引きニートが仮想化された世界で勇者するそうです。
レオポン♂
第1話
「ようこそ、試される世界『グローリーエイジAR』へ!
このゲームは前作で世界的大ヒットオンラインゲーム、『グローリーエイジ・オンライン』の美しい世界を、最新のAR技術を駆使して現実の世界に完全再現した次世代ARゲームです!
今日は前作である『グローリーエイジ・オンライン』の特徴をおさらいしつつ、今作の『グローリーエイジAR』の魅力をご紹介していきましょう。
前作である『グローリーエイジ・オンライン』は、NPCごとにユーザーが作った自立型人工知能を実装出来ることで、ゲームとしてだけでなく、教育、研究などをはじめとするあらゆる分野で最も注目されたゲームでした。
プレイヤーだけでなく、NPCも自分たちの考えを基に、群衆に属し国を作り、勢力を伸ばし続けるシステムは……」
「何を言っているんだ、冗談じゃないぜ、全く……」
アラタはパソコンから流れる動画サイトの生放送を聞き流しながら、暗くてゴミで溢れた自室の中で、黙々とキーボードを叩き続けていた。
彼の目の前にあるモニタには、SNSサイトのウィンドウが表示されている。
「絶対コケるぞ、このゲーム。誰が好き好んで現実世界にファンタジーを持ち込むかよwww 現実じゃないのがいいじゃないか」
「でも、アラタはオープンβに応募するんでしょ?」
アラタがSNSに書き込んだ直後、すぐにリプライが返ってきた。
それを見てアラタはニヤニヤと気色の悪い笑みを浮かべながら、軽快にキーボードを叩きながら返信文を書き込んだ。
「おうよ。ブログのアフィで稼いでいるからな。ARのRPGがいかにクソであるかを記事にしてやるぜwww そうすりゃ、PV数も稼げて俺の懐も温まるし、こんなゲームをして不幸になる人も減らせるんだからな、みんな幸せになれるってもんだ」
書き込んだ直後、ちょっとした懸念が脳裏をよぎり、少し考えてから書き込みを加えた。
「もっとも、応募者のブログやSNSを見て、当選者を決めるだろうから、俺のブログを運営が見たら絶対当選しないだろうけどなw」
「それは言えてるwww」
書き込みに同意するリプライが次々と画面上を流れていく。アラタは満足そうにほくそ笑みながら、手元にあるペットボトルの蓋を開けると、気持ちよさそうに強炭酸の飲料水をあおった。シュワシュワと冷たい刺激が喉をごくりと通るごとに、火照った頭が急激に冷めていくのを感じる。
今は両親に高校入学祝いとして買ってもらったパソコンで、ネットゲームにどハマりしてしまい、困ったことに通学どころか1年以上外出していない有様だ。
通学しなくなってしまった理由を、アラタは語りがらない。それでも両親や担当教師が無理矢理問いただした結果、その時アラタがこぼしたのが「なんか色々あった」というだけである。
その色々という何かが、具体的に何であったかを、彼はもう覚えていない。意図的に忘却の彼方に葬り去ってしまったのか、それとも逆に何も無かったのか、今となっては考えるだけ無駄だと思っている。
どうでもいい過去なんて思い出さなければ、気にしなければ、自分にとってはとっくに終わってしまったことであり、童話の昔話と同じでフィクションくらいの価値しかない。アラタはそう言う思考回路の持ち主であった。
それでもアラタは毎日が充実していた。
学校に行かなくなったことで、莫大なヒマな時間を手に入れたアラタは、一日のほとんどをオンラインゲーム『グローリーエイジ・オンライン』に費やした。
初めて体験するオンラインゲームという事もあって、する事なす事全てが新鮮で、考えられる遊び方全てを出来る限り実行し、ゲームの中で知り合った他のプレイヤーとのコミュニティーもどんどん広げていった。
気づいた時には、アラタは中規模メンバー数の戦争ギルドのギルドリーダーの立場にまで登りつめていた。とは言っても、創設時のギルド幹部が喧嘩別れでギルドを離れて行ってしまい、残ったアラタが半ばなし崩し的にギルドリーダーに就任したに過ぎないのだが。
アラタの『グローリーエイジ・オンライン』に対する熱量はゲーム内だけに留まらず、自分でホームページを作成し、仕様のデータベースにまとめるまでに及んでいた。ホームページ内にあるブログは、 キャラクター育成、対人戦のノウハウなどの検証情報、各ギルドの動きなどを記事を毎日投稿するまでの作り込みようである。
作ったホームページの閲覧数は上々であった。アラタのホームページを見れば欲しい情報が全て完結して手に入るので、知り合いのプレイヤーだけでなく、敵対するプレイヤーや出会った事のないプレイヤーにまで愛読されていた。
アラタが作成したホームページの規模は、インターネット広告プログラムを導入することで、月に20万円以上の収入を得るまでになっていた。アラタの当面の目標としては親の年収を超えることである。そうすれば家庭内での立場は逆転し、両親からツベコベと言われないはずだ、とアラタは信じていた。
だから、今回の次回作発表のような情報が公開された事は、アラタにとっては死活問題であった。例えそれが自分の興味をそそらない情報であったとしてもだ。
