Lost Memory

みなと

第1話 張り切って異世界転生

 薄暗い部屋の壁に、一人の青年が怪しげな文様を刻み、そして怪しげな言葉を口にしている。

「~~~」

 少年が詠唱を終えると、壁が淡く赤くひかりだした。

「ほ、本当に扉がひらいた・・・!」

 青年は動揺しつつも、光る壁にそっと手を近づけた。


 ゆらっと、硬いはずの壁は水面の様に揺らめき、青年の体は壁に吸い込まれた。

「やった、やったぞ!ついに、こんなくそみたいな世界からおさらばできる!」


 青年が行っていたのは、ネットでみつけたとある儀式。それはれっきとした儀式である。しかしながら、この世界には存在しえないはずの――。


 気が付いたのは真っ白い空間だった。地面もないに落ちていく気配はなく、また浮かんでいるような感覚もなかった。


 目の前に、一人の荘厳そうごんなおじいさんが立っていた。


 「この世界から客人が来るとは珍しい・・・」

 「あ、あなたは」

 「私は神である」

 おじいさんは告げた。そして、続ける。


 「君は、異世界への転生を望むんだね」

 そして、青年の望みをズバリと言い当てた。


 「あ、あぁ・・・こんなくそみたいな世界、おさらばだ!」

 「く、くそみたいな世界!?」

 おじいさんが驚いたような表情をみせた。


 「こんな魔法もない、エルフもいない、つまらなさの極みのような世界、やってられねぇよ!」

 「な、何故だ。この世界は美しいであろう。物理と数学が支配するこの世界を、君は美しいとは思わないのかね」

 「あぁ、思わないね!」

 青年は頑として答える。


 「数学と物理なんて、全然心躍らねえよ!やっぱ時代は魔法だよね。物理なんて時代遅れだよ。男に生まれたからには、剣と魔法を駆使して大冒険にでてみたいし、こんな世界を作ったやつは時代遅れのおっさんにきまってるぜ!」

 少年が延々と剣と魔法の世界へのあこがれと、この世界へのディスを述べ続ける。


 「まったく、こんな世界をつくったやつがいたとしたら、一回顔をおがんでみたいぜ」


 「この世界を作ったのは、私なんだがなぁ・・・」

 おじいさんがボソッとつぶやいた。


 ・・・・・・。

 気まずい沈黙が訪れる。

 


 「ご、ごめんなさい」

 沈黙を破ったのは青年だった。

 「ぜ、全然大丈夫、まったく気にしてないから・・・」

 言葉とは裏腹にひどく落ち込んでいるように見えた。

 なんなら、少し涙ぐんでいた。


 おじいさんは、何やら小言でぶつぶついっている。

 「私だってそりゃあ魔法にあこがれを持つ気持ちがわかるよ?でもやっぱり数学の美しさにはかなわないというか、そもそも魔法だって系統立てて・・・」

 

 (おじいさんが涙ぐみながら何かぶつぶつ言ってる・・・かわいい。これがおじさん萌えというやつだろうか)

 青年の中で、新たな何かが芽生えようとしていた。



 「まぁ、君の魔力適正をこの物理の世界で腐らせておくのは少しもったいないか」

 「魔力適正?」

 「あ、そうだ。良いことを思いついた」


 おじいさんはそういうと、指をパチンと鳴らした。

 すると、青年の体はボフンと煙を立てて・・・

 

 青年の体は、縮んでいた。


 「なに、私のちょっとした気遣いだよ。どうせ異世界に行くなら、幼い時からやり直したいだろう?」

 おじいさんがニヤリ、と笑った。

 「お、おぉ・・・!」

 青年の体は、彼の子供時代にもどっていた。


 「あ、ありがとうございます!神よ、これまでの無礼をお許しください・・・」

 青年、もとい少年はおじいさんに対し深々と頭を下げた。


 

「では、君の新たなる門出の祝辞を述べよう」

 コホンと咳ばらいを一つ。


「汝、剣と魔法の世界にあこがれを抱く者、ケントよ。汝の遥かなる旅路に、幸あらんことを」

 おじいさんが淡く光る。

 そして、その光はだんだんと強くなり、少年、ケントを包んだ。


 ケントがその間際に見たのは、少年の旅路を祝うおじいさんの笑顔ではなく、ニヤリと笑う、おじいさんの姿だった――



 ――そしてケントは、空中に投げ出されていた。


「えぇ!?」

 真っ逆さまに地面に向かって落ちていく。

 さっきみた、おじいさんのにやけた顔を思い出す。


「あのやろう、やりやがったな!」

 ケントはそのまま、何もすることができず――

 頭から地面にたたきつけられた――。



 * * * * *



 ケントが目を覚ましたのは、暗い森の中だった。月が出ているが、うっそうと茂った木々にさえぎられて足元はおぼつかない。

 (ここはどこだろう。体が軽いのに重い)


 (あの野郎、絶対に許さないからな・・・)

 (・・・あの野郎とは誰だろう。うまく思い出せない)


(あれ、俺は誰だ・・・?)

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