命の意味

ケンジロウ3代目

  

「えっと・・・東条さん、よろしいですか?」


「は、はい・・・」


「今の医療では手の施しようのない所まで進行してしまっています。ウイルスが身体全体に広がるのも時間の問題です。このままいくと6か月で死に至るのが濃厚でしょう・・・」


「・・・」


「東条さん・・・・・、まだ治療法が見つかってないだけで、決して治らない訳ではないのですよ?まだ諦めないでください。」


「そ、そうですか・・・」







俺の名前は東条 陽太、高校2年生だ。

特に何か特別な才能があるわけでもなく、ただの高校生だと思う。

友達もあまりいない。

地味で目立たない存在だと思う。



俺はガンを患った。

こんな年でかかるものだとは思っていなかった。

吐き気や下痢が結構続いた時期があって、さすがに病院に行った方がいいと思って行ったらこの結果だった。

医師の人は症状について説明してくれたが、ほとんど頭に入ってこなかった。

唯一聞こえたのは、このことだけ。



――― 余命6か月




このことは家族にしか知られていないし、家族にも他言しないようとに言っている。

だから学校でこのことを知っているのは、俺だけだ。

このまま学校を休むと不審がられるので、今日もとりあえず学校行くか。


「行ってきます」


「む、無理しないでね・・・」


玄関で母が不安げな表情でそういった。


「大丈夫、もう学校行かねーと・・・」


「そう・・・気を付けて・・・」



朝からあんな重い空気を味わったのは初めてだ。

俺のことなんかで、家族まで暗くさせるわけにはいかない。

もっと元気をアピールしてかねぇとな

もうこれ以上迷惑はかけらんないしな



俺は一切の延命処置を断った。

俺なんかのために多額の金を使う必要なんて全くないからな

でもこんなことまで家族に言ったらさすがに怒られると思って、このことまでは伝えていない

一応安定剤の注射を打ってもらっているが、俺自身としてはそんなのいらない

いくら注射をうっても6か月の命だし、これも結構な金額だからどっちみち家族に迷惑かけてしまう・・・

ただでさえ俺の家はそこまで裕福なほうではないんだから





学校にて ――――

あまり目立たないほうの人間なので、学校にいてもそこまで問題はない

今日一日の授業が終わると、俺は部室のほうへと向かう。



ガラガラガラ・・・


「あ、来た!」


「おう、便所行ってきててな・・・ちょっと遅れた」


「ちょッ、陽太・・・あまり女の子の前でそんなことあまりいうもんじゃないのよ?」


「別に、お前ならいいかな~と思って」


「なによそれ・・・はぁ」


こいつは俺の幼馴染で同じ演劇部の三島 翔子。

同じ小学校、中学校そして高校。

かれこれ11年の付き合いだ。

こいつはいわゆる八方美人で、まわりの男子の目線を一気に引き付けるほどの可愛さを兼ね備えている。

まぁ、『だまっていれば』だけど。

性格はかなりきつい。

ツンデレのデレを取った感じなのだ。

だから、ほとんどの男子は翔子を敬遠している。


「ほら、部活行くわよ?」


「へいへい、今行く。」


半ば翔子に引っ張られながら、俺は演劇部の活動場所の体育館ステージへと向かった。





「ふぅ、疲れたな翔子」


「なに言ってんのよ、あんたなんて大した演技してないじゃない。」


「はは、確かにな。俺はナレーターだからな」


でも、疲れたというのは本当だ。

ただ話すだけのナレーターで、こんなに疲れてしまうのは病気のせいだろうか。


「・・・でも仕方ないわね、あんたがそこまで疲れてるんだったら。」


「あぁ、僕はとても疲れました。」


「だったら・・・その・・・///」


「?」


「帰り・・・一緒に・・・くわよ・・・///」ボソッ


「え?なに?」


「帰り道一緒に送ってくわよって言ったのよ・・・///」


「お、おう・・・///」


なんだよ・・・

照れるだろーが・・・///


夕日が辺りを照らす帰り道の中、二人はまたさらに頬を赤めていた。







そして余命宣告の日からおよそ3か月が経とうとしていた。


それから俺はちょくちょく学校を休むようになった。

体調がいまいち優れない日が、最近増えてきたように思える。

ガンウイルスが、他の臓器に転移してきているのだろうか。

学校には風邪だと伝えているが、そろそろ違う内容も考えないと怪しまれてしまう。


「ハァハァ・・・ゲホッゲホッ!・・・」


親はどちらも共働きなので、昼の時間などは一人だ。

でもまだ苦しい痛みなどはまだ来ていない。

でもそれがいつ来るか分からない。

普通の人ならその恐怖におびえ、今頃は病院で検査を受けているところだろう。


しかし、俺はそんな大事が自分の身に起こっているのに、なぜこんなに冷めているのだろう。

ベッドの上に横になりながら、そんなことが何回も頭をよぎる。


「・・・」


そして、またこんなことも同時によぎるのだ。



――― 俺は何のために生まれてきたのか





ある日の夕方。

この日も体調が優れず、また学校に風邪だと連絡して休んでしまった。

さすがにこんなに休んでたら、誰か一人くらいは不審に思うだろう。


すると突然ケータイが鳴った。

ベッドから机の方へ手を伸ばして、ブーブーと鳴るケータイを手に取った。

どうやら電話みたいだ。

相手は・・・


「翔子・・・か」


予想通り。

絶対こいつはなにかしらしてくると思った。


あれ・・?何でそう思ったんだ?


