思えば悪くない。髪の色に近い黒の眼帯をつけ、その眼帯も前髪で隠す。
同じ黒髪に白い肌でも、ローラのと僕のでは艶やかさに格段の違いがある。僕はローラの影だ。
ふと、もしかして僕は思ったよりずっと長く眠っていたのではないか? とヒヤリとしたが、広場のほうから朝の定期市の声が聞こえるのを頼りに、日付けの感覚はズレていないらしいと分かった。
ここは東都の魔窟と呼ばれる「穿月塔」地下1階の片隅。ローラが今この穿月塔のどこかにいることだけは確かだ。だから仮の住処と職場を同じ塔のなかに得られたことは有難い。とはいえ、この塔はひとつの街、いや国ほども巨大で複雑だ。
こんな言い伝えがあるそうだ。
乱世の時代、ある王のお抱えの殺し屋は外国にいる標的を次の月に殺した。国内にいる標的は月の変わらぬうちに殺した。しかし国内でも穿月塔だけはべつで、そこに匿われていた標的に翌年に殺された。
職場での僕の仕事は、幸いさほど難しくない。いつかローラを巡る争いに身を投じるのを覚悟しているが、その時まで穏やかに暮らせそうだ。
ただし、ローラ探しの一応の協力者で僕に住処と職をくれた「恩人」、ラケル・ジュゼット氏の私用に狩り出されなければ。
……昨日は、ひどかったなあ。あの話にハイと答えたとき、僕も頭に血が上っていたのだ……。
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