箱の中の「金」(ジャンル:現代ドラマ)

箱の中の「金」

「ダメー! ボクのハコをこわさないでー!!」


 ――都内某所にある金崎かねざき家の屋敷で、異様な光景が繰り広げられていた。

 泣き叫ぶ男児を大人達が数人がかりで押さえつけ、彼の視線の先にある大きな「箱」を、電動ドリルやバールを手にした作業員風の男達が解体しようとしていたのだ。


「あの……本当にバラして良いんですか? 坊っちゃん、ああ言ってますけど」

「子供の戯言たわごとさ。どうぞ、さっさとやってくださいまし」


 作業員のリーダーらしき男が、年配の女性――金崎家長女の化野あだしのにお伺いを立てるが、化野の返事はにべもない。作業員達は、今も背後で「やめてー!」と泣き叫ぶ男の子の声に後ろ髪引かれる想いを抱きながらも、「箱」を解体し始めた。



 ――金崎家は、日本でも有数の資産を誇る富豪一族である。

 その長である金崎昭五郎しょうごろうが、先ごろ亡くなった。百歳近い、文字通りの大往生であった。


 当然、その莫大な遺産の相続が行われることになったのだが……問題は額の大きさだけではなかった。昭五郎には、正妻以外にも沢山のめかけがおり、それぞれに子供があったのだ。

 相続の権利を有する人間だけでも、おおよそ二十人。中には実子かどうか怪しい素性の者までいて、遺産の取り分を巡って喧々囂々けんけんごうごうの大騒ぎとなるのは必定であった。

 実際、一時は死人まで出るのではないかという揉めようだったという。


 それをまとめたのが、昭五郎の長女である化野だった。既に自身も高齢であるにもかかわらず、化野は相続人一人ひとりを訪ね、根気よくそれぞれの主張に耳を傾け、顧問弁護士と力を合わせ、見事に相続のあれこれを調整してみせたのだ。

 「女傑」と呼ぶにふさわしい八面六臂はちめんろっぴの活躍だった。


 そして本日、金崎本家の屋敷に関係者を集め、大宴会を開き一族の結束を固めようとしたのだが――そこで問題が起きた。

 宴会会場となっていた屋敷の大広間。その床の間に飾られていた「箱」が、その発端だった。


 その箱は、昭五郎が大切にしていたものだった。大きさは90サイズのダンボール程度で、基本は木製だが全体を鋼で補強してある、中々に頑丈な箱だ。

 しかもその錠前が特殊で、所謂「からくり錠」になっている。開け方を知らなければまず解錠出来ない複雑な仕組みで、それを知っているのは死んだ昭五郎本人と、彼が可愛がっていた末孫の陽太ようただけだった。


 箱自体に骨董的価値はない。また、昭五郎が生前に「箱は陽太に譲る」と語っていた為に、今回の相続の対象とはならなかったのだが――


「俺、小さい時に親父が『この箱には、金崎家の至宝であるきんが入っている』って言ってたの聞いたことあるぞ!」


 昭五郎の五男・伍代ごだい(三番目の愛人の子)が、宴会の席上でそんなことを言い出したのだ。


 その言葉を聞いた金崎の人々は、「俺も聞いたことあるぞ!」「化野さんはそれを知っていたのか」「きちんと確認すべきだった」「中身をあらためて遺産リストに加えるべきだ」と口々に主張し始めてしまった。

