出立

 俺とマイラは宿舎の外で驚きの光景を見る。

 それは、街灯に照らされて、何十人もの人が集まっていたのだ。一番前には中佐、クルスク、エヴァ、候補生たちが並ぶ。彼女たちは全員、軍帽を被り、制服をまとっていた。その後ろには、訓練教官、施設職員。保養区のチャイカ女性店員さんの姿もあった。見渡せば、直接口を聞いたことのない人もいる。

 中枢区、居住区、保養区隔たりなく、星への始発駅の住人たちが集合していた。「中佐、これは一体……」

 俺は中佐に尋ねた。

「私の呼びかけに、みなが集まってくれたのだ。君たちを見送るために」

 中佐は両手を広げて教えてくれた。

「――」

 俺は感激する。こんな朝早くから集まってくれた人々の想いに。

「全員が君たちと挨拶したいそうだが、あいにく、時間が無い。なので、候補生諸君と言葉を交わしてくれないか」

「はい、もちろんです」

「うんっ」

 

 俺とマイラは候補生一人一人と言葉を交わした。みな、無事を祈り、固く手を握る。マイラは女性候補生からぎゅっと抱かれて、頭をなでられていた。

 残すのは、クルスクとエヴァ。

 先にクルスクが俺とマイラに近づく。

「これをお前に預ける。親父に昔買ってもらった……だ」

 彼が俺に預けた宝物は、手のひらに収まるレシプロ飛行機の玩具だった。

「これを持って飛べば、必ず帰ってこれる。今まで、どんな過酷な訓練でも、俺を護ってくれた」

「ありがとう、そんな大切な物を。絶対に戻ってくるよ。君とエレーナさんの式にも出たいからね」

「……これは一本取られたな。マイラ、エレーナから君へと預かりものがあるのだ。受け取って欲しい」

 クルスクは次に、マイラに小箱を送る。

 受け取ったマイラはさっそく中を開けた。

「あ、ティアラ。すごく素敵……」

 箱の中身は、白銀のティアラだった。

「エレーナが昔、使っていたものだ。君が好きだという白鳥の姫を演じる時にね」

「そんな大切なもの……わたし、これを着けて、ぜったいにまたえれーなとおどる」

 マイラはティアラをぎゅっと抱える。

 候補生の最後は、エヴァだった。

「……」

 彼女は何も喋らず、俺たちをじっと見つめる。

 少しの間、黙っていた後、俺とマイラに抱き着いた。

「……マイラちゃん、先輩、二人とも、大好きです。だから、帰ってきて」

 絞り出すように言葉を告げる。

「絶対に帰るよ。君との約束は、二度と破らない」

「……うん。わたしもえばのこと、だいすき。えばを悲しませたくないから、まるすと一緒に帰るね」

「……ふふ、本当にお似合いのお二人ですね。じゃあ、私からも贈りものです」

 エヴァは体を離して、自分の首から下げたロザリオを外す。次に、背伸びして俺の首に繋げてくれる。

「これは、元々お祖母様から譲り受けたものです。お祖母様はそのお母様から……代々受け継がれた想いが、きっと護ってくれます」

「このロザリオには、君のご先祖の想いが……」

 エヴァの祖母、アンナさんの顔を思い浮かべる。

 彼女は既に体調を戻し、元気にしているそうだ。今はエヴァとの関係も良好で、よく手紙を交わしていると聞いた。

「だったら、なおさら俺たちは戻ってきて、ロザリオを君に返さないといけない。君がいつか自分の子に渡すためにも」

「……はい」

 候補生たちとの挨拶は済んだ。

 これでもう出発しないといけないのかと一抹の寂しさを俺は感じた。その時、中佐が俺に近づく。

「マルス、私の元に寄りなさい」

「あ――はい」

 その呼びかけの意味に一瞬戸惑ったが、彼女の顔を見てすぐに返事をする。

「必ず、戻ってくるのよ。これは共和国空軍中佐ではなく、リーリヤとしてのお願いです」

 リーリヤさんは手を伸ばし、俺の頭をなでてくれた。

「私、あなたのことを息子か弟のように思っていた。前者の場合なら、戦死したあの人ニコライとの間に生まれた子が成長した姿を。後者では、兄のような存在だったユーリさんの代わりになれるように」

 なでていた手は俺のほおにうつり、彼女はほほえむ。

「俺も、もし母が生きていたなら、きっとあなたと同じことをしてくれたと思います。それに、リーリヤさんみたいな人が姉さんだったら、本当に良かった……」

 優しさと厳しさを合わせた存在、それが母なのだと思う。リーリヤさんはそれを含めて、父の代わりにもなろうとしてくれた。

 彼女が導いてくれなければ、俺は途中で夢を諦めていただろう。

「りーりや、おいしいぶりぬい、ありがとう。わたしもいつか同じように上手くなりたいから、教えてね」

 マイラはリーリヤさんに体をすり寄せて、お願いした。

「今は、あなたの言っていることがすごくわかるわ。ええ、あなたなら私よりずっと上手に作れるようになります」

 リーリヤさんはそれに応えるようにマイラの頭をなでる。


 候補生、リーリヤ中佐との挨拶は終わり、俺たちの出立の時は迫った。

 リーリヤ中佐たちは再び整列して、姿勢を正している。

「全員、敬礼!」

 中佐が呼びかけると、集まった全員が俺とマイラに向かって敬礼をした。

「我々は知っている。たとえ記録に残らなくとも、人々の記憶に残らなくとも、最高の飛行士が誰であるかを!」

「――みなさん……本当にありがとうございます!」

 彼女たちの最高の送迎に、俺は頭をふかく、ふかく下げた。同時に、涙がとめどもなくあふれた。

 俺はこの町でも、最高の師、友、仲間たちに出会えた。

「みんな、ありがとう! だいすき! わたしたち、みんながいるこの町に、ぜったいに帰ってくるから!」

「えっ? 今、マイラちゃんの姿が……」「白髪の女の子?」「俺も聞こえた。ありがとうって」

 マイラのお礼に、集まった人々は驚きをもって反応する。

 俺とマイラは、互いの顔を見てにこりと笑った。

 コスモナウト。それは選ばれた者のみの呼称ではない。全ての人々に、その可能性はあるのだ。

 

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