16才の誕生日


部屋に入ってみると、割と広い部屋ではあったが、ワンルームしかない間取りだった。

ウィークリーマンションには、テレビや、ベッドなどが備え付けてあって、ビジネスホテルの部屋にキッチンなどが付いているといった感じだ。


キッチンは、当然小さいモノだったが、レンジにはちゃんとオーブン機能もついていて、辛うじて料理が出来そうではあった。


時計を見ると、すでに夜の9時を回っていた。

俺たちは、また粉だらけになりながら、ピザを作った。

狭いキッチンで作ったせいか、いつもより時間がかかった。


食べる頃には、もう12時を回っていた。


俺たちは食べ散らかしたまま、ベッドにうつ伏せになり、ベッド正面にあるテレビに買ってきたゲーム機をセットして、ゲームを始めた。


ヒナタの腕が、少し透けてきていた。


本当はきっと体が思うように動かないのかも知れなかったが、一見するといつもと変わらないように見えた。


俺は画面に顔を向けたまま、彼女に話しかけた。


「ヒナタって、ご飯食べなかったらどうなるの?」


「別に食べる必要はないんだけどね。人間モードだと消化していろんなエネルギーに変えられるから、それが省エネモードってことなんだけど、ロボットモードだと、摂取した物質や成分を組み合わせて、いろんなモノを作り出すことも出来るよ」


なんだか、夢のような話だった。


「そうなんだ。すごいんだな」


「別に、すごくないよ」

俺がまじまじと見つめながら言うと、ヒナタは恥ずかしそうにして、照れながら答えた。


「すごいよ。ヒナタにはすごい可能性があるんだな。今の時代じゃ、想像も出来ない技術の結晶が君なんだろ」


「そうだね。お父さんが私を創ってなかったら、私はこの世にはいなくて、ケンちゃんにも会ってなくて、こうやってゲームもしてないんだよね」


「恨んでないの?君のお父さんのこと。ヒナタ、苦しんでるだろ」


「恨んでないよ。じゃあ、ケンちゃんは生んでくれたお母さんのこと、恨んでるの?」


思わず黙り込んでしまった。


「それは、間違ってると思うな」


「どうして?」


「だって、楽して生きてる人なんていないんじゃないかな。

生きてる、そのことだけで苦しくて、悩んで、でも新しいモノや人と出会って、素晴らしいこともたくさんあるじゃない?今だってケンちゃんには無限の可能性があって、私とも出会ったんだし。