ピッ!


「・・・もしもし」


「あら、サボりん太君じゃない。電話に出ないかと思ったわ。」


「おい、勝手に変なあだ名付けんなよ。クラスに広まったらどうするんだよ。」


まぁ、広まらないと思うけど


「・・・体調はどう?」


「まぁ、ボチボチだな・・・」


「そう・・・」


「・・・」


「・・・」


「・・・」


それから電話越しで長い沈黙が流れた。


「・・・私にできることがあったら何でも言ってね?」


「・・・あぁ」


「早速何かないかしら?」


電話越しでも、翔子の心配顔が目に浮かぶ。

ホント、こいつってこういうところはかなわねーなぁ

いつもはツンツンしてんのに、相手が弱ってたら優しくなっちゃう所とかね

しかも結構前の帰り道で俺が『そんなこと他の人にもやってんの?』って聞いたら、『他の人にやっても意味ないわ』とか言ってくるし

色んな意味でかなわねーなぁ


「あー・・・じゃあ、一ついいか?」


「えぇ、なにかしら。」


俺はそれから少し間を置いて、こう翔子に頼んだ。


「・・・今度会った時、その時にお前の笑顔を見せてくれよ。」


「えッ・・・・・えぇッ!?///」


電話越しでも分かる、翔子の動揺している姿。


「ちょッ・・・!///」


「あ、あのー・・・翔子さん?」


「!!・・・・・コホン。で、どういうことかしら?」


翔子の声は、少し怒気を含んでいるような気が・・・


「いや、どうもこうもなくてだな・・・お前の笑顔がただ見たいだけだ、ダメか?」


「・・・それ、本当かしら?」///


「あぁ・・・」


人は弱っている時、つい自分の無意識の感情が出てしまうそうだ。

なぜ俺自身が、翔子の笑顔を見たいと思ったか

俺はそれが、分からない

自分のことなのに分からない

でも多分本心なのだろう

理解も納得もできないが、これは冗談ではないのだろう


「!!・・・分かったわ、仕方ないわね、えぇそれは仕方のないことね、まぁ確かに――――」


「・・・おい、翔子?」


おい落ち着け翔子。

嬉しいのは分かったから。


「!・・・コホン。なにかしら?」


「お前・・・大丈夫か?」


「私はもともと大丈夫よ?」


「へいへいそーかい・・・じゃ、また今度な。」


「えぇ、また今度。」



電話は10分程で終わった。



こんな俺のことを気にかけてくれる存在がいることは、素直に嬉しい。

だからそいつの顔が見たくなったのかもしれない。

俺はあんなことを言うタイプじゃないし


つい翔子の存在を嬉しがる一方で、こんなことも頭に浮かんだ。



「俺は、何のために生まれてきたんだ・・・」



それは、時々出てくる脳裏のつぶやき

生まれてきてから今までの17年間、俺は特に何か残してきたものがあると言えることが無い。

翔子のような立派な容姿も、人々が称賛してくれるような成果も


俺には、何もない


ただの空っぽ


空虚な自分に絶望するのも、最近は慣れてきた



だってもう死ぬのだから



その時!


「!!!!」


突然の激しい動悸が俺を襲った!


「ハァハァハァ・・・!」


今までにない症状だ


「ハァハァ・・・ゲホッゲホゲホ!ゲホッ・・・!」


突然の咳で抑えた手の上には、見たことの無かった自分の血反吐


だんだん意識が遠くなっていく

俺は玄関へと歩き出すが、意識がさらに朦朧としてきた


そのまま俺は廊下に倒れる


「ただいま・・・って陽太ッ!?」


どうやら父が帰ってきたようだ


「どうしたッ!?どうした陽太ッ!?」


普段は大きい父の声は、最後の方はまったく聞こえなかった



余命宣告の日から、丁度6か月が経とうとしていた日の出来事であった








「んんっ・・・」


俺はふと目を覚ます

見慣れない天井 少しゴワゴワした感触のベッド


ここは・・・病院か


「陽太ッ」


ふと隣にいた母が涙顔で俺の名前を呼んだ

その声に反応して身体を起こせば、父だけでなく祖父母の姿もあった


やべぇ、また迷惑かけちゃったよおい・・・


『俺なんかで・・・』

そんな気持ちがのしかかっているせいか、いつもよりだいぶ息苦しい


でも、この息苦しさは決してこの罪悪感からだけではない

それは自分の身体だから分かる、他の人には絶対に分からないこと



(もう時間か・・・)



