異世界に飛ばされたけど、僕は神魔法と式神さえ有れば生きていけるって確信した。

アルアール

無人島脱出

第1話 主人公、清宮天燈の家系

まだ朝の霧が濃い時間帯に、雀の鳴き声が境内に響く。


意識がわずかに覚醒して行くと同時に、僕は慣れた手つきでまだなっていない目覚まし時計に手を伸ばす。


「…ん、もう朝か」

薄っすらと目を開けて目覚まし時計を見ると、時間は五時を指している。

この時間に起きるのも小さい頃からの習慣であるから、今更眠気で起きたくない、と言う事はない。

しかし理性ではそう言い訳しつつも、本能では未だ僕の体を包む布団、頭を支える枕は何よりも至高のお宝に見えるのはどうしようもない。


そんな事を考えている内に眠気も弱まってきたので、僕は布団から起き上がると、今では珍しい障子の窓を全開に開けて朝日を拝む。

霧の向こうから延びる光が眩しくもなく、ちょど良い心地よさを感じさせた。


僕はそのまま日の当たる窓際に布団を掛けると、床一面が畳、扉が襖で和風溢れる部屋に若干似つかわしくないクローゼットを開けると、中から紫色に藤の紋が描かれている袴と白い着物を取り出した。

寝間着を脱いで、鏡の前でしっかりとその二つを見に纏っておかしなところがないか確認する。


「面倒だけど、着なきゃあの人が起こるし」

息を整えるようにふっと一息つくと、そのまま綺麗な花が描かれた襖を開ける。

外から入ってきた冷気に一瞬体を震わせるも、部屋から出ると木製の長い廊下を忍び足で歩く。

古くはないが、たまに木が軋む音がなる。

流石に怒りはしないだろうが、未だ隣の部屋で寝ている妹の阿澄が、それで目を覚ましたら可哀想なので静かに歩く。


母屋の部分の廊下を抜けると、繋がっている神社のさらに古い木の板でできた廊下を歩く。

神社の大半を占める巨大な部屋の前に来ると、僕は目の前の鉄製の扉をゆっくりと引いた。


「清宮 天燈きよみや あまとが参りました」

キィっと無機質な音とともに開かれた扉の先には、部屋の中心に銀で縁取られた大きな鏡があり、鏡の前には豪華な装飾が成された座布団が置いてある。


「よく来たな。清宮の12代目よ」

迷いなくその座布団の元へ向かうと、色が濃くなるように人影が形成されていき、真っ白な狩衣を身にまとった美麗な青年が現れる。

綺麗な口元が弧を描く様に開かれて、僕と目があった。

あ、今日は居るんだ。


「あれ、今日はツクヨミ様なんですね」

「なんだ12代目よ。お主はアマテラス姉上が良かったのか?」

今日はツクヨミ様か、罰当たりだけどアマテラス様じゃなくて良かった。

彼の方あのかたはいつも何かと注文をつけるから学校に遅れそうで困るんだよな。


「いえ、特にそういった事はないです。ツクヨミ様だと無茶振りを言わないので逆に助かります」

「そうか。まぁ姉上も悪気があったわけではない。許してやれ」

毎日ではないがこうして神が顕現する事が度々ある。

僕が住んでいるこの神社は主にアマテラス様を主神として崇めているが、偶にアマテラス様と親しい間柄の神が訪れる事がある。

まぁ、神とこうして会話できる存在が清宮の家系だけだから、暇つぶしの為って言うのもあるけど。


「神様相手に怒れるわけないじゃないですか。それより掃除を始めていいですか?」

「あぁ、頼むぞ」

布を片手に豪華な座布団の所まで近づくと、ツクヨミ様がフッと浮かぶ様に空中に移動する。

僕は布で優しくツクヨミ様が座っていた座布団の埃を拭き取る。赤子の肌を触る時以上に、優しく丁寧に拭きあげていく。


「…ところで12代目よ。今日は私が一つお告げをやろう」

「どうしたんですか? 台風でも来ますか?」

上から少し低い声が聞こえたので手を止めてツクヨミ様に視線を向けると、胡座をかきながら真剣な表情でこちらを見つめていた。


あれ、どうしたんだろう。

もしかして災害でも起こるのかな?


