ゾンビにもなれない

月島

第1話 夢から目覚める方法

 突然、目の前で血飛沫が上がったんだ。

 僕を庇うように立ちはだかったパパの血だって、赤い雨を浴びながらぼんやりと理解したけど、感情は付いてこない。

 僕を抱きしめているママが耳元で叫んでいて、その声が凄くうるさくて腹が立ったんだけど、どこか遠くに聞こえていて、あぁ、これは夢なんだなぁ…と思った。

「武琉、逃げて…」

 突然ママが僕を押したから、やっぱり僕はムッとしたんだけど、次の瞬間、ママの身体から灰色の腕が突き出して来て、それからボトリと地面に落ちて。その向こうに見えた灰色の腕の主が、さっき血飛沫をあげて身体が半分裂けたパパだと気がついたら、なんだか怒る気も失せていた。

 パパの後ろから現れた人も同じように灰色で、身体のあちこちが裂けていて、ママに噛み付こうとした。

 だから、僕は今度こそ怒った。

 なんでアンタがママに噛みつくんだ。ママを噛むんだったら、パパでしょ。

 なんか凄く嫌だ。だから、そばにあった椅子をそいつを投げ付けた。当たった箇所の皮膚がべろりと削げたけど、痛がる訳でもなく、衝撃でちょっとよろめいただけ。

「逃げて…」

 ママはもう一回そう言ったけど、さっきよりずっと小さな声だった。そんなママに、今度はパパが噛み付いた。


「沢山の人が行方不明になっている」

 そんなニュースがここ何日も町を賑わせていた。

 神隠し、拉致、色々な噂に混じって聞こえて来た、ゾンビが出ると言う噂。

 皆笑っていたけど、今目の前にいるのは何だ?パパとママも…

 パパもママもホラーは好きじゃ無いし、子供の見るものじゃ無いって見せてくれない。

 学校で友達と話していた時も、瑠璃ちゃんが怖がったから、そんなの居る訳ないじゃん。バカじゃないの?って話を終わらせたのは僕だ。

 だから、良く知らないけど、まさしくコレがゾンビな気がする。そうじゃない?ってパパとママに聞いても無駄。ママも既に灰色だ。

 ごめん、瑠璃ちゃん。ゾンビ、本当に居たみたい。君が出会わないと良いんだけど…

 もっとちゃんと聞いておけば良かった。

 ゾンビは、もう死んでいるから、これ以上殺しても死なない。

 光が苦手。…なのは吸血鬼?ゾンビも一緒?

 そして噛まれたら、ゾンビになる。それは今目の前でパパとママで実証された。

 だからママは逃げろって叫んで、自分もゾンビになった。

 そして、ゾンビになったら、僕のことも分からなくなる。

「ママ…」

 僕の腕に噛み付いて、食いちぎろうとしているママを見つめながら、痛いと思うより、ごめんなさい…って思った。

 僕は反抗期で生意気だったのに、僕を守ろうとしてくれたのに、僕のこと分からなくなっちゃったんだね…

 僕も分からなくなるのかな?痛みと僕が薄れて行くのを感じながら、そうか。これは夢だ…って思った。

 だったら僕は夢から覚める方法を知っている。

 夢の中で夢だと気がついたら、目を大きく開けるんだ。夢の中の目がもうこれ以上開かないってくらい開けた後、更に目を開けるんだ。そうすると、眠っている目がこじ開けられる。リアルな音が耳に入って来て、目の前がうっすらと明るくなる。


 それで、やっぱり夢だった…さぁ、どうする?夢に戻る?起きる?って考える。

 ママが朝ごはんを作る音に、そう言えばお腹が空いたなぁ…と感じたらそのまま目を開け続ければ良い。まだ早いや。と思えば、目を開けるのをやめれば良いんだ。簡単でしょ?

 だから僕は、目を開けた。これ以上無理…って所から、更に。

 目が覚めたら、ママが僕を噛んだことは許してあげる。

 僕を庇おうとしたパパも、ちょっと見直してあげる。

 そして、瑠璃ちゃんに、やっぱりゾンビなんている訳ないよ。って言ってあげる。

 だから。早く起きよう。



 急に、冷蔵庫の音みたいな機械音が聞こえて来た。ほら。目が覚める。やっぱり夢だったんだ…と思ったけど、目を擦ろうとして、手が自由じゃないことに気づいた。ジャラリと金属音がした。

「何?」

 周囲は一向に明るくならなくて、思わず呟いた。

「目を覚ましたぞ」

 そんなパパでもママでもない声が聞こえて、お客さんが来ているの?と思った。

 だけど、うっすらと目が慣れて見えたのは、怪獣と戦うロボットの基地みたいな所。そして、知らない顔がたくさん、僕を見ている。

「どこ?」

 僕が聞くと、ざわざわと声がした。

 どうして答えてくれないの?パパとママは?学校に行かないと…そう言いたくて、もどかしくて、皆の方に近づこうとしたけど、無理だった。

 皆さっと後ろに下がったし、何よりジャラリと聞こえたのは僕の手からぶら下がった鎖だったし、そもそも、僕は檻の中にいた。

「どうして?パパ?ママ⁉︎」

 情けないことに、僕は泣きそうだった。

 周りの皆がざわざわと騒いでいる。

「君は、話せるんだね…?」

 一番近くで僕を見ていたおじさんがそう言った。

 そりゃそうだ。

「10歳だもん」

 そう答えた。

「10歳か…もしかして、名前も言えるのかい?」

 おじさんは、そんなことを言った。

「さかがみたける」

 漢字だって書ける。武はバランス取りにくいし、琉はまだ習ってないけど。

「コレは…凄い」

 ザワザワした声がすこしずつ近寄って来る。

「大丈夫なんですか?」

「噛まれているんですよ…?」

 そんな声がした。噛まれた?うん。夢の中で。

「たける君。君は今何が食べたい?」

 分かってくれたみたいだ。

 何が食べたいか…今は朝でしょ?朝ごはんが食べたい。

 ママの朝ごはん。デザートはリンゴが良い。

 そうだねまずは

「リンゴ」

 僕はそう答えた。ファイナルアンサー。

「どうやら君は本当に特別なようだ」

 さっきのおじさんの声がした。

 特別?何が?

 そっと格子の間から何かが差し込まれ、それが鏡だと気がついた。

 何するの?ママに渡すの?

 だけど、チラリと写った姿に、手が止まる。ううん。受け取ろうと伸ばした腕を見て。思わず引っ込めた。

 灰色の腕。いやいや。きっと部屋が暗いせいだ。だけど、何かが違う気がする。目が良く見えないのは暗いせい?だけど、心地良い暗さだ。地面に着いた足は靴を履いていないみたいだけど、冷たさを感じない。

 僕は手を見た。足を見下ろした。そろそろと鏡に手を伸ばし、自分の姿を写して見た。

 あぁ。どうしよう。瑠璃ちゃんに会えない…

 僕は、困ってしまって、周りにいる人たちを見渡した。


「どうしよう…」

 僕はゾンビになってしまったの?

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