その生命を与えてくれたこと、自分に可能性をくれたこと、それって感謝すべきことなんじゃないかな」


ヒナタの言うことが、今は分からないでもなかった。

多分、ヒナタに会う前の自分なら、そんなのは綺麗事でしかないと、笑い飛ばしていたに違いなかった。


俺たちは、そのまま朝までゲームをしまくった。

ヒナタは、次第に中の部品が透けてきて、まるでCG合成したかのように不思議な印象だったが、怖いとか醜いとかは不思議と感じなかった。

むしろ、よりヒナタは美しく見えた。


「眠くないの?」


「寝たくないよ」


「寝ないと健康に良くないよ」


「今日だけだよ。ヒナタは健康オタクだからな。はは」


ふと気づくと、ヒナタと俺の距離はすごく近かった。襲ってくる眠気は、緊張と興奮でどこかにいってしまっていた。


「ケンちゃん、お願いがあるの」


「なあに?」


俺たちは狭いベッドの上、10センチ位の距離で見つめ合っていた。


「ケンちゃん、私があと何時間こうしていられるか、見てくれる?」


「え……」


背中の入れ墨を見るということは、ヒナタの裸を見るということだ。


戸惑っていた。


ヒナタの体を見ることも、エネルギー残量を知ることも。


「駄目?」


「駄目じゃないよ」


「緊張するな」


「緊張しないで、俺も緊張するから」


「うん」


ヒナタは起き上がってベッドの端に腰掛けた。

着ていたTシャツに手をかけると、ゆっくりとそれをまくしあげた。


少しずつ下の方から緑色のタンポポの葉が見えてくる。


ヒナタの腰は驚くほど細くて、そこから滑らかな曲線を描いて花びらの描いてある肩まで伸びていた。

ヒナタは最後に少しためらいながらTシャツを脱ぎ捨てた。


花びらの数は、残り10枚ちょうどだった。


あと、10時間。


午後6時だ。


「ケンちゃん、あと、あと何枚残ってる?」


俺は言葉に出せず、1枚目をなぞった。

ヒナタは俺の指の感触にビクッとなったが、振り向きはしなかった。


2枚目。3枚目。


そして、10枚目をなぞった。


そのままヒナタの背中を抱きしめた。

ヒナタの柔らかい感触が俺の体に伝わっている。

ほんのりと焦げ臭い臭いが鼻をかすめた。


俺もヒナタもあれから風呂に入っていないことを思い出す。


「火傷してても、風呂に入っていいのかな」

俺は、ヒナタの耳元でささやくように訊いた。


「患部をお湯につけないようにすれば、大丈夫だよ」


「一緒に入ってくれる?」


「一緒に?」


「駄目?」


「……いいよ」


俺は、そのままヒナタを自分の方に向かせ、キスをした。


ヒナタの何もつけていない胸の感触がわかった。


ドキドキしていた。


そのまま、俺はヒナタをベッドにゆっくりと押し倒した。


ヒナタは、俺に身をまかせてくれている。


「いい?」


「でも……私、そういうこと、出来ないと思う……」


「違うよ。そうじゃなくて、ヒナタを感じたいんだ」


「……いいよ。ケンちゃんの好きにして」


「ありがとう」


俺は、ヒナタの穿いていたジーンズを脱がすと、ヒナタの体を全身よく眺めた。

息を飲むほど美しかった。

とてもアンドロイドには見えなかった。


ヒナタがゆっくりと目を閉じる。


俺は、ヒナタの首すじにキスをした。

ヒナタが、少しビクンと波打つ。


「く、くすぐったい」


「しー」

ヒナタの口に人差し指を当てる。


それから、ゆっくりと下に向かって愛撫した。


愛撫する箇所が移動する度にヒナタは小さな声を漏らした。


ヒナタが愛おしくて仕方がなかった。

いなくなって欲しくなかった。

この感触を決して忘れないように、丁寧にゆっくりと愛撫した。


そのまま涙をこらえて、ヒナタを抱きしめた。

俺は、自分の服を脱ぎ捨ててヒナタを抱きかかえた。

ヒナタは驚いて目を開けた。


「どうしたの?」


「だから、お風呂に入るんだよ」


「今から?」


「うん」


「だって、まだお湯溜めてないでしょ」


「入りながら溜めればいいだろ」


俺はそのままヒナタを風呂場まで連れて行った。

狭いユニットバスに2人でしゃがんで入った。


お湯を溜めながら、浴槽の中で体を洗ってあげた。

女の子の体を洗ってあげるなんて、人生で初めての経験で、すごく緊張していたが、シャンプーをされているヒナタは、まるで猫のように可愛かった。


俺たちは時間も忘れてお風呂でじゃれあって遊んだ。


こんなに楽しくて幸せな事は、人生で初めてなのに、あと何時間かで終わらせないとならない。


今、俺の手の中には、こんなにしっかりとヒナタの感触があるのに、何故、消えてなくなってしまうんだ。


花びらは、あと6枚になっていた。

ヒナタの指先は完全に白みを帯びた半透明になった。


俺は風呂からあがると、ヒナタを拭いてあげた。

ヒナタの動きが少しずつぎこちなくなっている気がした。


「ヒナタ、今日は俺の誕生日なんだ。一緒に祝ってくれる?」


「そうなんだ。知らなかったな。いいよ。誕生日会しよ」


俺は、ヒナタにバスタオルを被せると、服を着て部屋を飛び出した。


1分でも1秒でもいいから節約したくて、走ってケーキとケンタッキーとシャンパンを買いに行った。


帰りにヒナタに、白いワンピースを買った。


戻ると、ヒナタは出て行った時と同じように床にしゃがんで瞳を閉じたままだった。

おそらく、もうエネルギーがかなり少なくなっていて、動くことが辛いのだろう。

ヒナタに買ってきた白いワンピースを着せてあげたが、ヒナタは目を開けなかった。


「ヒナタ、ヒナタ起きて。買ってきたよ、ケーキ。一緒に食べよう」


