召喚術士と図書館の魔女 【走れ!エランダーズ(Run Erranders run!)〜Adobe adolescence〜】
バーレイ・アレクシア
バーレイ・アレクシアには兄弟がいない。
しかし彼は両親の他に六人の祖父母と六人の伯父(叔父)と五人の伯母(叔母)と十六人のいとこたちと暮らしている。
稀に見る大家族である。
そして、この大家族が海運交易の要衝であるバルトリア半島の経済に与える影響は計り知れない。
同居する大家族は三つの姓に別れていた。
バーレイ・アレクシアと言う個人を語るには、複雑な構成を有するこの大家族は如何なる遍歴を得て、大家族と成り得たのかを知る必要がある。
バルトリア半島
今一つが、最も古く半島に入植し土着の民と手を結んだエバーオール家であり、半島でも一、二を争う大商家になっている。
最後にアレクシア家は海路を通じて一番古く入植した一族になる。エバーオールと一、二を争っていた商家だ。
この三家はそれぞれが独自の道を歩んでいたが、近年その関係性に変化が現れたのだ。アレクシア家が意図してかは不明だが、チャズナ家、エバーオール家と婚姻関係を結んだのだ。
チャズナの一人娘ユールがバーレイ・アレクシアの父親の弟ブラウと婚姻したため、アレクシアとチャズナは縁戚となる。
エバーオールの古老であるサンダーには子が四人あり、末の娘がアレクシアの古老セイオンの息子の一人に嫁ぐ。
これが、バーレイ・アレクシアの両親である。
このチャズナ、アレクシア、エバーオールの三家を結ぶ婚姻は、三つの家に新たな道を提示したのである。すなわち、利害の一致、土地に対する愛情から三家はひとつ屋根の下に同居することを選んだのだ。
新たな大家族はその商売の規模を大きく拡げる事とになる。一、二を争っていた商家同士が一つの家族となったのだから当然である。そこに、半島に古くから根を張る一族の血が混じるのであれば、他の商家では太刀打ちすることは難しい。
バーレイ・アレクシアは、まだ小間使いや下働きをしながら商売のイロハを覚えているところだが、年上の男の従兄弟たちは大人に混ざって将来を見据えた話をしている。
彼らは商売を受け継いで家を支えていく気持ちを当たり前のように自然に持っているようだった。
自分もそのうち加わるようになるのだろうと、バーレイ・アレクシアは漠然と考えていた。
いつも通り庭に住む豚の第一声でぱちりとバーレイ・アレクシアは目を覚ました。
階下に降りていっても特にすることはない。祖父たちは庭での寒風摩擦を終えて家畜をからかい、祖母たちは花の手入れをしている。回収された卵はすでに母親たちの手に渡って厨房は慌ただしい。
バーレイ・アレクシアはいつもどおり祖父母の邪魔をしないよう、庭先に立って本日の空模様を読んだ。
「……今日はくもりかな」
季節と違う風向きと、しけた空気にそう断じる。
「晴れるに決まっとろー」
「風が戻って雲が消えるからのう」
「気温は上がらんがな」
三人の祖父たちはふぉふぉと笑って、家の中に戻って行った。
バールは残念そうに重く雲が垂れ込める海の上の空を眺める。
偶には自分の予測が当たってくれればと思わぬでもないが、未だに祖父たちの経験には及ばない。
そうこうしているうちに男たちが起きてきて、それぞれの家長が主だった者を連れて仕事場に向かっていく。
子供たちも次々と起き出し、思い思いに過ごし始める。急に朝がにぎやかに活気を孕んでいく。
祖父の言った通りに風向きが変わり、湿った空気を払っていった。風にさらわれる砂漠色の髪を明るく照らし雲間から日が差し込んでくる。
くすんだ水色の双眸を細めてバーレイ・アレクシアは輝き出す港町に背を向けた。
暫し後に、厨房からバール! と彼を呼ぶ声が聞こえた。
バーレイ・アレクシアは家族からは愛情をこめてバールと呼ばれている。
年下の子らの様に無軌道に遊びまわらず、年上の子らの様にまだ欠伸を噛みしめている訳でもない、バールにお呼びが掛かるのは常だった。バールは嫌な顔ひとつせずにいそいそと厨房に顔を出した。
いつもの様に慌ただしい食事の前準備も無事に終わり、賑やかしい朝食も終わろうかと言う頃合いに、バールは口を開く。漠然とした思いとは違う、ある種の希望を、家族に伝えるためにはっきりした声音で話し出した。
「あのさぁ」
食事をあらかた終えてくつろいでいた家族たちがバールに注目する。
「みんなの前なんだから、丁寧に喋ってちょうだい」
離れた席にいる母の言葉に居住まいを正す。
バールは立ち上がって全員を見渡した。
「あのね、おれ、冒険者になろうと思うんだ」
はじめて家族に打ち明ける告白だった。
バールはみんなの様子を伺う。
いつからどうしてそう思っていたのかを伝える前に、耳を傾けてもらえる望みがあるかを確かめたかった。
家族の大半がバールの言葉に続きがあるのか様子を見ていた中で、真っ先に反応したのは男たちだ。
「いいんじゃないか。世界を旅するんだろう?」
アレクシアの伯父に続いてあちこちから声が上がった。
「ああ、おれも大陸の反対側とか行ってみたい!」
「見識は多いに越したことはないよ。ぼくらも助かる」
(ん? ……助かる?)
そこへ女たちが加わってきた。
「体力が必要よね、武器を使うことになるかもしれないわよ」
「言葉を覚える方が先じゃない? どんな相手と交渉することになるかわからないんだから」
(武器を使うかもとか、交渉とか……)
やたら堅実的な旅の話が続く。だが、これがこの大家族の認識なのだ。地に足がついた話で無くば商売など出来まい。
「まあ、でも、夢があるっていいことだわ」
遠くで母親がざっくり話をまとめたその横で、バールの祖父が目をしょぼつかせながら話しかけてきた。
「冒険っつうのは楽しいのか、バール」
「あ、ええ。いや、どうかな。みんなが話してるよりもっと危険と隣り合わせだと思うよ」
そう言った途端、エバーオールの伯父から鋭い声が飛んできた。
「お前、ちゃんと鍛錬してるのか?」
(あんまり、何も……)
バールは目をそらした。
「やだもう“竜の巣穴に卵をとりに行く”ようなこと言わないでよー」
笑い上戸の伯母が声を立てて笑う。命知らずな豪胆さを表す慣用句に食卓は笑いに包まれた。
「面白いわねバールは」
「勇者になりたいなら、私たち応援するわよ」
「わしも昔は怖い目にあったな……」
遠い日の記憶を思い起こすように祖父の一人が虚空を見つめた。サンダー老が語り出した若かりし冒険譚は軽く一大叙事詩の迫力がある。
バールはゆっくり席につくと、小さな従兄弟たちの残飯を処理しながら、祖父が体験した不思議な話に耳を傾けた。
それから二年の月日が経ったある朝、大家族の家の玄関に置き手紙が残されていた。
『 冒険者になることにしました
探さないでください
後のことは頼みます
みんな元気で バーレイ 』
十五歳になったバーレイ・アレクシアは、嘗て家族に語った夢を叶えるために王都を目指したのだ。或いは密やかな野望を叶えるために。
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