第11話  燃えさかる木

村の中心から火柱が上がる・・・


レオンは一刻も早く屋敷に帰りたかったが、村長の息子として見過ごす事が出来なかった。


走る足をそちらの方向に帰る。


赤く照らされ、火の粉が舞う広場には、村人が集まって来ていた。


「なんてことだ・・・!」

レオンは茫然とする。


恐ろしいほどの勢いで燃えていたのは、


人魚の木


だった。




「人魚の木が燃えてしまう!」

「我々の木が・・・命の木が!」

「早く火を消せ!早く!」


あちこちから村人の怒号が飛び交う。

年寄りは地面に突っ伏して泣いている者もいた。


「みなさん!下がって下さい!火の粉が散ります!」

レオンは男たちを集めて一番近くの井戸に水を汲みに行く。


しかしどんなに水をかけても、人魚の木は竜巻のように炎を上げて燃えさかる。


「もうダメか・・・」


「この木がなくなったら、この村の人間はおしまいじゃ!」

1人の老婆が、燃えている人魚の木に飛び込もうとするのをレオンは必死に取り押さえた。


「終わりじゃない!終わりになんかさせない!」


その時レオンが思い浮かべていたのは、アスカの顔だった。


そしてあることに気付く。


「中央の騎士団は?どこだ?」


こんな時、騎士たちなら手を貸すはずだし、少なくとも様子を見に来るだろう。


しかし青い騎士たちは一人もいなかった。


「まさか・・・」


もう全てが終わってしまったかのように、騎士たちはいなくなっていた。




一方アスカは、外の見えない、窓のない馬車に乗せられている。


ジェイドに連れられ、すぐに放り込まれてどこかに移動させられていた。


(これからボクはどこに連れて行かれるんだろう・・・どうなるんだろう・・・)

人魚の木が燃えてしまったことを知らないアスカ。

ただ、闇しか見えない行く末を案じている。


揺れる馬車の動きに合わせて、一段と大きくなっている乳房が揺れる。

慣れていないのでひどく痛かった。


何もなくなってしまったアスカ・・・兄がかけてくれたマントだけが、唯一の持ち物。


「ボクには何もないんだ・・・家族も親友も・・・夢も・・・

ただ一つあるとしたら、絶望だけだ・・・。」


大声を上げて泣きたかったが、それすらできない。


(でも、ボクは父さんを・・・家族を救う事が出来たんだ。あんな大金があれば、父さんをお医者様に診てもらっても、一生贅沢が出来るはず。継母さんもきっと面倒を見てくれる。ドゥーガ兄さんが約束してくれたし・・・。)


アスカの中に残る微かな喜びだった。



数時間が立ち、辺りに虫の音が響いてきた。

この馬車には窓がないので外の様子は分からなかったが、湿った草の匂い、小川の音。


人魚の村からなら、かなり山奥まで来たことが分る。

アスカは2年ほど前、レオンと数人の大人たちと山に遊びに来たことがあった。


遊びと言っても3日かけて山道を往復する行程で、当時10歳のアスカにはきつかったが、冒険みたいで楽しかった。

もちろんレオンが一緒だったのが一番の理由だ。


草を摘み、木の枝を振り回し、キノコや木の実を取ったり、虫を捕まえたり、男の子にとっては夢のような日々だった。


その時最後にたどり着いたのが、大きな川。

浅瀬で泳いでおぼれそうになったのは意外にもレオンだった。



「降りろ」


暗闇の空間の扉が開いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る