白色の巨槍 ―イワン два―

 翌朝、俺たちはバスに乗り、首都北東にある工業施設に向かう。無論、その場所も地図には載らず、一般人は立ち入り禁止。名称は第一試作設計局。ロケット、宇宙船の設計開発担当部署である。局長はСスィ教授。俺が初めてマイラと出会った翌日、連れて来られたオフィスもそこにあった。

 バスは始発駅に入所する時と同じく複雑な行程を踏む。厳重なゲートの通過後、局内でも一番巨大な工場の前に停まった。看板には『主要建造地区』。停車後、候補生たちは座席から立ち、バスを降りる。

 俺とマイラがバスのステップから降りた瞬間、白衣の職員が声をかけた。

「ベロウソフ候補生、マイラはこちらになります」

 彼はマイラが俺たちとは別行動であることを指示した。

「分かりました。マイラ、後で」

「……うん」

 少し寂しそうな表情をして、マイラは職員と一緒に離れて行く。

 彼女の見せた表情に引っかかるものを感じたが、俺はすぐに気持ちを切り替えた。

 今は、彼女よりもロケットに会えることが楽しみでしかたなかったから。

 俺たちは案内人に先導され、場内を歩く。中は大勢の研究者、作業員がせわしく動き回っていた。あちこちから機械の激しい作業音が聞こえる。俺は一歩進む度、心臓の鼓動が早まり、抑えるのに一苦労した。案内人の歩みが遅いのが気になって、足を速め、先頭に飛び出す。

「ベロウソフ候補生、慌てなくてもロケットは逃げませんよ」

 案内人は俺をたしなめた。

「あ、ああ、そうだね……」

 彼の言葉にはっとして、一瞬、足を停めた。

 そんなやりとりに、他の候補生からは「はは」と、微笑が漏れた。

 行進が再開されて少し後、案内人は停まる。

「この中にあなた方が望むものがあります、どうぞ」

 彼は俺たちを吹き抜けの空間に誘った。

 中の広さは、巨大船が丸ごと収まるほど。

 船の代わりに、造られているのは――

「あ、あ……」

 それを目の当たりにして、俺のみならず、みなも驚嘆の声を出す。

 例えるなら、白色の巨槍。長さ三〇メートルにも及ぶ白亜の物体が横たえていたのだ。

 神話に登場する神が扱うような巨槍の底部には、現代人の技術、エンジンが取りつけられている。

 その、神具と現代技術の融合たる御姿に俺は……

「……なんて、美しいんだ……」

 ひざまずき、両手を組み、頭を垂れていた。

 古代、神を見たという宗教者も今の俺と同じ気持ちだったのだろう。

 ただ、高く、速く、上を目指す。その目的のために余分なものを排除し、磨き上げられた存在――ロケット。

 古来、声を聞いた者たちにより導き出された答えが、これなのだ。

「……マルス、急にどうしたんだい?」

 呼びかけられ、見れば、イワンが唖然としている。他のみなも同じ顔をしていた。

「……だって、これを見て何も想わないわけがないだろう? 神の座する場に挑もうとする俺にふさわしい翼なんだから」

「俺?」

 その発言に、周囲はざわざわとする。どうにも、俺と彼らの間には温度差があるようだ。

「私の子どもを見て、そんな反応をしてくれるとは。見に来てもらった甲斐があるものだよ」

 背後から、覚えのある声が聞こえてくる。

Сスィ教授!」

 候補生全員は出入り口に向き直し、直立して彼を迎えた。

 俺は立ち上がり、彼を憧憬の目で見る。数か月ぶりに再開する俺の恩人を。

「久しぶりだね、雛鳥たちよ。私の子ども、M4はいかがかな」

 ロケットを我が子と呼ぶのは産みの親、С教授。彼はゆっくりと歩きながらロケットに近づく。

「今は組み立て途中だが、完成形ではこの初段ロケットに四本の補助ブースターがつく。それぞれにエンジンが四基備えられ、計二〇基。更には補助エンジンが一二基だ。その数で燃料を一気に放出すると音が凄い。耳の間近でオーケストラを聴くようなもの。だが、一度体験すれば君たちも病みつきになるぞ。全く、ただ高く飛ぶためだけにこんな馬鹿げたものを作り出してしまうなんて、我ながら呆れるものだ。人類史に残る偉業……いや、愚行かもしれんな。ふはは」

