URASHIMA ーNew Translationー
チョイス
第1話 希望の都市へ
むかし、むかし、あるところに。
そんな書き出しで始まるおとぎ話が日本にはたくさんあるらしいが、自分がまさかそのひとつに登場して、しかも主人公になるだなんて思いもしなかったよ。
俺の話をすべて信じてくれるか? いや、信じなくてもいい。自分でも信じられないんだから。俺は変な病気にでもなっちまったのかと思ったよ。まぁ見た目がこんなに老けちまってるんだからある種病気みたいなもんだけどな。
とびっきりの体験だったけど、もうあの場所には戻りたくない。二度とごめんだね。
―雑誌『Field Of Science』インタビューにて、スコット・オンドルセク
あの日、酒を呑みすぎた俺は、バーのマスターに突っかかっていた。半年探し続けてようやく得たプログラマの仕事を3ヶ月でクビになったからだ。いや、クビは正確な表現ではない。俺の所属していた部署のメンバーが機密漏洩して事業部ごと吹き飛んでしまった。20年務めている部長は無事に社内面接で別の部署へ異動、何のコネクションも持たない俺はバーの上客に戻らざるを得なかった。
マスターは慰めながらも怒りを隠せないようで、閉店の2時間前に俺をつまみ出した。金を請求されなかったあたり、あのマスターの優しさが身に染みた。
さて、どこかで飲み直そうか、それともおとなしく家に戻るか、と考えていたところ急な吐き気が俺を襲った。我慢できず裏路地でさっき食べたピザとカシューナッツをすべて吐き出した。
そのままその場に崩れ、ケツをゲロに浸した。まったくついていない日だ。また元の警備員のアルバイトに戻って、望んでいるデスクワークを得られるまで堪え忍ぶ日々か。もううんざりだ。神は俺を見捨てた。いや、生まれてこのかた救われたことなんかない。神はいなかった。少なくとも俺の世界には存在しなかったんだ。
泣きべそをかいて座り込んでいると黒い塊が視界に飛び込んできた。岩石のような大きな物体。座り込んでいる俺の後ろに滑り込んで震えている。
男だ。大きなガタイの黒人だ。俺はその丸い背中を軽く叩いてみた。
「help」
男は顔を上げて一言、そう言った。左の頬は腫れ上がり、両方の鼻の穴から血が流れている。目からは涙が溢れていた。
俺はポケットを探ってタバコを2本取り出すと1本を男にくわえさせ、火をつけた。もう1本をくわえて火をつけると俺は裏路地を出た。
まもなく2人の白人が角を曲がってこちらに駆け寄ってきた。
「おい、黒くてでかい男を見なかったか?」
「鼻血出してるやつならそっちに走ってったよ。サー、タバコを1本くれないか?」
白人の2人は俺に感謝の言葉を述べて、タバコを1箱投げるとすぐさま走り出した。そんなにみすぼらしく見えるかと少し悲しい気持ちになった。
「行ったぞ」
巨躯を目一杯縮こませてタバコを吸う男に報告する。男は紙が水に濡れるようにふにゃふにゃと体を力なく緩ませた。
「ありがとう」
彼が追われている理由を俺は訊かなかった。相手が話そうとするまでは聞かないほうがいいこともある。
「お礼は必ずするよ、ありがとう」
男は俺の手を握って涙を流している。
「家はどこだ? 行くあてはあるのか?」
ある、と男は答えた。
「そうだ、あんたも一緒に来てくれ、ボスに会わせたい」
男はくりくりとした大きな瞳で俺を捉えた。
「なんだ? オフィスにでも戻るのか?」
「あ、いや、家と仕事場が近い、というかとりあえず来てくれ、頼むよ」
「なんか面倒なことに巻き込まれそうだな、遠慮しとくよ」
「本当に頼むよ、あんたが望むならわりのいい仕事だって紹介するよ」
「ほんとか?」
おそらく酒のせいだろう。いつもならけんもほろろに追い返すような怪しい儲け話だが、その時の俺は簡単に男の話に乗ってしまった。仕事という言葉に飢えていたのかもしれない。
「少し歩くよ、海岸まで」
男はボロボロの見た目に反して軽やかに歩き始めた。とても機嫌が良さそうだった。
「俺はスコット、名前は?」
「ちゃんとした名前もあるんだけど、ノロマだからみんなにはタートルって呼ばれてる」
「タートル? いい名前じゃないか、大切にしろよ、タートル」
タートルと呼ばれる黒人は照れくさそうに笑った。時折見せる子供のようなあどけなさが彼の人柄の良さを証明している。
30分ほど歩くと、潮風が体を通り抜けた。真夏だというのに夜の海は肌寒さを感じさせた。
男2人が浜辺で黒い海を眺めている。滑稽だなと思わず笑ってしまったが、タートルは表情を変えず真剣な眼差しでしっかりと海を見据えた。
「行くよ」
タートルは一言告げると砂浜に右手をついた。右手から青白い光が光線となっていくつも伸びていき、海へと入っていった。
すると、地割れが起きるほどの振動が俺の足元をすくった。思わず屈みこもうとした瞬間、目の前の砂浜から巨大な円柱が飛び出してきたのだ。
「お前、手品師か?」
「これからもっと凄いものが見られるよ」
円柱はいかにも頑丈そうな鋼鉄で作られており、正面にスリットがある。タートルが手をかざすとスリットが左右に割れた。どうやらこれは扉のようだ。
タートルと俺は円柱の中に入り、扉が閉まった。ふっ、と円柱が落ちる感覚がした。
「これはどこに繋がってるんだ?」
タートルは笑って答えた。
「ようこそ、希望の都市、エスペランサへ」
URASHIMA ーNew Translationー チョイス @choice0316
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