ソーダ水の泡とダイアゴナルラン

宮国 克行(みやくに かつゆき)

第1話 フィールドとバックスタンド

「〝オー!オー!俺たちの〟」


 周りは、先ほどから応援歌が響いていた。その歌声に合わせて飛び跳ねながら原色のタオルを振り回している。わたしもその中にいる。いるが、ひとり静かにソーダ水を飲んでいた。


 なかなか派手な色合いのユニフォームを周りの飛び跳ねている人達同様に着ていた。ユニフォームには、大学の名がご丁寧に漢字で印刷されている。ユニフォームの色遣い同様に微妙な風合いを感じさせるが、自分が通っている学校であるというフィルターがかかって、ぎりぎりオッケーだと自分に言い聞かせていた。


 目の前、手が届きそうな距離にゴールポストが置いてある。その前に、これまた派手なユニフォームを着た選手が立っている。ゴールキーパーというポジションの人らしい。ゲーム中、唯一手を使って良い人みたいだ。そのゴールキーパーの先には、フィールドプレイヤーたちがボールを追ってしゃかりきに走り回っている。


 チラリと隣を見る。友人の明奈が飛び跳ねてタオルを振り回していた。楽しそうだ。話しかけようとしたが、邪魔したら悪いと思ってやめた。


 サッカー観戦に誘ってくれたのは、明奈だ。


 大声出してストレス発散になるし、楽しいよ、との誘いに乗った。うちの大学のサッカー部が強いのか弱いのかさえ、いや、そもそもサッカーのルール自体あやふやだ。


 ボールを手を使わずにゴールに入れればいいのよ、と笑って言ってた明奈は、本当に大声を出して応援歌を歌い、楽しそうだ。


「ああっ!」と悲鳴が響く。ロングパスが通って、こちらのゴール前に選手たちが殺到している。


 肉体同士がぶつかり合う鈍い音が聞こえる。何とか、我が大学チームの選手がボールを遠くへ蹴る。そのボールを相手チームの選手に拾われる。横にボールを出されて、斜めからまたロングパスをゴール前に出された。選手同士がジャンプして激しくぶつかり合う。数人の選手がもつれ合う。相手の選手に当たったボールが放物線を描きながらゴールへ。それをゴールキーパーが掻き出すようにボールをはじく。ここまでわずかの時間のうちに起こった出来事だ。


「ふーっ!」


 大きく息を吐きだした。いつの間にか息を止めて見入っていたようだった。


「ねっ!楽しいでしょ?」


 笑顔の明奈がそう言ってきた。わたしはうなずいた。


「ああっ!また……」


 明奈と他の人たちの悲鳴でフィールドに視線を移す。


 うちの大学のチームがまたピンチだ。


 懸命に体をなげうってゴールを守る選手たち。


 どうやら、我が大学チームはかなり押されているようだ。実力的にも相手が上のような気がする。


 ハーフタイムを過ぎて、両チームの陣地が変わる。わたしたちがいるバックスタンド側は、相手チームのゴールキーパーが守っている。つまり、こちら側に向かって、応援しているチームが攻めてくるわけだ。


 中央付近で競り合いの末、我が大学チームがサイドにボールを運ぶ。そのまま、ドリブルをしてボールを中に蹴りこむ。ジャンプして競り合う。ボールがタッチラインを割る。


 コーナーにボールをセットして、素早く中に蹴りこむ。


 これもまた相手チームにクリアされる。


 しかし、そのボールを拾ったのは我がチームだ。


 素早くボールをつなぎ、ゴールに迫る。


 一瞬だった。


 怒号にも似た音が全体に響き渡った。


「ナイスゴール!」


 誰かが叫んだ。


 周りの人たちが飛び跳ねて喜ぶ。


 わたしは、呆然とその場に座っていた。


 なぜなら、ちょうどソーダ水を飲もうとカップを傾けた途中だったから。


 透明なカップに浮かんでくる炭酸の泡。


 その中を斜めに走りこんでヘディングシュートを決めた選手と目が合った。気がした。


 何かが私の心を強く揺さぶった。


 その光景は、長く私の心に残っていくだろうと確信した。

  


                       了




 



 

 


 

 

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ソーダ水の泡とダイアゴナルラン 宮国 克行(みやくに かつゆき) @tokinao-asumi

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