「……ケンちゃん早かったね……」


時計を見ると、午後3時をまわっていた。


「どこが早いんだよ」


「そっか……」


弱々しくヒナタは笑顔を作った。


「早く」


俺たちは昨日使った食器類を台所のシンクに持っていき、机を片付けてケーキとチキンとシャンパンを並べた。

そして、ケーキのろうそくに火をつけた。


「電気、消してくる」


「うん」


部屋の中は日当たりが悪く薄暗かった。

ろうそくの火が2人の顔をオレンジ色に染めた。


ヒナタの顔は骨格部分の部品が見えたり消えたりしはじめていた。


「ケンちゃんいくつだっけ?」


「うん。16才。ヒナタは、何才なの?もう教えてくれてもいいだろ」


「私、まだ0才だもん」


「そっか。年齢とかの設定はないんだな。じゃあ、誕生日は?」


「うん。9月だよ。9月の24日。あ、ろうそく早くしないと、全部溶けちゃうよ」


ヒナタはハッピーバースデイを歌ってくれた。

俺は、思いっきりろうそくを吹き消した。


昔、アパートに住んでた時も、こうやって母さんと二人で誕生日会をしたな。

そっか、9月24日は母さんの誕生日だ。


『ヒナタのモデルは私の母さんだ。』と書いてあったのを思い出した。


ずっと忘れていた、母さんの事を。


母さんは、ヒナタみたいに明るくて、美しくて、優しくて、強い人だった。俺の憎んでいた母さん。俺が何故、ヒナタの何に惹かれていたのか、ようやくわかった。


パチッと電気をつけた。


「ヒナタ、食べよう」


振り返ると、ヒナタはろうそくを取ろうとしたまま止まっていた。


「ヒナタ!大丈夫?」


「ケンちゃん……わ、私……もう動けないみたい……」


「まだ、あと2時間はあるはずなのに……どうして」


「うん……ごめんね……」


「辛かったら喋らなくてもいいんだよ」


「ううん。ケンちゃん、ケンちゃんありがとう。私、私ね、私みたいなヒューマノイドには、人を愛することなんて、出来ないんだと思ってた」


「うん」


「でも、でもね、そうじゃなかったと思う。私、私にとってケンちゃん、アナタは、かけがえのない人だよ。ずっと一緒にいたかった。離れたくなかった。これって愛と呼んでもいいかな?」


俺は力の抜けたヒナタを膝の上に乗せた。


ただ何も言えず、俺の手の中で、色の無くなっていくヒナタを眺めることしか出来なかった。


「ケンちゃん、ケンちゃんありがとう。ケンちゃんまた会えるよね?」


「……あぁ、また会えるよ。また会える。今度会うときは、君はヒューマノイドでもなくて……俺は16才でもなくて。

ヒナタ……ただの人同士で。

そしてもう一度、俺を、俺を……俺と一緒にいてくれ」


「……や、約束……だよ」


「うん。約束」


「バイバイ、ケンちゃん……」


ヒナタの目から涙が一筋流れた。


そして、ゆっくりと目を閉じた。


そのまま、彼女は動かなくなった。


俺は彼女の名前を何度も何度も、喉がはちきれそうになるまで叫んだが、彼女は二度と目を開けることはなかった。


俺は動かなくなった彼女を抱きかかえて、泣き喚いていた。


俺の涙がヒナタの顔にぽたぽたと落ち、まるで水面に雫がこぼれるように、彼女の顔には波紋が広がった。


俺は動かなくなったヒナタを抱きかかえて、泣き続けた。


何時間そうしていたかわからない。俺はヒナタを抱きかかえたまま、知らないうちに眠っていたようだった。

時計を見ると、もう夜中の1時だった。


ヒナタとの約束を思い出し、そのままヒナタを背中におぶって部屋を出た。

通りには、殆ど人はいない。


2人でセミを埋めた神社まで歩きながら、ヒナタと過ごしたこの3ヶ月間を思い出していた。


俺に笑顔をくれたヒナタ。

母さんを思い出させてくれたヒナタ。

愛とは何かを教えてくれたヒナタ。

こんな俺を愛してくれたヒナタ。


神社はあの日と何一つ変わらず、綺麗にライトアップされていた。

ヒナタの顔には、オレンジ色の灯りが射して、キラキラと輝いていた。


俺はヒナタを木の下に下ろすと、社の裏手にあった廃材を持ってきて穴を掘った。


なかなか穴は大きく掘れなかった。

堀りながら、まだ動いていたころのヒナタの顔を思い出す。


どれ一つ忘れられなかった。


堀り終えると、ヒナタをその穴に沈めた。

両側に盛り上がった土を両手ですくってさらさらとヒナタに振りかけた。


ヒナタ、さよなら。


顔に振りかける前に、最後にヒナタにキスをした。

目を開けるかもしれないと期待していた。まるで白雪姫みたいに。


しかし、ヒナタはピクリともしなかった。


最後に残った土を高いところから、その顔に振りかけた。


パラパラと落ちていく土は、オレンジ色のライトが反射してキラキラと虹色に光っていた。


ヒナタ、さよなら。


ヒナタ、また会おうな。

ヒナタ、またゲームしような。


ヒナタ、またご飯作ろうな。


ヒナタ、大好きだよ。


そのまま力が抜けて、その場に座り込んだ。

ぼんやりとあたりを見まわすと、神社の隅に黄色い花が咲いていた。


まさか、こんな時期に春に咲くはずのタンポポが咲いているわけはないと思ったが、導かれるように立ち上がって近づいていった。


近くにきて見てみると確かにそれはタンポポだった。


俺は、それを摘み取ると、ヒナタの埋まっているところまで戻って、その上に置いた。


ヒナタ、君の好きな花だよな。これは君が最後に見せてくれた奇跡なのか。


ありがとう、ヒナタ。


俺は、そのまま神社をあとにした。

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