すると



ガラッ・・・


俺の病室に、とある一人の少女が入ってきた。

それは俺もよく見知っている顔


翔子だ。



「翔子ちゃん、あとはよろしくね。」


母は翔子にそう告げると、翔子以外の人を連れて病室を後にした。




今は、俺と翔子の二人だ。


「・・・」


翔子は先程から沈黙が続いている



「・・・私、知ってたのよ・・・」


翔子がふと口を開く。


「あんたがガンだったことも・・・そして命も長くないことも・・・」


「・・・そうか」


翔子の顔は、入室時から変わらず無表情のままだ。


「・・・悪かったな、俺如きのことで心配かけて」


翔子の表情が、少し曇り始めた。


「・・・なんでそう思うのよ?」


「・・・え?」


「なんで『俺如き』なのよッ!?なんでそうやって自分を価値のない人間みたいに言うのよッ!?」


翔子の怒声が部屋中で反響している。


「なんでそうやって悲観的になるのよ・・・」


翔子の声が、震えている。

翔子の頬には、透明な雫が何度も眼から零れ落ちる。


「・・・」


俺は、何も言い返すことができなかった。


「なんであんたは自分のことを卑下するのよ・・・?」


「・・・」


「うぅ・・・」


「・・・俺には何もない。俺は空っぽの人間だ。だから・・・」


「何でそう思うのよッ!?」


翔子は涙を流しながら再び怒声を上げた。


「何もないなんて言わせないわ・・・!」


「・・・」


「あんたはッ・・・、陽太は私の大切な人なのよッ・・・?」


「そのあんたに俺は何もないだなんてッ、絶対に言わせないわッ・・・!」


「・・・」


俺には何もないと思っていた。

優れた才能もなければ、素晴らしい成果の一つもない。

ただの無価値で空虚な人間。

そう思っていた。



それが

翔子によって否定された。



翔子はそれは違うと言ってくれた。



翔子は俺の冷え切った感情を、熱のこもった声で温めてくれる


そんな気がした。



「だからさッ、陽太・・・」


翔子は涙をぬぐって、また出そうな涙を必死にこらえて


「最期まで私の好きな陽太でいてよ・・・」


優しい笑顔で、そう言った。


「いつも通りの陽太で・・・少し引っ込み思案だけど、いつも私の時だけは変わらず傍にいてくれた陽太で・・・」


「・・・!」


「私が好きになった陽太のままでいてよ!」




冷え切った理性の氷壁が崩れ落ちる音が聞こえた。

翔子の笑顔は、冷めていた俺の感情を、ゆっくりと温めてくれた。

俺は空虚じゃなかったんだ

俺は今まで何もないと思っていた

俺がいなくなっても世界は何一つ変わらない

失うものは何もない


あるじゃないか

ここに

翔子の笑顔は

他の誰でもないこの俺が

心のどこかで大事に閉まっていた


俺の大切なたからもの



俺の頬に、大粒の涙が零れ落ちる。

はじめて自分が見えた気がした。


死にたくない

もっと生きていたい

もう少しだけこの世界にいたい


命というものは、かけがえのないものだったんだ

たとえ俺みたいなやつの命でも

こんな俺でも

大事に思ってくれてる人がいたんだ

なんでもっと早く気づかなかったんだろうか


俺は生まれて初めて、『後悔』をした








「・・・もうおさまった?」


「あ、あぁ・・・」


俺はだいぶ涙を流していたみたいだ。

翔子の方も、なんだか目が赤い


「・・・笑顔」


「えッ?」


ふと翔子がつぶやいた。


「陽太、私の笑顔が見たいっていったでしょ?///」


「え?あ、あぁ・・・///」


「その、えっと・・・あ、ありがとな///」


「どう、いたし・・まして・・・///」


そしてお互い赤面。


でも、翔子はこんな俺を好きでいてくれたんだ

それは素直に嬉しかった

俺だって好きだから


でも


ごめんな翔子


俺は・・・もう・・・



・・・だけど


「もう一度、笑顔、見せてくれよ?」


俺は最期にわがままを言った。



最期くらい、好きな人に


笑顔で見送ってほしいから



「翔子・・・いいか?」


「・・・分かったわ。」


「ありがとな・・・じゃあ俺はそろそろ寝るわ。泣きつかれたしな。」


俺は再びベッドに横になる


翔子がその上に布団を掛けてくれた。



「じゃあね陽太、おやすみなさい」


優しい笑顔で、彼女はそう告げた。


「あぁ、おやすみなさい」





俺は翔子の退室を見届けると、ゆっくりと目を閉じた。






おわり



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