奇縁

 壁の穴から吹き込んだ隙間風が、椅子に座る二人の背中を通り抜ける。


 田舎らしくこじんまりとした教会は、強い風が吹けば一緒に飛んでしまいそうな程頼りなかった。


 建て替える金も無いのだろうな、とハンナは失礼な感想を抱きながら、ガロアに話し掛けた。


「ガロア」

「なに」


 ガロアはかなり浮ついている様で、今にも跳ね出しそうだ。


「私は前にも縁を見て貰ったことがあるんだ」

「……騎士だから?」

「それもあるが、帝都には視える者も多いからな。そういう機会も多々ある」


 ハンナには二本の縁があるのだが、剣を発現してからその行方を視てもらってはいない。


 鞘を探そうと考えなしに帝都を飛び出した事を少しだけ後悔していた。縁の変化を見て、鞘の行方が分かっていたかも知れないと言うのに。


「……」

「あー、ガロア。そう期待しすぎても肩透かしになるぞ、と言いたかったのだ。無い者だって多い。それにあったとして会えるとも限らん」

「それは……知ってるけど」


 二人が会話を続けていると、教会の奥から慌ただしく村長が駆けて来た。


「司教様はこちらです!」


 早く来いと催促する村長にガロアは肩を竦める。


 そのまま、古びた教会を奥へ奥へと導かれるまま進めば、薄く透ける幕のかかった部屋に突き当たった。


 ガロアに作法など分からない。なので、参考にしようと隣を盗み見たが、ハンナは「そんなモノ知らん」とばかりに肩で幕をきって入っていった。


 呆れたガロアも後に続いて幕を潜れば、辺鄙な村には似つかわしくない高級な布切れ数人が二人を出迎える。


 中心にいる取り分け高級そうな女が、視線を落として座ったまま挨拶した。


「私が司教の――ッ!」


 二人を見て――というよりガロアを見て、中心に座した女性司教が息を呑んだ。


 彼女はすぐに平静を取り繕い、挨拶の続きを述べた。


「……司教のレリアです。小さい貴方、名前は?」


 名前を尋ねるレリアの目には、何か神々しい物を見つめるかの様な厳かな色が混じっていた。


「……ガロアです」

「貴方は初めてと聞きました」

「はい」

「ガロア、貴方は何れ大業をなす人物かもしれません。数え切れない程の縁が捻じれ、絡まり、四方八方へと伸びています。隣の彼女にも」


 それを聞いてハンナが大袈裟に反応する。


「ほう! もう一人の"縁者"はガロアだったか!」


 縁に恵まれる事は神に愛されるに等しい事だ。レリアから手放しに褒めそやされ、ガロアからは小さくない喜びが滲んでいた。


 そんなガロアがチラリと振り返り、その視線がハンナの目と一瞬だけ交わる。


 二人は同時に「あの時に感じた縁は確かだったようだ」と思った。


 この時まではガロアも有頂天だったのだが、レリアは続けて長々と説教を始めた。


 縁に恵まれた者の心構えがどうだとか、神に感謝しろだとか。ガロアも最初は喜んで聞いていたが、次第に表情が曇ってきた。


 仕方ない、とハンナは助け舟を出す。ハンナにも聞きたい事が有るのだ。


「ひとつふたつの縁では感じられないかもしれませんが、これ程の縁に恵まれれば――」

「あ~、司教様! 私の縁は今も二本ですか?」

「……ええ。一つはガロアに、もう一つは後方へと続いています」


 後方――帝都の方角である。もう一人の縁者の顔が頭に浮かんだが、それよりもだ。二本の縁に変わりはない。


 ――ならば!


 ハンナは服を捲り上げた。突発的な行動にお付きの布切れ共がざわめく。


「な、何を――!」

「これも、見て欲しいんだ」


 剣は大義を得たとばかりに、肉感と血潮をその剣身の半分まで隆起させる。


 これは時々開放してやらないと不随意に隆起するので、ハンナとしても良い機会であった。


 布切れ共がレリアを護るように立ち塞がり、隣のガロアが顔を顰めた。


「そ、それは……生きているのですか?」

「何故、そう思った?」


 剣に「生きているのか」と聞く人物は中々お目にかかれないだろう。


生命いのちをか、感じます。赤い。今迄に見た事もない程、"太く真赤な縁"が剣に絡みついています」


 ――縁! あるのだな! 縁が!


 ハンナの奥底から、歓喜が湧き上がる。


 ――やはり鞘は存在したのだ!


「どの方角だ!! 鞘は何処に有る!」

「ヒッ、そ、それを近付けないでください!」


 レリアは怯えたように仰け反る。ハンナも急いた事を悟り、自身を落ち着けた。


「……おお、すまん。それで、何処なんだ」

「……わかりません」

「何?」

「い、一本の太い縁が刀身に絡み付いているのが見えます。しかし、それは何処へも結び付いていないのです」

「なんだと……?」


 縁はあるというのに何処にも繋がっていない。ハンナはアレス教や縁に詳しくはないが、そんな話は聞いた事もなかった。


 司教は呼吸を整えながら護衛に合図し、一枚の紙を取り出させる。


「これは"奇縁"でしょう」

「奇縁?」


 またも、聞き覚えのない言葉だった。


「はい……。一司教である私の手に負えるモノではありません。紹介状をしたためますので、より高位のお方に視てもらうのが良いかと」

「いいのですか?」


 ハンナは少しばかり間の抜けた質問をしてしまう。だが、あの嫌悪と警戒は尋常なものではなかったのだ。


 レリアは文を綴りながら続ける。


「縁は視えるのです。ならば、これもアレス様のお導きなのでしょう」


 レリアは最後に懐から取り出した判を押し、私へと手渡した。


「貴方方に良縁があらんことを……」

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