予感

『ねぇ、どうしてうちにはお父さんがいないの?』


『お父さんは、ケンちゃんが小さい時に死んじゃったのよ』


『どうして死んじゃったの?』


『病気で』


『お父さんて、どんな人?』


『そうねぇ。優しい人だったかな。頭のすごくいい人でね。学者さんだったのよ』


『がくしゃ?』


『うん。学者さんてね、なんでこうなるのかなって、不思議なことを調べたり、やってみたりして、自分が見つけたことをいろんな人に教えてあげるお仕事なのよ』


『なんかすごいお仕事だね! 僕も学者さんになれるかな?』


『そうねぇ。いっぱい勉強すればなれるかもね』


また昔の夢を見て、夜中に起きてしまった。

ずっと気になっていたことがある。

それは、俺の父さんのことだ。


俺が父さんについて知っているのは、学者だったということと病気で死んだということだけだ。


ヒナタのお父さんも学校で何かを教えていた。難しい仕事で何をしているのか分からないと言っていた。

もしかしたら、俺の父さんが死んだというのは、嘘だったのか?


あのタンポポ畑の話を聞いた時、もしかしたらヒナタのお父さんは、俺の父さんではないのかという疑念が強くなった。


最初に、ヒナタが俺を探していたと聞いた時点で、もしかしたら父さんは死んでいないかもしれないと、ほのかな期待と不安がよぎった。


次に考えたのは、ヒナタのお母さんは誰かということだ。

『生まれたときから、お母さんはいない』と聞いて、一番に考えたのは、俺には父さんがいなくて、ヒナタには母さんがいないということだ。


この両親が例えば夫婦だったとしたらどうだろうか?


しかし、ヒナタがもしも年下だとすると、ヒナタの母さんは俺の母さんではないはずだ。

俺は3才くらいからのことは記憶があるが、母さんが妊娠していたり兄弟がいたりした記憶はない。


もし、ヒナタが年上だった場合は、ヒナタの母さんと俺の母さんが同一人物である可能性もあり得るが、少し無理がある気もした。


俺の母さんは、あの火事の時26才とあったから、俺を妊娠したのが18才ということになる。

俺に姉がいたとすると、母さんは高校生のときに妊娠・出産したことになる。

若い母さんだったとはいえ、少し無理があるだろう。


とすると、ヒナタの母さんと俺の母さんは別人と考えたほうがいい。


しかし、恐らく年齢から言って、母さんは俺の父さんが初めての結婚だったのではないかと思われる。

初めての結婚で子持ちの男性と結婚するだろうか。


結婚したとして、何故ヒナタが俺を覚えていないのか。

小さすぎて覚えていなかった?

もしくはヒナタが嘘をついているか……。


そう考えていくと、なんだか俺が無理やりヒナタの父さんと俺の父さんを同一人物にしたいだけのように思える。


死んだ亡霊に取り付かれているかのように。


いや、ただの思い込みにしては、あまりにも共通点が多すぎる。


職業、俺の子供の時に好きな花、エーデルワイス、親戚を知らない。何より、何故俺を探させたのだろうか。

やはり、俺たちは異母兄弟なのではないだろうか……。


本当はどこかでうすうす感じてはいたが、その事を認めたくなかった。

おそらくヒナタはそれを知っていて、俺に気を使って隠しているのだ。


今すぐヒナタに確かめたかったが、 それを知ってしまったら自分はどうなってしまうのだろうと思った。


俺とヒナタは恋人同士じゃないし、一つ屋根の下に暮らしてはいるが男女の関係は全くない。今まさに俺とヒナタの関係は、より家族に近かった。


だけど、俺は兄弟であってほしくなかった。


認めたくなかった。


人生で初めてこんなにも愛した人が、自分の血を分けた兄弟だとということを。


もしも真実を知って、ヒナタの母さんが俺の母さんだったとしたら、ヒナタに何と話せばよいのだろうか。


俺が母さんたちを殺してしまったと知ったら、何と思われるだろう。

きっと誰も理解などしてくれない。


もし、ヒナタの母さんが俺の母さんじゃなかったとしても、全てを認めてしまったら、きっと、もう一緒にはいられないと思った。


俺は、ただ誰かを愛することさえも許されない。

愛することが出来るのは人間だけなのだ。

人間の皮を被った怪物は、その皮の下で憎悪を餌に人を殺すことしか出来ない。


思い浮かんだ予感を押し殺して、目を閉じた。

もう二度と永遠に俺の目が開かなければいいのにと思った。

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