最後の話

 ルーリエに続いて会議室に入る。どうやら俺たちが最後だったらしく、所長は部屋に集まった看守を見渡してから口を開いた。

「ナスリア国が、我が国に対して宣戦布告を行った」

 一気に部屋がざわめく。誰もが、ナスリアが宣戦布告に至った理由を理解できずにいるらしい。

「どうやら、フィア・リベットが持ち出したものとは別の秘術がナスリアの手に渡ってしまったようだ」

 所長の言葉に、ざわめきはさらに大きくなる。もう一つの秘術はどんな物でも吹き飛ばすことができる、と聞いたことがある。ナスリアが一枚上手だったということか。

「そのフィア・リベットだが」

 所長は俺とルーリエに視線をよこす。

「刑の執行を早めることもありうる」

「なんですって?」

 思わず聞き返すと、所長はゆっくりと首を横に振った。

「私とて規則を曲げたくはない。だが、戦争でフィア・リベットの死刑が延長されれば、国民が黙ってはいない」

「しかし、所長」

「話は宣戦布告に対する我が国の態度が決まってからだ。ナスリア国を迎え撃つことが決まれば、戦争が始まる前にフィア・リベットを処刑することになるだろう」

 フィアの処刑が早まる。エフリウス・リベットはいつ自分の罪を告白するつもりなのだろう。今すぐにでも名乗り出てくれればいいが、下手をすれば手遅れになるかもしれない。

「以上だ。フィア・リベットにこのことを伝えるかどうかはお前達に任せる」

 所長が会議室を出て行く。ともかくエフリウス・リベットにこのことを伝えなければ。だが伝えるといってもエフリウス・リベットの家も連絡先も知るはずがない。

「ガルドリア先輩、あいつと仲良いんですか?」

 不意に横から声がかかる。振り向くとルーリエが不満げな顔をしていた。

「秘術で母親殺した極悪人ですよ?」

 まさかフィアは犯人ではないと言い出すこともできず、無難な答えを選ぶ。

「確かに、な」

「同じ親から生まれても兄貴は英雄なのに、不思議ですよね。親父が英雄さんと同じ職場なんですけど、すごい性格もいいって言ってましたよ」

「ああ……」

 上の空で返事を返す。そういえば術者連盟で働いているとか言っていたな。そこに行けば奴に会えるだろうか。だが表立った行動は避けたい。ならば電話か。盗み聞きされる可能性が無くはないが、実際に会いに行くよりは簡単だろう。

「親父がミスした時だってかばってくれて、その時なんて言ったと思います?」

「ルーリエ」

「え、はい?」

「術者連盟の電話番号、知ってるか?」

「電話、ですか。まあ知ってますけど……まさか英雄に電話ですか?」

「英雄殿に弟の死刑執行日くらいは伝えておくべきだろう」

 ルーリエは途端に目を輝かせる。

「じゃあ俺電話しますよ。この間の面会の時ちょっと話したんで」

「な、」

「任せてください!」

 何を任せろというんだ。


 *


「フィア」

 僕の名を呼び、シントさんが歩み寄ってくる。いくらか機嫌が悪そうに見えるのは気のせいだろうか。

「どうしました?」

「電話だ。エフリウス・リベットとつながっている」

 話しながら、シントさんは檻の鍵を開け、僕の手首に手錠をかける。

「兄さんと?」

「ああ。少し問題ができてな」

「問題、ですか」

 一通り周りを見回してから、僕は檻の外へ出る。こんなに頻繁に牢から出られるのは兄さんのおかげかなあ、なんて呑気なことを考えていると、シントさんが振り返らずに、ついでのように言う。

「今の会議で聞いたことだが、お前の死刑が早まるようだ」

「えっ?」

「ナスリアがエリレスに宣戦布告した。おそらくナスリアがもう一つの秘術を盗み出したことが原因だ。エリレスが応戦することになればお前の死刑執行は早まる」

 一気に言われて頭が追いつかない。予定では僕はあと五日後の二十五日に死んで、でもそれより早くなるってことは四日後か、三日後か、明後日か。まさか明日ってことはないだろう。混乱した頭で考えている内に電話の前へ着いてしまう。ルーリエさんは僕に受話器を渡すとすぐにどこかへ消えてしまった。まさか、兄さんに電話の内容を聞かないよう言われたとか。シントさんは去らないことを確認して受話器を耳に当てる。

「兄さん?」

「フィアか」

「うん」

 低い兄さんの声。周りを気にして声を抑えているみたいだ。

「話は聞いたか?」

「うん。死刑の日が早まるかもしれない、って」

「そのことだが、早まることが決定した」

「え?」

「今日の昼に会議があったらしくてな。エリレスは応戦することを決めた」

「えっと、つまり、戦争が始まるってこと?」

「ああ。そして戦争が始まる前にお前を殺しておこう、ってわけだ」

「あ、そういうこと、か」

 あれ、でも兄さんが僕を助けてくれるはずで、でも刑の執行が早まったら助けられなくて、つまり僕は死ぬってことかな。さっきから混乱しっぱなしの頭で必死に考えていると、電話の向こうで兄さんが笑った。

「心配するなって。十分間に合うから」

「でも、兄さんがいなくなったらこの国は……」

「何にせよ負けるだろうな。時間が足りなすぎる」

「もし、兄さんが戦ったら?」

 兄さんほどの魔法使いが戦争に加わればそれだけで戦局を左右するし、英雄が先陣を切って戦うとあれば騎士達の士気だって上がる。逆に英雄が大罪人だったと知られれば人々は落胆し、絶望する。そんな状態で戦えば勝てる戦争にも勝てないだろう。

「フィア、何を考えてるんだ」

 兄さんの声が厳しくなる。

「俺なら大丈夫だ。全てを話せば死刑は免れるだろうし、この国だって、戦争に負けても滅ぼされる訳じゃない。だからもう少し自分のことを考えろ」

「……うん」

 どうしてだろう、すごく嫌な予感がする。でもきっと、兄さんが言うのなら大丈夫だ。

「それでいいんだ。もしナスリアが行き過ぎた侵略をするならお前が秘術で撃退してやればいいさ」

 軽い口調で兄さんは笑う。

「1回しか発動してないのに覚えてるかな?」

「大丈夫だって。お前の記憶力は俺が保証してやるよ」

 兄さんに合わせて笑ってみても、どうしても声が沈んでしまう。不自然に落ちた沈黙を兄さんがかき消す。

「じゃあ、そろそろ、な」

「……うん」

 これが兄さんと話す最後になるかも知れないのに、話すべきことが何も思いつかない。

「元気で、ね。兄さん」

「ああ、フィアもな」

 長い長い沈黙の後、無機質な音を立てて電話が切れた。

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