神のお告げは実際に存在する。

天候であったり、人の運命であったり知る事ができる神は、こうして偶にではあるが教えてくれる事がある。

でも、ツクヨミ様からのお告げは珍しい。

それに、ツクヨミ様のお告げは、今日お前は石で転ぶ、鳥のフンに当たる、などふざけた様なものが多くおちょくった様に言ってくる。


でも今日はちょっと違った。


「今日、学び舎に行くときは神具を持って行くといい」

「神具ですか? 分かりましたけど、どうしてでしょうか?」

神具といったら僕が特別な時に着る正装の服と、あとは神の筆の事を指している。

代々うちの家系は、神とこうして話す事ができるのもあって、神威を纏った正装を神から贈られ、それのついで特殊な筆を贈られるのだが、これを使う事など生涯無いとは思う。


「…なに、ただの気まぐれだ。では私はこれで行くとしよう。ではまたな、12代目よ」

別に神様のお告げに逆らうなど毛頭無いけど、理由くらいは知りたかったが、教えてくれるつもりはないらしい。

それを言い残すと、現れた時と同じ様にスッと薄くなっていき消えた。


「神具…。なんだったんだろ」

僕は不思議に思いながらも、日課である神が座る座布団の掃除を終えて部屋を出た。


掃除に使った布を片手に母屋である僕たちが住んでいる建物へ向かうと、妹である阿澄あすみが目の前から歩いて来た。

可愛らしい花柄のパジャマ姿で、眠いのか瞼が少し閉じかけている。

いつもの綺麗な黒髪も今は所々寝癖になっていて、きっとこれから洗面台で直してくるのだろう。


「おはよう、阿澄。まだ眠いのか? 別に無理して家の手伝いのために早起きしなくてもいいんだよ?」

「…兄さんがしているのに、私がしないわけには行きません」

目の前まで近づいた阿澄は、僕を見上げる様に見つめて来た。

日中であればお人形の様な綺麗に整った顔で、表情の変化も乏しいため怖い印象を与えるが、今は眠いせいか少し目尻が下がって柔らかい雰囲気をしている。

つむじ辺りから延びるアホ毛の様な寝癖に少し笑いそうになってしまったが、僕はそれを治す様に頭を撫でて誤魔化す。


「そっか、ありがとな。じゃぁ僕は神社の中の掃除をするから、阿澄は外の掃除をお願いしてもいいかい?」

「…分かりました。では寝癖を直しにいって来ます」

少し頬が緩んだ様に意気込むと、阿澄は僕の横を通って洗面所へ向かった。


「アホ毛も直すんだよー」

「…これはチャームポイントです」

撫で付けたのにあまり直っていなかったアホ毛がゆらゆらと揺れて少し可愛かった。







◇◆◇◆◇◆◇◆

「では行きましょうか、兄さん」

「あぁ、っとそう言えば神具は持ったか?」

「えぇ、一応は持ってますよ」

あの後境内の掃除も終えて朝食を済ませた僕たちは、学校へ向かうために制服に着替えた。

玄関前で自分の神具がカバンに入ってるか確認すると、目の前でローファーを履いている阿澄にも確認した。


「でも、ツクヨミ様がそんなこと言うなんて珍しいですね」

「そうだよなぁ」

「でも羨ましいです。私も神様の姿をちゃんと見て見たいです」

玄関を出て阿澄と並んで道を歩く。

少し林に入った神社を出ると、そこはもう人が多い大通りが続いている。


清宮家の長男である僕は神様の姿はしっかりと確認できるが、同じ清宮系でも阿澄は声が聞こえるが姿は幽霊のような薄くしか見えないでいる。

でもこれは阿澄がおかしいわけではない。

僕が少し変わっていたのだ。


「まぁ、仕方がないよ。僕は先祖返りなんだから」

清宮の家系は僕の代ですでに12代目となる。

遥か昔、平安に生きていた僕の先祖である初代が、神の血を飲んだことにより神の姿を拝める様になったらしい。

それから僕たちの血には神の血が僅かだが混じっているらしいが、それも代を重ねるに連れて弱まって行き、今では姿がぼんやりとしか見えなくなってしまっている。


そこで例外として僕は、先祖返りとして唯一神の姿を正確に捕らえられる。


見えなくなった要因として血が薄まったってのもあり、今では近縁の者と結婚するか、それとも他の特別な家系と結婚するかの2択がうちの家系では暗黙の了解となりつつある。

直系の父が従姉妹の母を妻として迎えたのもそれが理由だ。


「…後ちょっとなんだけどなぁ」

「いや、そこまで落ち込む必要ないだろ。普通は鍛えて見える様になるなんて凄いことなんだからさ」

「…でもここまで来たらちゃんと見て見たいです」

キリッとした眉毛を下げ、少し頬を膨らます阿澄を慰める様に頭を撫で付ける。


実際に阿澄は凄い。

初めは全体的に霧の様なものしか見えなかったが、神様に教わった練習方法を実行することにより今では薄っすらとだが見える様になったんだから。


いや、本当に良くやるよ。

別にしっかり見えなくても、声も聞こえるし輪郭も把握できるならそれでいいと思うけどね、僕は。




阿澄にとってはまだ通い始めたばかりの通学路を一緒に歩いていく。僕はすでに1年通っているが、阿澄は今年入学したばかりだ。

それに、まだ5月のため入学して1ヶ月しか経っていない。兄妹で仲良く登校するのも、少し恥ずかしさがあるが、別に別々にいく理由もないため一緒に通っている。

隣を見ると、阿澄も嫌そうな表情をしていない。

まぁ、ほとんど表情が変わらないから慣れないと見極めるのは難しいが、今日は少し機嫌がいいらしい。


「あれ、今日はあの子は来ないんだね」

「…霧里きりさとさんですか。別に一緒に行く約束なんてしてません」

家と学校までに途中にある公園を横切ると、足を止めずにさっさと歩く阿澄を止める様に呼びかける。


何時頃からか、阿澄はまだ入学して間もない筈なのに、異様に親しそうの話しかける女の子が、この時間帯に公園で待っていた。

もしかして待ち合わせかなとは思ったが、どうやらあちら側が一緒に通いたくて待っていたらしい。


阿澄は表情の変化が乏しいから友達ができるか不安だったが、これで安心だなと阿澄に話しかけたら少し嫌そうにしていた。

どうやらあまり好かない性格らしいが、見た感じ彼女はそこまで嫌味な性格ではないからいいと思うけどね。

まぁ、少し、いや、異様にベタベタしてた印象があったけど。


「まぁ、せっかくできた友達なんだから、仲良くしとくんだよ?」

「…程々に頑張ります」

高校デビューに失敗した身からすると、こんなに友達が早くできることが羨ましいんだけどなぁ。




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