 話すうち、次第に興奮が抑えられず語りが熱っぽくなり、終いには笑いだした。

「……」

 そんな彼に候補生たちは圧倒される。

 俺は、大好きな玩具を自慢する子どものような教授に共感を覚えていた。

 やはり、彼もコスモナウト。

「教授、このロケットで人工衛星を飛行させたのですか?」

 と、質問するのはクルスク。

「その通りだ。チュラタヌール基地より発射させたよ。当時、あそこは一面何も無いところでね、テントにさそりが入り込むのだから、おちおち寝れやしなかった」

 教授の答えに、みなから「おお……」というざわめきが起こる。

 クルスクの質問を皮切りに、他の候補生も矢継ぎ早に質問を飛ばした。

 みな、純粋な好奇心に加え、この場で計画の最重要人物の一人である教授にアピールしようとしているのだ。

 俺、私こそが一番に、と。

 みなの問いに教授は一つ一つ丁寧に答える。候補生一九人から質問がなされ、最後にイワン。

「教授、我々はいつこのロケットで宇宙に行けるのでしょうか?」

「ふむ……それに関して私はまだ答えることが出来ない。有人飛行は私の一存だけでは決められず、様々な要素が複雑に絡んでいるからだ」

 ロケット開発の責任者でも即決は出来ない。この計画は純粋な夢を追い求めるものではなく、国家の威信をかけた戦略だということを証明していた。

「教授はどのような人物が初めての飛宙士にふさわしいとお思いですか?」

 俺は思い切って尋ねる。

 その質問に教授は沈黙してしまった。彼が口を閉ざすと、俺たちも同様に。

「……全てを受け入れる者だ。あそこに初めて行く者は、個という概念を捨て、全に成れる者」

 沈黙後の答えは、まるで哲学。

 俺も含め全員がその意味を掴めないでいる。

「その時が来れば分かる。さて、次は宇宙船だが」

「宇宙船?」

 さらに心がときめく単語に、俺の耳は敏感に反応する。

 しかし、「教授!」と、白衣の技術者が彼の元に走り、何事かを耳打ちした。

「……何? ……そうか、分かった」

 教授は話を聞くと残念そうな顔になる。

「みな、今日はこれまでだ。宇宙船は都合で見学不可能となった」

「えっ?」

 突然の中止に、俺たちは驚き、困惑した。

 ざわつくロケット建造地に、

「ニコラエヴナ!」

 新たな人物が怒声とともに乱入した。

 彼は教授に接近し、いきなり相手の襟を掴んだ。

「貴様のお気に入りは、また機嫌を損ねたぞ! これで何度目だ? だから俺はあんなものに頼るのは間違いだと言っているのだ。このままでは、いつになっても有人飛行は成功しない!」

 局長である教授に対等以上に喋るどころか、叱責さえしている。

 歳は同じくらいだが、彼のほうが頭の白髪は多く、ほおもこけ、神経質そうな顔をしていた。

「……フルシェコ。今は候補生たちがいる。その話は後でしよう」

「はっ、何を今更……」

 フルシェコと呼ばれた人物は未だに教授の襟から手を離さない。

 俺はそんな彼の非紳士的な態度、何より教授への侮辱に怒りが湧いていた。

 その眼差しに気がついたのか、フルシェコは教授から手を離し、今度は俺を睨む。

「……お前、たかが候補生の分際で俺に向けるその目は何だ? 俺が誰か分かっていないようだな。これだから……ああ、その赤髪、お前が当て馬か」

 奴の俺を見る目が変わった。その目はまるでそこいらの雑草を見るかのように。

「当て馬?」

「フルシェコ、それ以上はよせ」

 教授の声には、怒りが含まれていた。俺は彼のそんな感情を初めて知る。

 フルシェコもはっとし、教授に向き直す。

「……ふん。今回の件、しかるべき人物に報告させてもらう。……全く、俺の方法なら……」

 冷静になった彼は髪を撫で、ぶつぶつと文句を言いながら場を去った。

 雷のように現れ、嵐のように去った珍客に、一堂は唖然とする。

 機械の音さえ停まった静寂のなか、教授が襟を正し、こほんと咳をして。

「みな、身内の諍いを見せてすまなかった。では、今度こそ――……うっ? あ……ぐ――」

 話の途中、彼は胸を押さえ、苦しそうに唸り、そのまま倒れてしまった。

「教授!?」

 俺は真っ先に教授の元に走る。

 彼を起こし、何度呼びかけても、目を覚ますことはなかった。



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