蒼い炎 ―イワン восемь―

 人の営みに何が起きても、変わらず陽は暮れ、星は瞬き、また日は昇る。

 それが良ことなのか、悪いことなのか、受け止める者の心次第。

 ……と、父さんが言っていた気がする。

 その通り、時が停まったかのような衝撃を受けても、日付は変わっていた。

 中佐の示した期限まで残り三日。

 だが、今の俺にとって、そんなことはどうでもよかった。

 ベッドで、生きる屍となった俺には。

 昨日、イワンと話をしてから、これまでの記憶が無かった。どうやって部屋に戻り、今まで何をしていたのかを。気づけばベッドに体を預け、ただ、天井を眺めていた。

 今の俺に、飲食、睡眠、排泄、人としての欲求、生理現象は起きなかった。

 それに、憎い、悔しい、許せないといった今、湧き起こらなければならない感情も。

 ――ああ、分かった。これが諦め。絶望を越えた先にある人としての終着点なのだ。

 では、諦めたその先に待っているものは……

「ベロウソフ、既に講義は始まっている。何故出てこない。みなが心配していたぞ」

 ドアの向こうから聞こえてくるのは、中佐の声だった。

「…………中佐は、イワンが父さんを殺したと知っていたのですか」

 はじめ、彼女を無視しようとしたが、気力のカスを集めて尋ねた。

「……ああ。ベロウソフ飛行士は新型機実験中、飛行機が暴走、イワンに撃墜された」

 彼女は、答えた。以前の約束を果たしてくれたのだ。

「……分かりました」

 その答えで、俺の中に二つの事実が確定した。

 父さんを殺したのは、イワン。中佐はそれを知りながら、黙っていた。


 あくる日、俺はひとつの決意を持って起き上がる。胸に秘めた想いが、体を動かした。

 朝七時三〇分の食堂では、ほとんどの候補生が朝食を摂っている。食器を持ち、一日振りに顔を見せた俺に候補生たちは複雑な表情を見せた。

「……あ、ベロウソフ、おはよう」

 彼、彼女たちの反応は大抵はそんなもの。俺を見て一瞬あっとして、遠慮がちに挨拶をする。

「おはよう」 

 俺は返事をそつなくこなし、目的の人物を捜した。

 彼は……いた。

 俺は彼の視線に入らぬよう、背後側の机、椅子に着く。

「イワン、ベロウソフの体調は戻ったようだね。最近、彼は調子が悪かったようだし、もしかしてこのまま……と思ったが、姿を見せて何よりだ」

 俺に気づいた前机の候補生は向かいの人物……イワンに小声で話かけた。

「ああ、そう。最近、自分の事で精一杯だったから、気にも留めなかったよ」

 イワンは素っ気のない返事だった。後ろも見ずに。

「そ、そうだ、イワン、明日訓練機に乗るんだろう? 申請は済ませたかい」

「もちろん。仕方ないとはいえ、候補生になると飛行機に搭乗出来る回数が減るのは残念だね。でも、明日は中佐が同乗してくれるんだ。嫌でも気合いが入るよ」

 今の会話に、俺の耳がぴくりと反応した。

 何という幸運か。二人は俺が今、最も欲しかった情報を話してくれたのだ。

 飛行士はその資格を維持するため、年間最低飛行時間が定められている。候補生たちも例外ではない。なので、彼らは順番に訓練機を使用しているのだ。

 明日、イワンと中佐は訓練機に搭乗する。

 ……決行は今夜だ。

 俺はフォークをサラダのトマトに刺し、胸の内で蒼い炎を灯した。

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