最後の5分間

虹色

第1話

腹が、減った。

昨日の朝から何も食べていない。

仕事からの仕事。

忙殺につぐ忙殺。

このままでは、空腹に殺されてしまう。

なんでもいいから、何か食わせてくれ。


『穂村食堂』


視界に、飲食店発見。時刻は22時。まだいけるか。

古びた外装。単純なネーミング。いつから置いてあるかわからない『営業中』の看板。

期待と不安を胸に、俺は店の暖簾をくぐる。


「いらっしゃい」


低い声の店員が、乱暴な動作で水をおく。

おもてなしの国、日本とは思えないウェルカムムードのなさ。

彼は、たち去り際に「ラストオーダー、あと5分なんで、さっさと決めてください」とこれまた低い声でいった。


あと5分、だと。

初見の店、態度の悪めな店員がいる店で5分以内に決めろだと。

ふざけるな、こちとら久方ぶりの飯だ。空腹がスパイスというならば、今はそのスパイスが最高潮に効いているタイミング。そんな晩餐は、もう少し時間をかけて選びたい。

腹が減っているが、

何でもいいが早く食べたいが、

この食事、俺は大事にしたい。


だが、今からこの店を出るのも憚られた。

地下にコンビニも含め、食料が手に入るものはなし。

周囲に飲食店の気配もない。

そもそも、この時間だ。着々と店仕舞いするところが増える。

ならば、ここはこの店で満足させるしかない。


満足する、ではなく。

満足させる。


「お客さん、あと3分ですよ。さっさと決めてくれないとー」


先の店員がせかす。

3分か。

カップラーメンの待ち時間。

待っていると永遠のように感じる時間。

だが、自分が使える時間と考えると刹那のように短く感じる。


俺は、机上におかれたメニューに目を落とす。


「ーー何だと!」


メニューの数が多い。

一ページに小さめのフォントで、地獄のように書かれている。

しかも、それぞれの内容がわからない。


「お客さん、タイムアップですぜ」


こうして、俺の断食期間が伸びた。

スパイスだけでは、腹は膨れないのだ。





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最後の5分間 虹色 @nococox

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