圧倒的な情報量、更新のスピードの速さで先駆者需要を勝ち取り、他の攻略サイトと差別化を図らなくては、愛読者が逃げてしまう。アラタは焦っていた。
とは言え1年以上、自宅から出たことのないアラタにとって『グローリーエイジAR』のコンセプトである、拡張現実の技術で外に冒険をしに遊びに行くという行為が、あまりにも非現実的に思えて全く気乗りがしない。
下手をすれば、ピシッと整った身なりで仕事や登下校している姿の世間様に、だらだらとゲームを楽しんでいる自分を見られてしまい、その背徳感で押しつぶされて自分は社会的に死んでしまうのではないか。そしてその自分の姿を見た人間が、もし元同級生だったりご近所のおばさんだったとしたら……。
アラタはそんな事を想像して全身が身の毛のよだつ感覚に襲われ、たまらず頭を抱えて呻き声を上げながら両足をしきりにばたつかせた。
「ああっ……!!プレイヤーキラーより真面目に生きている世間様の目が怖ぇよ、マジでシャレになってないよっ……!!」
だからとにかく開発会社の不平不満を、SNSに存在する有象無象のフォロワーに対しぶちまけたくて仕方がなかった。そして胸を押しつぶしそうなストレスに耐えながら、『グローリーエイジ オープンβ 現地テスト』のユーザー募集フォームに必要な項目を埋めているのである。
「なんとしてもテストユーザーの募集に受かり、レビュー記事でボロクソにこき下ろして、運営会社にこんな恐ろしいゲームの正式リリースを改め直させてやる。
グローリーエイジ・オンライン攻略サイトで閲覧数ナンバーワンを誇るホームページ管理者の力を舐めるなよ」
そんな途方も無い野望を胸に秘めながら、アラタはパソコンのモニタを睨みつけた。
ただ仮に運良くテストユーザーの抽選に選ばれたとしても、自分がβテストのレビューを書くためには、そのゲームプレイしなければならない訳で、そしてただ1人のプレイヤーのレビューで、運営会社の方針が変わるとは到底思えない。どう考えてもアラタ1人が大火傷を負ってしまうのが関の山だ。しかし、ブログのアフィリエイトで生計を立てている身としては、最新の情報を提供出来ないということは今後の展開に多大な影響を及ぼすことになる。
「どうか当たります……んように。運良く当選しても結果的に受ける傷は軽傷でありますように……」
もうなんだか、自分でもよくわからないような祈りを捧げながら、アラタは必要な項目を全てを埋め終えて、募集フォームの投稿完了ボタンを思い切ってクリックした。
パソコンのモニタに「投稿は無事に完了いたしました。抽選の結果発表をお楽しみに!」という画面が表示されると、アラタは大きなため息を吐き出した。途端に重々しい疲労感がアラタの体を駆け巡る。
アラタは耐えきれずにパソコンのモニタの電源を入れたまま、すぐ側にあるベッドに倒れこんだ。
「もうやる事だけはやった……。もうあと自分がどうなろうかなんて知るもんか」
そう呟きながらアラタはスマホのスリープを解除して応募が完了したことをSNSに呟いた。
「応募、終わった。だけどやる気がまったく起きねぇ……」
「おお、ついに!(部屋を出る時が来たか)」「人柱乙www」「さようなら、引きこもり生活!!」「どうかアラタが当選しますように。そして社会的に殺されますように!(>人<;)」「もし当選したらがんばれよ、ウ◯コ製造機!」
次々とアラタを茶化すようなリプライが次々と投稿されていく。その内容を苦笑しながら眺め、アラタはベッドのシーツに顔を埋めて低い呻き声を上げた。
「まったく、人の気も知らないでみんな勝手なことを言いやがる……」
アラタにはSNSで不満をぶつけていた時の元気はすでになく、気だるい疲労感を感じながら、ゆっくりと目を閉じた。
「そう言えば……」
アラタは浅い微睡みの中で考えを巡らせた。
「もし応募に受かったら、ホームページの更新を一時休止しなければならないのか……」
募集要項によると、もし当選すると1週間インターネットに繋がらないだだっ広い孤島で生活をしなければなないとのことだった。
その間、ホームページの更新は休まなければならない。そうなると閲覧数は激減し、軽く見積もって5万ほど収入が減ってしまう恐れがある。
「ま、『グローリーエイジAR』は世界初の本格的AR MMO RPGらしいし、募集人数は半端ない数になるに違いない。当選する確率は宝くじで当たりを引くくらいだろう」
アラタはそう適当な思いを巡らせながら、これ以上考えたところで憂鬱になるだけで何も得することはないと、寝返りを打って無理矢理思考を停止させ、気だるい睡魔を受け入れることにした。
──そして2週間ほど経過し、応募したことをすっかり忘れていた時に、抽選結果がアラタのPCメールに届いた。
そのメールを開封して内容を確認したアラタは、スマホにインストールしているSNSクライアントを立ち上げ、おもむろにこうつぶやいた。
「【重要】サイトの更新を1週間ほどお休みします(白目)」
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