4. 〝バシリスク〟

「見えないけど、オオカミ、多いですよね」

 武装した警官が周囲を見回しながら言う。隊長が答える。

「この龍神ルート登山口一帯は一番大きい群れ、オオビコたちの縄張りだからな。多分騒ぎを聞きつけて、森の中から様子を伺ってるよ」

「自分は他県出身で、オオカミのいる環境に慣れてないんで。一応敷地は柵で囲まれていますが、やっぱ一斉に襲われたらと思うと、ちょっとビビりますよね」

「オオカミより人間の方が愚かで怖いよ。農業従事者のことを考えて銃刀法が改定されたのはいい。でも、後継者不足につけこんで、今じゃ外国のマフィアまで入り込んでる。先月も密造銃工場の襲撃事件を契機とする摘発と押収があった。大体、法改正に絡んだ警察内部の収賄事件もあって、俺たちには関係ないが、キャリア制度も変更になったくらいだ。オオカミと獲物の場合と違って、人間と金の場合は『飽きては去る』ってことがないからな」

「まあ、確かに」

「それに、奴らだって相手を見る。勝てるかどうかを正確に判断する嗅覚がなきゃ生きていけない。その意味でも、人間の方が間抜けに見えるよ。まあ、まだ暗い頃から粘って、ウルヴズまで引っ張り出したんだから頑張ったと言えるかもしれないが」

 その視線の先、銃声の響く中をそれは歩く。銃弾はそれの間近で霧散し、足元に落ちた黒い塵が軌跡を描いていく。

「ほんと、どうなってるんでしょう?」

「奴のウイルスは全ての物質を壊死させる。銃弾は鉛や鉄なんかの原子レベルに分解され、奴のマントやゴーグルを貫通するエネルギーを失う。石を投げれば布が破れ、同じ重量の砂を投げつけても破れないようなものらしいが」

 その間もネクローシスは銃弾を浴びながら進む。

「相手が一人で人質を取っているような場合は、お前もこの間見たようにファーレンハイトの方がいい。あれはどっちかというと暗殺、というと語弊があるが、とにかく闇討ち向きだからな。だが、今回のような銃で武装した複数のヤクザやマフィア相手なら、ネクローシス一択だよ。ほとんどの兵器は奴には無効だからな」

 銃を構えた男たちも、やがて一人、二人と引き金を引く手を止めた。銃声が止む。中央にいた男が刀で斬りかかるが、ネクローシスの手刀で分断された刃の先端が飛んで行く。男は切断面を、そして回転して地面に刺さった切っ先を見ると、絶叫しながら逃げ出した。

 後方からの怒声にネクローシスが振り返る。黒いミニバンがエンジンをうならせて向かって来た。助手席の男はサンルーフから体を乗り出して機関銃を撃ち続ける。足元に塵が積もる間もなく、ミニバンとネクローシスが交錯する。車は数メートル先で左右に分かれた。運転席と助手席の間が削られ、バランスを失って中央側へと傾いたそれぞれは下部から火花を上げる。運転席側は崖に激突して止まった。左へと流れていった助手席側から機関銃を持った男は放り出され、無人のミニバンの半分は轟音とともに爆発した。舞い上がった塵が再び地面に降り、姿を現したネクローシスが、運転席側から脱出するドライバーを振り返りながら呟く。

「俺を殺りたきゃ素手で来いよ。その方がはるかに確実で、簡単だ」


【2018年4月6日12時3分 オオビコ、ウツシコメ、オオヒヒ、イカガシコメ、ヒコフツオシノマコト、ハニヤスヒメ、タケハニヤスヒコ、サシクニ、フツヌシ】

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