1-8 大反省会

「で? 私たちにどうしろと?」


 ピアスが冷然と俺に言った。


「いえ、あの、」


 俺は何も言い返せず、正座の姿勢のままがたがた肩を震わせている。

 視線が定まらず、首筋から頭頂部まで派手に揺れている。


「今後のパーティの事なのですが」


 パワーが言いさして、口を噤んだ。

 ピアスが刺すような視線で一睨みしたからだ。

 流石のパワーも張り付いたような笑顔で黙ってしまう。


「何故異端審問官とあのようなプレイに至ったのか、それを聞いてから決めさせて頂きます」


 ピアスに問われた。


 今後の俺のセカンドライフに関わる一大事だ。

 ここは慎重に。


「女神シャル・シュとの契約の話を聞かれて、その、」


 俺はやや躊躇って溜めを作り、俯いたまま白状した。


「侮辱と取られるような言動を。異端審問官はシャル・シュに捧げると、その、鞭で罰を」

「では、プレイではないと?」


 え? そこ重要?

 俺はやや疑問に思いつつ、首を縦に振った。


「繰り返しますが、プレイではないのですね?」

「あっちは趣味かも知れないですけどね」


 あっははっ、と呆れ顔で乾いた笑い声を出す。


「なるほど……あの異端審問官の噂は聞いた事があります。伝説の吸血鬼ハンター。『死の天使』『断頭屋』『無限刃』アシュリー・ブラックアビス」


 それを聞いて、俺は血の気が引いてしまった。

 青い顔でピアスに聞き返す。


「あの、やばい方なんです?」

「最初にメラリオに現れたのは今から一万年前。以降数百年、千年経つごとに地上に現れては吸血鬼を大量殺戮し、また忽然と姿を消す。天使と噂されていますが、正体は知れない」


 俺はごきゅりと唾を呑んで、心底震えてしまった。


「今の国王は融和政策を打ち出していて、異端審問に対する関心が薄い。恐らく毛嫌いされて、辺境に追いやられたのでしょう」


 つまりこのカウントベルに、とピアスは一人納得したように頷く。


「アシュリーに関する話は私も聞いた事がある。当時権力を振るっていた旧神たちが創り出した戦闘兵器とか」

「では、反女神派だと? あ、いや、貴女は長く天界に戻っていないのでしたね。事情には疎いか」

 

 ピアスは俺を見下ろし、いきなりブーツの靴底で頬を踏み付けてきた。


「あぐぅ……なんへ?」


 意味が分からない。いきなり踏んできた。


「貴方がドジを踏んだからシャル・シュ様の事が知れてしまったではないですか。あの戦闘マシーンが旧神たちに未だに仕えていた場合を想定しなさい」

「あ」


 あったまいい~。


「バカ! アホ! 能無し! クズ!」


 冷淡に俺を罵るピアス。


 心が痛む……とても、とても。

 でも、何だか少し興奮する。


「あの、もうその辺で」


 見兼ねたか、ギルティがピアスの袖を引く。


「ふん」


 ピアスは不機嫌そうに顔をしかめながら足を退けた。

 俺は頬を押さえて、心の中で動揺が沸くのを感じた。


 あの糞ビッチが痛い目を見てしまうかも知れない。

 いや、そんな物騒な事を望んでいたわけじゃない。

 俺はただ反省して貰いたかっただけで……。


 どうしようかと気持ちの行く当てを見失った。

 でも、やる事は必然と決まっていると妙な確信が心の内に浮かび上がっていた。


 俺はのそりと立ち上がり、ドアを開けた。


「何処へ行くのです?」


 ピアスが俺に聞く。


「責任……取りに」

「え?」


 ピアスが動揺しているようだが、相手にせずに俺は部屋を出た。

 床板が軋む廊下を歩きながらどうやって目当ての人物を探すか考え始める。

 アシュリー・ブラックアビス。真意を確かめなければならない。


 不意に、ぶいん、と腰で音が鳴った。

 何事かと身をよじって見下ろすと、棒切れが光っていた。


「何?」


 光る棒切れを手に持ち、首を傾げながらじっと見上げる。


 突然棒切れが走り出した。

 宙を物凄い速度で。


「おおおおおっ……!?」


 まるで漫画でよく見るおバカな犬に引きずられる飼い主みたいに、俺は光る棒切れに引きずられている。


 何だ、これ? 何これ?

 わけが分からなくなり、俺は恐怖で顔を歪めた。


 白馬亭の入口を暴走車のように飛び出て、通りに出ると棒切れが信じられない速度で上昇し始め、俺はそれにぶら下がる形で空を飛んでいた。


 まるでアクション映画のスタントみたい!

 アホみたいにそんな事を考えていたら、あっという間に棒切れが着陸を敢行した。

 俺は顔から石の床に突っ込んで、海老反りの格好で止まった。


 ここは何処?

 朦朧とする意識の中で視線を上げる。


 灯かりが見える。

 何処かのテラスのようだが、かちゃりとドアを開ける音が聞こえた。


 まずい。不法侵入なんてしたらまたあの異端審問官にお仕置きをされて、いや、彼女に会って話を聞くのが目的なんだ。これでいい。

 なんて思っていたら、出てきた相手の顔が見えた。


「君は……」


 短い銀髪の美人。

 薄手のネグリジェを着ているが、間違いない、彼女だ。

 あのロケットおっぱいの持ち主は二人といない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る