難聴主人公に思いを届ける方法
ちびまるフォイ
みんなに聞こえるような声で
「私……結城くんのことが好き!」
以前から気になっていた男子を体育館の天井に呼び出して告白した。
おそらく人生でもっとも勇気を振り絞った瞬間だと思う。
そして、答えは。
「え? なんだって?」
「え?」
「ん?」
もうすでに恥ずかしさのダムは決壊したので、
今度はもっと聞こえるように大きな声で言った。
「ずっと結城君のことが好きだったの!」
「ん? 今なにかいったか?」
「私の気持ちに気づいて!」
「おもちは好きだぞ」
女子の限界肺活量を費やしたところで、諦めた。
「はぁ……はぁ……ちょっと待って、聞こえてるよね?」
「なにが?」
「今、話してることは聞こえる?」
「ああ、わかる」
「あなたのことが好き」
「え? なんだって?」
「なんでここだけ聞こえないの!? バカなの!?
口の動きでだいたいわかるじゃない!」
「ごめん、別のこと考えてたから」
「あ・な・た・が・す・き!!」
伯方の塩のリズムにのせて叫ぶように言ったが、
どこからか通りかかった爆音トラックの走行音にかきけされてしまった。
「さっきから何言ってんだ?」
「あーーもうっ!!」
残りわずかな歯磨き粉を絞り出すように勇気を振り絞ったのに、
その告白がすべて不発に終わるのは消化不良すぎて我慢できない。
結城くんを耳鼻科の病院に連れて行った。
「これは……若年性突発難聴ですね」
「なんかすごそうな名前……」
「髪が黒色で、机で頬杖をつくのが好きで、友達が少なくて、
口癖が「まぁ」で、恋愛に興味のないスタイルをとる男子に発症する病気です」
医者はパンフレットを渡した。
「あの、先生。具体的な症状は?」
「聞こえたり聞こえなかったりするので、周りがめっちゃイライラします」
「……なるほど。それは確かに……」
「でも、その年齢で聞こえづらいのはなにかと大変でしょう。
うちの病院で作っている補聴器をどうぞ」
私は結城くんにヘッドホンサイズの補聴器を取り付けた。
ここまで仰々しい補聴器なんだから聞こえないことはないはず。
「どう? 結城くん?」
「すげーよく聞こえる。先生の心拍数まで聞こえるもん」
補聴器の調子は上々。
さっそく再度勇気を振り絞る。
「それでね、結城くん。私、あなたのことが好き」
「え? なんだって?」
「またかーー!!!!」
結城くんの補聴器を取り上げて地面に叩きつけた。
「なんで!? なんで聞こえないの!? 嘘でしょ!?」
「これは……精神的なものも影響していますね」
先生は難しそうな顔で答えた。
「人間、見たくないものや聞きたくない情報は
無意識のうちにシャットアウト心理があるんですよ」
「そういえば私も好きなアニメの情報調べるときに
『○○のアニメ クソ』とかわざわざ悪い情報は調べないですけど……」
「彼の場合、それが体にも影響を及ぼしているんです。
男女交際といった具体的な関係に発展するのを恐れているんです」
「それじゃ、結城くんは私のことが嫌いなんですか!?」
「いえ、嫌いというのではなく、誰かの彼氏になるよりも
たくさんの女性から告白されるような環境を長続きさせたいのだと思います。
付き合ってしまうと、その環境が壊れてしまいますから」
「えぇ……そんな……手話とか、手紙とかで伝えるのはダメなんですか?」
「同じことですよ。彼は外界から入る都合の悪い情報は受け取りません。
仮に手紙をもらったとしても、無意識に捨てるか、誤解して脳内でごまかします」
それを聞いたとたんに、がっくりとその場に崩れ落ちた。
ここまで勇気を振り絞ったのに、それが伝わることがないなんて。完全に告白損。
「ただ、方法はありますよ」
「本当ですか!? 教えてください!!」
「先ほど言ったように、外界からの情報はすべて拒絶されます。
だから内部から彼に伝えればいいんです」
「えっ……?」
「はい、これ説明書と注意書きね」
鞄に注意書きを入れて、説明書を頭に叩き込む。
病院にある機材と先生のレクチャーを受けて、いざ実践。
"聞こえますか……"
「ん?」
はじめて結城くんが反応した。
声の主を探すようにあたりをきょろきょろと見回している。
"今、あなたの心の中に直接話しかけています……"
「だ、誰だ!? どうして俺の心に!?」
"私は〇△高校で同じクラスの、子鳥沢陽菜。
これからあなたに伝えることがあります"
ふたたび勇気を振り絞った。
"あなたのことが好きです"
「お、俺のことが!?」
ついに届いた。
今まで聞き返すだけだった結城くんがついに反応してくれた。
結果はどうあれそのことがとにかくうれしかった。
"答えは急いでいません……。明日の朝、学校に来た時に教えてください"
私は心に語りかけるのを終えた。
その日は明日の答えが気になって全然眠れなかった。
翌日、学校に行くと私の机の前には男子の人垣ができていた。
「陽菜ちゃん、俺のこと好きなんでしょ!?」
「僕のことが好きなんだよね?! 昨日語り掛けてくれたよね!?」
「オレもお前のこと前から気になってたんだよ!!」
鞄に入れたままの注意書きを開いた。
【注意】
心の声に語りかけると、全人類の心に届きます。
難聴主人公に思いを届ける方法 ちびまるフォイ @firestorage
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます