挿話、ある二人の再会

 一九六〇年八月末。ロジィナ。病院の一室。

 マルスが去り、医師タチアナは患者アンナと向かい合った。

「久しぶりですね、エリザヴェタ」

 タチアナは患者をアンナでなく、親しみと敬意を込めて別の名で呼ぶ。

「今、私をその名で呼ぶということは、あなたも……祈祷師殿とお呼びしましょうか。五〇年振りで、性別も変わっているとは……不死身という話もホラではなかったようです」

「あなたこそ、この激動の五〇年、前は温室育ちのお嬢様がよくぞ生き延びられた。しかも、孫娘殿がおられ、共和国の空軍飛行士になるとは……運命とは皮肉なものです」

「エヴァを計画に推薦したのは、あなた?」

「その通り。あの子の出自に気づいた者もいますが、その辺りは私が諭しておきました」

「諭す……お得意の愛、ですか。今度は何をするつもり? あなたは、時代の変革を常に最前席で見ていましたからね」

「ええ。近々、この国のみならず、世界に変化が起きようとしています。それを成すのは、コスモナウト。この星に遥か昔より存在し、生命を進歩させた者たち。彼、彼女たちの宿願を果たす者。それは、鍵と接触したあの子か、もしくは……。ああ、そうだ。エヴァちゃんが宇宙に行くまで生きられるよう、貴女の寿命を延ばしてあげましょうか?」

「結構です。私は天寿を全うするまでですから。……ただ、あの日助けてくれたおかげで、愛する人と子をつくり、孫が抱け、かけがえのない時が過ごせた。それは感謝しましょう。だから、二度と私の前に現れないで」

「分かったよ、アンナ。旧い友人の娘よ。君の余生に、幸あらんことを」

 タチアナが別れを告げると、すぅと風が吹き、病室から姿を消す。

 後に残るのは、アンナと風に揺れる窓のカーテンだけだった。


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