成長
一九六〇年一〇月中旬。共和国、星への始発駅。
イワンとの訓練飛行の翌日に、俺はパラシュート降下訓練に挑んだ。その結果、教官の求める基準、高度七〇〇〇メートルからのパラシュート降下に成功した。これは俺一人の力じゃない。イワン、中佐、エヴァ、クルスク、他の候補生、それに、マイラのおかげでもあった。
訓練後、俺はマイラに礼を言う。それまでおざなりにしていた詫びも含めて。
「マイラ、ありがとう。君が中佐を呼んで俺を停めてくれなかったら、最悪の結果になっていたと思う」
「ううん、わたしが停めなくても、まるすはそんなことはしなかったよ。信じてたから」
マイラは謙虚なことを言ってくれた。
「君は、俺以上に俺のことを分かっているんだね。……ごめん、最近、君のことを相手にしなくて。君のおかげで俺はここまで成長できたのに。何様って感じだよな」
「それを言うなら、わたしもね……実は、まるすがえばと仲が良くなって、しっとしていたんだと思うの。二人が楽しそうにしていると、胸がきゅう~って締め付けられる感じがして」
「……嫉妬、かあ。マイラも成長しているんだな。別におかしいことじゃないよ。それは、人間として当たり前の感情なんだ。……何だか光栄だな。君に嫉妬してもらえるなんて」
「人間として当たり前……わたし、人間だって言っていいのかな……きゃっ?」
俺は彼女を抱き上げ、顔を近づける。
久しぶりに顔をよく見れば、初めて会った時よりもきれいだと思った。
単純な美しさのみならず、人間的魅力が上がったと、感じたのだ。
「もちろんさ。君は俺が思う限り、最高にかわいい女の子の一人だよ」
だけじゃない。たった数日離れただけで身に染みた。マイラは、俺にとって欠かせない存在なのだと。
「……か、カワイイ? ……そうなんだぁ。でも、そういうこと、他の女の子にも言ってたら……めっ、だからね」
俺の言うことにはじめ頬を赤らめ、次にぷぅと膨らませるマイラ。
本当に彼女は成長した。初めてあった時は、人外のようだと思ったのに。
一つの課題に合格しても、訓練に終わりは無い。学ぶべき事、備えるべき事は山積みなのだ。宇宙に人を送る。人類史上初の試みに、候補生だけでなく、教官や職員たちも全力で以って取り組む。星への始発駅は、その日が近づくにつれ、町全体が緊張と熱気を合わせた雰囲気になっていく。
並行して、軍、政府のお偉方と思われる人物が町に頻繁に訪れていた。彼らは訓練を見学して、候補生たちを観察、悪く捉えれば値踏みしている。……ように俺は思えた。俺たち候補生の目下の目標は、自分が一番に飛宙士に選ばれること。その一方で、上層部は広大な視野で有人飛行計画を遂行するのだろう。競争相手、アトラスの動向に神経を尖らせて。あそこはこの国と違い、情報を公にしていたのだ。
そのニュース映像を、俺たちは宿舎の懇談室で眺めていた。
「まるで、ハリウッドの映画スターだな。私生活まで公にされて、俺には耐えられん」
と、クルスクは皮肉を込めて言った。
その通り。アトラスの候補生――
「同感です。経歴まで明らかにされて、家族に迷惑がかかるのは嫌ですから」
エヴァはその事を想像してか、口をぐっと噛んだ。
この国の重苦しい秘密主義も、人によっては感謝すべきことであった。
二人の意見に、他の候補生もおおむね同意する。
「……いつか、彼らとも宇宙で出会えるのかな」
「マルス?」
俺の漏らした言葉に、みながぎょっとした。
「あ、いや、勿論、宇宙に初めて行くのは俺たちさ。でも、いつか彼らも宇宙に行く。地上に国境はあっても、宇宙には何も無い。将来、宇宙に行くのが当たり前になった時、いつまでも国の違いに拘っていいのかなって」
俺の意見に、ほとんどの者は何を言っているんだ? と呆れていた。イワンは口に指を立て、それ以上は喋らないほうが良いと知らせる。
テレビ映像は次のニュース、現在行われている大統領選挙に話題を移していた。
アトラスは、複数の州が集まって成る連合国家である。その国家元首である大統領を、国民から直接選出するのだ。
対するソフィエス最高権力者、第一書記長の選出には、共和国民は一切関わらない。最高意志決定機関、中央委員会で最も力を持つ者が成り上がる。現在、その座に着くのは、クハルチョク。と、俺が知っているのはその程度だった。しょせん、一国民には
『……彼が選ばれれば、歴代で最も若い大統領が誕生します。これはソフィエス共和国の第一書記とは対照的ですね。一般に、政治家は若い時に柔軟で、老いとともに強硬になると言われます。それが二人に当てはまるのかここで明言は避けましょう。ともあれ、彼らの舵取りで、二大国だけでなく、今後の世界情勢にも大きな影響を……』
アトラス星集連合国大統領と、ソフィエス共和国連邦第一書記。
俺にとってはどちらも雲上人だが、両国の有人飛行計画最高責任者は、彼らだ。そんな人物の采配で、計画の実行がいつ決まるのかは確かだった。
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