第4話 ステータスプレート。

あれから静かになるまで約1時間を要した。

もしこれが嫌味ったらしい先生ならきっと、「はい、静かになるまで1時間かかりました」と口にするだろう。

しかし我らの担任教師は時々、静かに〜とやる気のなさそうに口を挟むのみで、あとは室木に無言に圧力をかけてクラスをまとめさせていた。

なんてこった。


1時間もすれば沈みかけの太陽など既に地平線と並ぶように落ちていき、空は青からオレンジへと変貌を遂げている。


「よしじゃぁ、まずは明かりを確保するために薪を集めに行く。取り敢えず4、5人の班を作ってくれ。作ったら森に入らないように手前までのとこで良いから、乾いた枝を集めに行こう」

少し疲れた様子の室木が、テキパキと指示を出す。

他の生徒も不安以上に今までに騒いだ分で疲労が溜まっているのか、静かに言う事を聞いて近くの人に声をかけ始めた。


やばい、班を作らなきゃ行けないのか?

待ってくれ、僕には友達がいないのに。


思わず抗議の声を上げようとしたが、それをしたらボッチ宣言する真性ボッチに成り下がってしまう。


どうすれば。


「では兄さん、組みましょう」

後ろから腕の袖を引っ張られるようにして後ろに振り向くと、そこには天使、いや阿澄がいた。


そうだ、忘れてた。

ここには頼れる妹がいたじゃないか。


「…そうだね、じゃあ、後はどうしようか」

そうは言っても2人でペアは流石におかしい。

僕はクラスに知り合いはいないし、阿澄に限っては知り合い以前に入学したての1年だ。

それに、阿澄は僕に似て無表情で口数が少ないから、自分から話しかけずらい。

せめて近くの人に声をかけようにも、既にグループが出来かけている。


「あ、あのぉ、うちと組みまへんか?」

独特のイントネーションをした女の子の声が、控えめに聞こえてきた。

振り向いた先には少し恥ずかしそうに視線をずらしている土御門さんがいた。

正直意外だ。

土御門さんは他の仲のいい人も確か何人かいたはずだし、既にその子達の班に入っていると思っていたけど。


「も、もちろんいいよ」

「よろしくお願いします。妹の阿澄です」

僕としては嫌われてるんじゃないかとすこしドキドキしてしまうが、もしかして嫌われていないのか。

阿澄は淡々と自己紹介をし、綺麗に頭を下げる。


「知ってるよ。よううちのクラスにきてはったもんね」

土御門さんはゆっくりとした京都独特のイントネーションで妹の阿澄に優しく話しかけ、すこし首をかしげて微笑んだ。

肩までの綺麗な黒髪がサッと揺れる。

京都人は優雅な人が多いって言うが、その通りなのかもしれない。


「あ、いたいた。清宮兄妹。私も班に入れてくれ」

何とか土御門さんが妹の阿澄と馴染んできた時、表堂先生が手を上げながらこちらに近づいていた。

相変わらず胸元が開いた緑のジャージ姿で、歩くたびに揺れる胸が隠せてないけどいいのだろうか。


どうやら先生は、案の定サボろうとしたところ生徒に若干軽蔑に似た視線を向けられて、流石に動くことにしたらしい。


「…先生」

「あ、あはは、まぁいいだろう。私もか弱い女だ。ちょっと腰が抜けて座ってただけじゃないか」

言い訳するように口笛を吹いて明後日の方向を眺める。

か弱いと言っても、先生は普通の女性にしては鍛えられていると思う。ジャージの上から綺麗な足の線が見えるし、それに腕を捲った時に弛んだ肉が見えなかったのも覚えている。

