さわだの短編集
澤田慎梧
澤田の短編集
じゃのめでおむかえ(ジャンル:ホラー)
じゃのめでおむかえ
「あっめあっめふれふれ、かあさんが~、じゃのめでおむかえうれしいしいな~」
まーくんはいつものように、保育園でお母さんのお迎えを待っていました。
今日の天気は雨。雨の降るざあざあという音が大好きなまーくんは、お外で遊べなくても平気のへっちゃら、ご機嫌です。童謡「あめふり」を歌いながら、雨粒が地面を叩く様子を眺め、ニコニコしていました。
「まーくん~、お迎えがきたわよ~」
そうこうしている内に、先生がまーくんを呼ぶ声が聞こえました。どうやらお母さんがお迎えにきたようです。
まーくんは雨の音を聞くのも雨を眺めるのも大好きでしたが、お母さんのことはもっと大好きです。雨のことはすっかり頭から消えて、まーくんの頭の中は「おかあさん」でいっぱいになりました。
「おかーさーん!」
ドタドタと保育園の玄関に駆けつけると、自分の傘とまーくんの傘を持ったお母さんの姿が目に入りました。
優しく手を振るお母さんに、まーくんはそのまま突撃するかのように抱きつきます。お母さんは、そんなまーくんの頭を優しくなでてくれました。
「せんせー、さよーならー」
保育園の先生達にあいさつすると、まーくんはお気に入りの黄色い傘を広げて、お母さんと一緒に元気よく雨の中を歩き出しました。
傘とお揃いの黄色い長靴が雨に濡れた地面を踏む度に、バシャバシャと音を立てます。まーくんはその音も大好きでした。
『あっめあっめふれふれ、かあさんが~、じゃのめでおむかえうれしいしいな~』
今度はお母さんと一緒に「あめふり」を歌いながら、まーくんは雨の中を楽しそうに歩いていきます。
そこでふと、まーくんは今までなんとなく歌っていた「あめふり」の歌詞の意味が気になり始めました。
「ねぇ、おかあさん」
「なあに? まーくん」
「『じゃのめ』って、なあに?」
保育園に入ってから、まーくんは沢山の言葉を覚えました。でも「あめふり」に歌われている「じゃのめ」という言葉は、他では聞いたことがありません。
お母さんは、ちょっと意外そうな顔をしてからニッコリと笑って、まーくんの疑問に答え始めました。
「『じゃのめ』っていうのはね、まーくん。『蛇の眼』っていう意味なのよ?」
「ええ!? へびさんのおめめ!?」
お母さんの答えに、まーくんは混乱してしまいました。「おかあさんがへびさんのおめめでおむかえ」とは、一体どんな状況なんだろう? と。
「も、もしかして……おかあさんのおめめは、ほんとうはへびさんのおめめなの?」
まーくんは、ちょっと前にテレビで観た「妖怪!蛇女」という気持ち悪いアニメ思い出して、ちょっとだけ怖くなってしまいました。
蛇女は、普段はきれいな女の人。だけど一度正体を現すと、眼は蛇のように縦長の瞳孔を持ったそれに、口は尖った牙の生えた耳まで裂けたものに、そして舌は細長く先が二股に分かれたものに変化して、人間を頭から丸呑みにする化物になってしまうのです。
「じゃのめでおむかえ」とは、そんな恐ろしいことなのでは? まーくんは怖くなってしまいました。その後に「うれしいな」という歌詞が続くことを、すっかり忘れてしまっているようです。
そもそも、「あめふり」の歌の中のお母さんとまーくんのお母さんは、全くの別人なのに。
でも――。
「フッフッフ――」
「おかあさん……?」
なにやら、お母さんの様子が変です。傘を傾けて、まーくんからお母さんの顔が見えないようにしてから、不気味に笑い出しました。
「まーくん。そのことに気付かなければ、食べられずにすんだのに――」
「えっ……?」
お母さんの口から、今までに聞いたことがないようなしわがれた声が出ていました。まさか、まーくんのお母さんは本当に「蛇女」なのでしょうか……?
お母さんが、ゆっくりと傘を上げ始め――
「バァッ!!」
「きゃぁー!!」
大きな声を上げたので、まーくんもびっくりして大きな声で叫んでしまいました。
でも――傘の向こうから現れたのは、ちょっといたずらっ子みたいな顔をした、お母さんの笑顔でした。
「もう! びっくりさせないでよ、おかーさん!」
「あはは、ごめんね、まーくん。まーくんがあんまり怖がってるものだから、お母さんちょっとふざけちゃった」
お母さんは「てへっ」と舌を出しながらごまかしましたが、まーくんはからかわれたことでへそを曲げてしまいました。
でも、今日の晩御飯が大好物のハンバーグだとお母さんが告げると、いたずらのことはすっかり忘れてしまったのかはしゃぎだし、また仲良く「あめふり」を歌いながらおうちに帰ったのでした。
ちなみに、お母さんが後で教えてくれましたが、「じゃのめ」というのは、まんまるのお目々みたいな模様が描かれた昔の傘のことだそうです。
まーくんは「へびさんのおめめはまんまるじゃないよ?」と思いましたが、お母さんが「昼間に動き回る蛇さんのお目々はまんまるで、夜に動き回る蛇さんのお目々は縦長なのよ」と教えてくれました。
「おかあさんはやっぱりものしりだなぁ。ぼくもはやく、おかあさんみたいなおとなになりたいな」と思うまーくんでした。
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