第34話 『探索』 その10

 ぼくと『保護者』の通信は、『もつれ』現象を利用した最新型の秘密通信である。


 外部の人が読み取ることは不可能であり、また遮断することもできない。


 ぼくは、壁の向こう側に案内された。


 しかし、その昔の、欧州の豪華ホテルのような絨毯敷きの広大な通路は、すぐに行き止まりになった。


 そりゃあそうだろう、あれだけの敷地しかないのだから、そうなって当然である。


 けれども、その行き止まりの壁は、ただの壁ではなくて、エレベーターになっていた。


 「どうぞ、お乗りくださいませ。」


 美しいコンパニオンさんが体を斜めにし、右手を差し出しながら言った。


 「ども・・・・・」


 なんだか、やたらにきらきらと輝くような、不思議な内装が施されたエレベーターである。


 けれども、光はばらばらに反射しているようで、自分の姿が映ったりはしていない。


 照明器具も、見当たらない。


 まあ、この先の事を推測すれば、自分の姿なんか、見たくもないだろう。


 彼女が少し手を動かすと、ドアが閉まり、そのまま、まったく動いたような認識はなかったが、10秒も経たないうちに、どこかに到着した。


 ここは、『資源惑星』である。


 つまり、ここの主にとって、地下は、お手の物の世界であるに違いない。


 「到着いたしました。どうぞ、こちらに。」


 人類が滅亡しかける前に制作された、スパイものの『映画』というものを、職場でいくつか見せてもらったことがある。


 だいたい、こうした『秘密基地』が、地下や孤島にある場合が多かった。


 まあ、発想自体はそう変わらないのだろう。


 子供たちも、『秘密基地』は大好きだ。


 ただ、ここの作りは、明らかに予算の掛け方が違うようだ。


 はりぼてではない、ずぶとい『真実味』というものがある。


 信じられるだろうか?


 ここは地下のはずだ。


 なのに、目の前には広大な庭園が広がっている。


 ドアが一部空いていて、ほのかな風が吹き込んできている。


 単なるバーチャルではないようだ。


 そうして、世界最高のホテルだって、しっぽを巻いて逃げるような、豪華な広間が広がっていた。


「お迎えが参ります、ここでお待ちください。どうぞ、心行くまでお楽しみください。あなた様の場合、特に時間制限が付いておりません。必要な情報は、パートナーからお伝えいたします。」


 彼女は、その美しい顔と同様に、東洋風な深いお辞儀をして去って行った。


 他には誰もいない。


 それは、いささか不思議だ。


 ぼくひとりの為に、こんなものがあるはずがない。


 『お~い。聞こえてるのかなあ?』


 ぼくは、『保護者』に呼び掛けた。


 『問題ありません。すべて見えております。偵察衛星は、発見される懸念が大きいため、ひとまず、あなたの体内に隠しました。』


 『ひえ?! 気持ち悪いなあ。どこから入れたの。』


 『下からです。文句言わないでください。お仕事ですよ。』


 『あい。』


 この、外の庭園に、ちょっと出てみようかな・・・。


 そう思って、一歩だけ歩き出したところに、『彼女』がやって来た。


 確かに、映像通りである。


 身長は1メートル50センチちょっとくらいだろうか。


 小柄で、すっきりしたタイプで、顔はインド系な感じだが、薄いビキニを身に着けている上に、ほとんど透明に近いショールを巻いていた。


 大きな胸は、半分以下しか隠されていない。


 見た目はかなり挑発的な感じだが、いたって貴族的で質素な動き方をする。


「お待ちいたしておりました。どうぞ、お部屋にご案内いたしましょう。」


「あの、この御庭は、散歩できるの?」


「もちろんですわ。では、ご案内いたしましょう。どうぞ。」


 彼女は、ぼくの右手をすっと握った。


『おわ・・・・』


 彼女は、やや、尻込みがちなぼくを、がっちりと引き込むようにしながら、優雅に歩き始めたのである。


『できるだけ、接近してください。もっと、くっついて。』


 『保護者』が、余計な要求をしてくる。


『肌がきちっと触れないと、正確な計測ができません。』


『あ、そう・・・・ですか。』


 非常に良い役回りとしか思えないかもしれないが、なんとなく、いやな胸騒ぎが止まらないのである。


 庭園は、なぜだか夕暮れ時の風情に、移り変わっていた。



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