多分この人ジムとか通ってるんじゃないだろうか。


「それじゃあ、いきますか。僕達で最後みたいですし」

周りを見渡すと、既にほとんどの班が綺麗にばらけて森の淵で枝拾いを始めている。

これ以上時間を潰して変な目で見られるのも嫌なので開いているスペースに向かって歩き出すことにした。


森の淵には思った以上に木の枝が転がっている。

異世界と言えど、木の枝はそこまで変わっていないんだな。

もしこれで変な枝とかで火の燃料に使えないんじゃ、マズかったからね。

本当は日本では松ぼっくりは焚き火には最適な燃料になるんだけど、流石にここに松の木なんてあるはずもない。


「それにしても意外だな、清宮。喋るのが苦手な奴かと思ってたが、意外と会話になるんだな」

「…会話が苦手なわけじゃありません、ただ友達がいなかったので喋る機会がなかっただけです」

隣で枝を拾っていた表堂先生の直球な質問が僕の心にクリティカルヒットしたが、詰まりながらも正直に答える。


「…ふむ、友達付き合いが苦手そうにも思えないが、何か理由でもあるのか?」

動かしていた手を止めて、全身を見るように頭を動かしてこちらを見つめてくる。


「…話しかけても何故か、相手の視線がブレるんですよ、それになんか僕と話すのがキツイのか会話がたどたどしいし」

先生に聞かれたこともあって、僕はつい相談してしまう。

手を止めないで先生の方向を向かないようにしながら枝を拾う。


「…それはお前、まさか気がついていないのか?」

「え、何がですか?」

変な返答についてを止めて表堂先生の顔に目を向けると、先生は何か呆れたような表情をして口をぽかーんと開けていた。

正直に話したのにその表情を見たら、すこしイラってくる。


「…まぁ、これも青春か。あれだ、お前は表情が硬い上に目つきが鋭いからな、少しは笑顔でいろよ」

それだけ行って表堂先生は持っていた枝を置きに広場中央へ歩いて行く。

綺麗な黒髪が歩くたびに揺れて、あの性格なのにしっかり髪の手入れはしてるんだな、と唐突に思った。



いやそれより、つまりは顔が怖くて今まで友達ができなかったって言うことだろうか?

いや、そこまで顔は怖くないはずだ。

参拝しに来てくれる近所のおじいちゃんおばあちゃんは、いつも僕を見かけてイイ男だねぇって言ってくれるし。

多分愛想は悪くないとは思うんだけどなぁ。


僕は首を傾げつつも、腕がいっぱいになるまで乾いた枝を拾い続けた。






◇◆◇◆◇◆◇◆

薪集めを終えた僕たちは、広場の中央で焚き火を中心にして円のように座っている。

運良くライターを持っていた生徒のお陰で火をつけることができたが、見た目が不良の男のためか使っていた理由が大体察しがつく。


それより今更だが、僕のクラスは先生と阿澄を入れて31人いるから円が大きくなり焚き火までの距離が遠い。


「じゃぁこれからの予定を決めよう。元いたところに帰るにしても、先ずはこの島を把握する事、そして食料、住居の確保が優先だと思うんだ」

不安にさせないためか少しいつもより声のトーンを上げて話し始めた室木に、僕達は頷いて返す。

本当にリーダーしてるなぁ。


「あのネコも言ってたけど、サバイバルなんてした事ない僕達が生き残るにはステータスが大事だと思うんだ。だからここで情報を共有して起きたい」

「そうね、みんなの力を知っていた方が便利よね」

室木に返事するように声をあげたのは、彼の隣に座っていた女子久礼野芽衣くれのめいさんだ。

この人は僕でも知っているほどの有名人である。

少し茶色を帯びた綺麗なロングヘアに純真無垢なまま子供から成長したような綺麗な表情。そして、意志の強そうなぱっちりな瞳。身長も165前後と高く、それに付随するようにすらっとした長い足。

その美貌もあってか一年の時はかなり噂を聞いた。


土御門さんもかなりの美しさを持っているが、2人の性質の違いも相まってか二大美女と言われていた。


そう土御門さんもクラス問わず人気なのだが、今年になって作為を感じられるほどに土御門さんに久礼野さん、それに室木、他にも平均以上の容姿を持つ生徒が集められたことに、クラス発表の時は一時騒然としていた。


久礼野さんの綺麗な声に、一瞬男子生徒が癒された表情をして、女子生徒がそれを呆れた表情でみる。


「ちょっとまってくれないか? その判断は少し早い」

みんなが既に見せる方向で意見が固まって来たときに、男子生徒の声が聞こえた。

声の先には前髪で目が隠れた少しぽっちゃり気味の男がいた。

意外だ、あの子は確かオタクと言われる人種で、こんな大勢の前で意見しないようなおとなしい子だった気がする。


「ん? どうしたんだい、斎藤くん」

そうだ、確か名前は斎藤なんとかだ。

名前は思い出せない。


「いや、ステータスは個人情報だから無闇に見せるべきではないよ。口頭で述べるだけでいいんじゃないかな?」

室木にじっと見つめられたのか一瞬目をそらす斎藤だが、すぐに顔を上げた。


確かに、これは今までいた世界だとかなり重要な個人情報になるだろう。

職業にスキル、魔法と、一生変化しないものもあるため、何かあったときにそれを知っているのはかなりのアドバンテージになるはずだ。


「あぁ?! 何空気乱してんだよ、キモオタの分際でよぉ!」

そこで声をあげたのは先程ライターを持っていた不良、確か群城ぐんじょうだ。

鍛えられた肉体と、それに眉に走る大きな傷跡が特徴で、生徒から怖がられている。

まぁ理由は知らないけど、剛ノ内と話しているのをよく見かける。

筋肉があるし、そこから仲良くなったのかな?


