家族 ―エヴァ・クズネフォワ―

 翌日、俺たちは再度病院へ。部屋に入ってすぐ、エヴァはアンナさんに告げた。

「お祖母様、私、戻ります。ご迷惑をおかけして、申し訳ありません」

「……そうですか。しっかりと自分の成すべきことを果たしなさい。前に進むのですよ」

「――はい」

 祖母と孫は簡単な会話で別れを済ませた。

 俺はもう何も言えない。二人の間に、他人が割り込む余地などないのだ。

「では、帰りの支度がありますので、私たちはこれで……」

「……いえ、もう少しだけ。そこの、あなたとお話があります」

 アンナさんは俺を見る。

「え? は、はい」

 指示通り他の者は去り、病室には俺とアンナさんだけに。

「あの、俺に何か……」

「エヴァのことを本当に愛しているのなら、相応の覚悟が必要です。あなたにそれが?」

「……ごめんなさい。恋人というのは嘘です。でも、大切な人だと分かりました」

 アンナさんの鋭い質問に、俺は今の気持ちを正直に告白した。

「……なるほど」

 アンナさんは息をふぅと吐き、窓の外を見た。

「……少し昔話をしましょう。この国がかつてロシュフェルト皇国といわれた時代です。その国、最後の皇帝には、一男四女、計5人の子どもがいました。妻も合わせて7人は仲睦まじく、戦争、革命が起きても家族はずっと一緒だと思っていたのです」

 思っていた? 彼女はまるで自分のことのように話す。

「でも、皇帝一家は革命軍に捕らえられ……」

 全員処刑された。あれほど優雅を誇った一家の最期は、銃殺だ。幼い皇子さえ、惨たらしく。

「……ええ。ですが、仮のお話をしましょう。もし、一族の誰かが、その者が子を産み、孫がいたら……」

「――え。まさか……」

 アンナさんが亡命したのは革命前後。その孫娘であるエヴァが共和国の空軍飛行士になり、有名になってしまったら……。

 パズルのピースが合致したような感覚が俺の頭に閃き、ごくりと唾を飲む。

「ほほほ、老人の戯言に付き合ってくれるなんて、あなたもユーモアのある方ね。エヴァも一度、騙されたものですよ。一時期、そんな空想小説にのめり込んでいましたから」

 が、アンナさんはけらけらと笑う。

「な……」

「冗談はさておき、あの子の母親は旧帝国人。そんな子がこの国で栄えある道に進めるとは思えません。それに、根はとても優しい子。だから、私は止めさせようとした。なのに……」

「そんなことありません。彼女は実力で掴み取りますよ。誰よりも努力家で、才能がありますから」

「ふふ、真顔でそんなことが言えるなんて、前から聞いた通りの方ね、マルスさん」

 アンナさんは俺に頭を下げた。

「改めて、孫のエヴァをよろしくお願い致しますわ。あの子は常に気を張り、自分を大きく見せようとしているのです。でも、あなたが側にいると、昔の素直なエヴァに戻っていました。本当に信頼しているのね」

「……いえ、俺も彼女には助けられています。どっちが先輩なのか分からないくらいに」

 俺も頭を下げる。

「でも、まだ本命ではないのね。もしかしたら、別の方と既に……。それなら、孫を悲しませる前に、はっきりさせておきましょうか」

「な、何を言っているんですか……ハハ。そ、それはそうと、俺、エヴァが羨ましいです。貴女みたいな素敵な人が家族にいて。それに、両親だって、まだ……俺には、もう……」

「エヴァから聞いています。あなたのお義父様はお亡くなりになられたのね。それに、実の御両親も分からない。……私が思うに、あなたは純粋な共和国人ではないのでしょう」

「なぜ、それを?」

「その赤い髪。私は覚えがあります。かつて存在した少数民族の特徴に」

「かつて、存在した? じゃあ、今は」

「その者たちは、」

 アンナさんの話の途中、ドアが勢いよく開かれる。

「マルス君、そろそろアンナさんの診察の時間だ。医者以外は出てもらうよ~」

 邪魔をしたのはタチアナだ。彼女はこちらの都合などお構いなしに指示をする。

「……何だよ、もう。まだ話が……いや、結構です。俺の家族は父さん。それでいいんです」

「そうですか……」

 俺はアンナさんに別れを告げ、病室を出る。

 家族。俺には拾ってくれた神父、シスター、それに父さんがいた。俺を産んだ人がいても、いなくても、関係無い。知ってどうということも無いのだから。


 俺たちは病院を出た後、帰りの準備を済ませ、駅に向かう。その途中、エヴァが病院の前を通りたいという提案をしたので、俺はもちろん了承した。

 院の前を通りかかった時、丁度タチアナが俺たちを待っていた。

「駅で待っているんじゃなかったの?」

「いや、何となくキミたちがここに来ると思ってね」

 タチアナは相変わらず勘が良い。

「えば、見て」

 マイラが何かを見つけたのか、院の玄関を指さす。

「え……あ、」

 そこには、アンナさんが自分の足で気丈に立っていた。

「お祖母ちゃん、私、がんばるね……」

 エヴァは肩を震わせながら告げる。

 家族。どうして俺にはいないのだろう。今はほんの少しだけ、寂しかった。

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