9. 〝ギャザリング〟

「すごい。銃弾も逸らすなんて」

「銃弾を逸らしたわけじゃない。弾は基本鉛だし、磁性はない」

 呟く巴を横目に、シャッターに空いた穴をのぞき込みながら田村が答える。

「ガウスが逸らしたのは銃口だ。引き金を引くのに合わせて銃口を指で横に少し押しているようなもんだよ」と、田村が巴の眼前に右手の人差し指を立て、少し左に動かした。

「手首から銃口まで二十センチだとして、二センチずらせれば五メートル先では五十センチずれて着弾する」

「円周率が考慮されてな、あ、何でもないです。で、あの鉄パイプは?」

「あれは、最初は鉄パイプとグローブを反発させ、それから突然極を変えてグローブにひきつけながら引っ張る。力を込めて押してた相手はバランスを失う、って感じだ」

「やっぱり、すごいです」

「本当にすごいのは、銃口を真正面から見ることのできる豪胆さだ。いや、もしかしたら、諦めかもしれないが」

 ガウスが周囲を確認してから田村に小さく頷いた。田村もそれに答え、手錠で捕らえられた覆面の犯人たちを見まわしてから、もう一度倒れた警官に視線を向ける。

「銃が違う」

「はい?」

「県警は今春から拳銃を切り替えた。あれはニューナンブの密造銃だ」

「何をおっしゃって」

「ガウス!離れろ!そいつは本物の警官じゃない!」

 田村が叫ぶ。ガウスが振り返る前に警官が跳ね上がった。左手をガウスの体に回し、右手の銃をそのこめかみに押し当てた。

「動くな。もちろんウイルスも使うな」

 偽警官が言う。ガウスは答えない。

「頭に銃を突き付けられても動揺しないのは、悟りの境地か?諦めか?それとも、自分は道具だから動揺してはいけないとでも思っているのか?」

 ガウスは動かない。田村とSATが銃を構える。

「まあいい。まずは仲間を解放するように言え」

 偽警官がガウスの耳元で言う。少しの沈黙の後、ガウスが答えた。

「ウルヴズに人質としての価値はありません。我々はあくまで道具です」

「俺の人質は君じゃない。君を除くここにいる全員だ」

 偽警官が答えた。ガウスの声が上ずる。

「ど、どういうことですか?」

「職員、客、警官も併せれば二十人以上いる。いや、既に集まった野次馬やマスコミ、テレビの視聴者を含めれば、この時間でも千人は下らない」

「ば、爆弾とかですか?」

「さすがに電波を通して効果をもたらす爆弾はないだろう。ただし、情報を除けば」

「さっきから何を」

 偽警官は答える代わりに、ガウスを抱きかかえた左手を少し動かしてリモコンを見せた。

「安心しろ、爆弾のリモコンじゃない」

 そしてボタンを押す。モーター音とともに広い窓を覆うカーテンが開いていく。

「これで外のテレビカメラにも映る」

 窓の外の見物人がどよめき、数台のテレビカメラが一斉にガウスと犯人に向けられる。

「君が従わなければ、テレビの視聴者を含めて、この現場を見ている全員を村の外に追い出す。この意味が分かるね?」

「え?」

「君の、ウルヴズの正体を知った者は、ウイルス感染法と病原菌激増防止法により全員ウルヴズとみなされる」

「そ、それは」

「仲間を解放しなければ、今この場で君のゴーグルとマスクを剥ぐ」

「やめてください」

「ならば仲間を解放しろ」

「でも、ウルヴズの言うことなんて、警察は聞いてくれません」

「君の顔を見ればその警察官たちも皆ウルヴズだ」

「やめてください」

「進め」

「やめて」

「ガラス越しではなく、直接の方が更によく見え、より多くの感染者を生み出せるだろう」

「やめてください」

「野次馬の中には、既にネットに動画を配信している者もいるはずだ。日本以外でも、世界の主要国は反感染災害協定を批准している。映像が増殖すれば、例えば現代のオオカミの起点となった北欧までも一瞬で届く。一日待たずしてパンデミックだ」

「お願いです、やめてください」

「今は狼でも、本当の君自身はただの人間だ。人間を銃弾の前に晒しても知らんふりの奴らが憎いとは思わないか?巻き込んでやれとは考えないか?」

「やめてください」

「勝手に負わされた運命のもと、理不尽な扱いをただ受け入れるだけでいいのか?」

「やめてください」

「犯してもいない罪のために、毛皮を着せられ村の外に追いやられる毎日をこれからも甘受し続けるのか?」

「やめてください!」

 ガウスが振り返りざまに右手を偽警官の口に当てた。同時に銃声が響く。偽警官の銃を持った右手がだらりと垂れ下がる。そして膝から落ち、ガウスに少しだけ視線を向けながら前方に倒れた。

「私が撃った」

 田村が銃口を男に向けながら進む。

「私が射殺した」

 ガウスは右手を宙に突き出したまま硬直している。

「全責任は私が取る」

 偽警官の体から血が流れだして銀行の床を染めていく。手錠でつながれた覆面の者たちが皆うなだれる。田村は倒れた偽警官の後頭部に銃口を向けながら密造銃を蹴り出すと、背後の巴に頷く。巴が走り寄り、腕時計を見ながら男の脈を取った。

「四月八日十二時四十二分、犯人グループの一人死亡」

 他の警官も駆け寄る。田村は銃をしまい、ガウスの正面に回ると、宙に突き出された右手をそっとつかんだ。

「大丈夫だ」

 硬直した腕を少しずつ下げる田村に、ガウスがゆっくりと顔を向ける。

「よくやってくれた。君のおかげで犠牲者が最小限で済んだ」

 ガウスは何も答えない。田村がガウスの手を放す。

「帰り荷用の車は裏口で待機してもらっている。騒ぎが広がる前に返却する」

 そしてその手を小さな肩に置いて言った。

「施錠」

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