「いや、まってくれ、郡城くん。確かに斎藤君が言うことには一理ある。だからここは口頭で自分のステータスを述べよう。職業とあとはその職業でできそうなこと、これでいいかな?斎藤君」

「う、うん。それならまぁ」

争いごとになる前に止めに入った室木は2人の中間に入って妥協案を述べる。

その案で納得したのか、斎藤は頷いて同じオタク友達と思われるグループまで下がった。


「…よし、じゃぁ僕から言うから、時計回りに行こう。僕の職業は救世主、多分光魔法を中心に戦い専門になると思う」

みんなを見渡して少し恥ずかしそうに室木は自分のステータスを発表した。

周りからも感嘆の声が漏れている。

いや、すごい。

そもそも救世主って職業なのか。

前の世界でも正義感が強い室木は色々な人を助けていたし、それが影響したのだろう。


まぁ、救世主は先頭に立って戦うのがそれっぽいから言ったんだろうけど、やはりみんなここは戦う事があるって内心は思っているんだろうか。

いやでも、こう言う世界だ。

危ない輩も多く居るんだろう。


そしてそれを機に次々と自己紹介のように発表していく。


久礼野さんは治癒師で、主に回復系が専門であるとのこと。

次の剛ノ内は戦師らしく、まぁ読んで字のごとく戦う事が得意なんだろう。


「じゃぁ次は私だねー! 私は拳闘師で多分戦う事がメインかなー? よろしくー!」

元気よく挨拶したのは、いつも室木のグループにいる玖鞠くまりさん。少し低めの身長だが、スポーツが得意な元気な女の子だ。

可愛らしい容姿に少し悪戯っ子のような猫目で、いつも笑顔でいる。

それに短いスカートから伸びる足はバネのようにしなやかそうな綺麗な足で、少し褐色の肌が逆に可愛らしい。

スポーツが得なのも相まって、部活動の練習相手に色々と引っ張られているそうだ。


僕が言うのもなんだけど、この高校のスカートって短いよなぁ。こうして座るとスカートの中見えそうだしさ。

いや、僕は見ないけどね。


「じゃ、じゃぁ次は私。え、えっと私はま、魔法使いです。魔法いっぱい使えます。以上です」

玖鞠さんの次に発表したのが同じく室木たちといつも一緒にいる女の子、藤林さんだ。

この子は僕から見ても極度の恥ずかしがり屋らしく、誰が相手でも挙動不審になってしまっている。

恥ずかしさのためかいつも目を潤ませており、庇護欲を煽るような可愛らしい容姿も相まってかなり人気だ。

癖っ毛なのか肩まで届く黒髪が、毛先でカーブしててふわふわとしている。


魔法使いかぁ、やばいなまだ全然戦闘以外出てこない。

もしかしてうちのクラスは脳筋の集まりだったのだろうか?


そう焦っていたけど、次から発表して言った子たちが良い力を持っていた。

鍛治師や土木師、裁縫師、調理師、整体師など生活に役立ちそうな職業が多く僕少し安堵する。


そして傷が特徴の郡城は、意外にも飼育師という動物の飼育の職業だった。


「…くっ! なんだオメェら?! あぁ?! わりーかよ! 飼育師でよぉ!」

「がはは! まぁきにするな! お前は動物が好きだからな!」

見た目に反していないのは自分でもわかっているのか、顔を真っ赤にして屈辱そうに言葉を発したが、服を着ている剛ノ内が突然吹き出すように笑い出した。

そのあと剛ノ内が言うには、郡城はどうも動物好きらしく、捨て猫や捨て犬を見つけては拾って飼っているらしい。

親も動物好きらしく、家には十匹ほどの犬猫がいるとの事。


そのことを聞いた僕がなんだが始めてギャップ萌えを知った気がした。


生徒たちも今まであった怯えの瞳が弱まった気がする。


そして先程みんなの前で意見を述べた斎藤は、小さく狩人と答えて次の生徒へと促した。




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