 再び一族が揉め始めるのを懸念した化野は、陽太に箱を開けるように頼んだのだが――


「やだ! おじいちゃんとボクのヒミツだもん!」


と、取り付く島もない。


 しかし、その陽太の言動が、一部の人々の感情に火を付けてしまった。

 相続人の中でも最も若い陽太の母親(九女・六番目の愛人の子)が、「子供を利用して遺産の一部を掠め取ろうとしているのではないか」と、槍玉に挙げられてしまったのだ。


 ――金崎家の結束を固める為の席で、これ以上の不和を生むわけにはいかない。

 そう考えた化野は、嫌がる陽太を押さえつけさせ、本家出入りの便利屋を呼んで箱を無理やりこじ開けることにしたのだった。


「もうすぐ開きますよ」


 便利屋のリーダーの言葉に、金崎家の人々が固唾をのむ。「箱」がようやく開こうとしていた。

 「箱」は大の男が持ち上げるのに苦労するほどの重量がある。もし中身が金塊や金細工の類だとしたら、単純な価値だけでもかなりのもののはずだ。

 だが――。


「あ、あれ?」


 からくり錠を破壊し、「箱」の蓋を開いた便利屋のリーダーが、呆気にとられたような声を上げた。周囲で見守っていた金崎家の人々も同様だ。

 ――「箱」は確かに開いた。しかし、その中身は……とんでもない「上げ底」だったのだ。

 箱の中の殆どは、赤茶けた鉄らしい金属で占められており、その上の方にささやかなスペースが空いているだけ。そしてそのわずかなスペースには、油紙に包まれた何かの紙の束があるのみだった。


「……なんだい、これは? 写真……?」


 呆気にとられる一族郎党を尻目に、化野が油紙の中身を見ると、それは写真の束であった。かなり古い、セピア色のものから最近のものと思しき写真まで、数枚が束ねてあった。


「ふむ……一番古いのは、これはあたしらのじーさんばーさんだね。小さい頃の父さんも写ってる。新しいのは……父さんが亡くなる前に撮った一族みんなで写ったやつだね。こいつぁ全部、家族写真だ! これのどこが『金』なんだい?」


 化野も、一族の大人たちも皆、狐につままれたような心持ちだった。

 だが――


「……いちばんふるいおしゃしんの、ウラ」


そんな大人たちに失望したような目を向けながら、陽太が呟いた。

 その言葉に、化野たちが最も古いであろう、祖父母が写った写真の裏を見ると、そこには――。


「『家族 みんな なかよく』……だって? ふむ、この達筆は、ばーさんの字だね」


 そこには、化野たちの祖母が書いたらしい「家族 みんな なかよく」という言葉があった。


「おじいちゃんいってた。おじいちゃんのおかあさんがかいた、そのことばがカネザキのおうちのたからものだって。『きんげん』だって……」

「きんげん……? ああ、『金言』ってことかい!」


 陽太の言葉に、化野が思わず膝を打つ。「金言」、即ち手本とすべき格言。昭五郎の言っていた「金崎家の至宝である金」とは、祖母の遺したこの言葉だった、ということらしい。

 そう言えば、昭五郎は母親――つまり化野たちの祖母を大層尊敬していた。その母親から贈られた言葉を「金言」として有難がっていても、おかしくはなかった。


「しかし、家族みんな仲良く、ねぇ……。父さんの生き方とは正反対の言葉さね」


 昭五郎は子供や孫たちには優しかったが、愛人の多さからも分かるようにろくでもない男だった。化野の母である正妻などは、昭五郎の無体な振る舞いからくる心労の為に、早逝してしまったほどだ。

 そんなだから、兄弟姉妹の仲はすこぶる悪い。母親が違えば、それこそ他人よりも冷たい関係でしか無い。


 昭五郎の死後、一族をまとめあげた化野にしたって、「家族仲良く」などと思って音頭をとったわけではない。ただ単に、骨肉の争いを続けて金崎の家が滅ぶような事態を避けたかっただけだ。


「……陽太。箱を壊してしまって、悪かったねぇ。こいつは、あんたが持っていてくんな」


 陽太に写真の束を手渡しつつ、化野はほんの少しだけ、父が何故自分たちに箱の中身を教えなかったのか、その気持ちが分かったような気がした。

 尊敬する母親の言葉を大事に思いながらも、それとは正反対の生き方をしてしまった昭五郎。彼のもとで育ち、家族同士の情愛などかえりみなくなっていた自分たち。


(今更「仲良く」ったって、そんなのは土台無理だからねぇ……)


 莫大な金銭と引き換えに自分たちが失ってしまったものに思いを馳せながら、化野は大きく一つ、ため息をついたのだった。



(了)

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