明日、春が来たら。
いりやはるか
chapter 1
持ち上げたビールのコップに、花びらが一枚ふわりと落ちた。
「あ」
「どうしたの?」
ホリちゃんがすでに大分酔いの回った声で問う。
「いや、花びらがコップに」
と言うが、すでに彼女の目は半分閉じかかっていて、こちらの話を聞く余裕は無いように見える。
レジャーシートの上には早朝の烏ですらもう少しましな漁り方をするのではないかと思うほど、つつき回された惣菜の成れの果てが広がっている。ビデオを回すのに忙しく食べる機会を失っていた僕がようやくカメラを置いた頃には、行きのデパ地下で買ったほとんどの食品は残飯と化していた。
先ほどからイシダとウミノは僕の詳しくない海外のサッカー選手について熱っぽく語っていたし、ワカシマはいつもながらの自由さで「ちょっと向こうの方が綺麗だから見に行ってくる」とどこかへ出て行ってしまった。僕らの、いつもの光景だ。
見上げると桜が燃え上がるように左右から押し寄せており、僕はその迫力に遠近感を失って軽いめまいを覚えた。 周囲では僕らと同じようなグループや家族連れが思い思いの時間を過ごしている。遠くからはカラオケの機材を持ち込んだのか、輪郭のぼやけた演歌の伴奏と、それに負けない個性的な節回しの初老の男性の声が低く聞こえてくる。
風が吹くたびに花びらが目の前を横切って行く。
僕はもう少しだけこの時間が続いてくれるといいなと思いながら、花びらの入ったままのコップを口に運んだ。
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