最終章・エピローグとその後の話

 月日は巡り夏も近づいた頃。高校最後の年。ラグビー部の試合が今日あり、広田と達也と和也の三人はレギュラーとして出場することとなった。そのため、市が運営している陸上競技場に、家族や仲間たちが応援に来ていた。


 あの後、達也は広田の家に泊まったり、逆に広田を家に泊めたり、時には別の仲間のところへ広田と和也とともに泊まったりしていた。仲間たちにはあまり詳しい事情は話さなかったが、みんな快く了解してくれていた。とある事件以来この仲間たちとは、家族ぐるみで強い絆で結ばれていたからこそできたことだった。そうこうしている間にすっかり達也は以前の明るさを取り戻していた。もちろん、自分を偽らない、本当の自分をさらけ出していた。


「このブラコン兄弟、相変わらずおっそいなぁ、試合がはじまっちまうじゃないかっ」


 部長となった広田が競技場入り口前で、仁王立ちのまま悪態をついた。他の部員たちはすでに場内に入ってウォーミングアップをしているようだ。その場所に遅刻しつつも堂々と歩いて現れる達也と和也。そのすぐ後ろには和義と両親もいた。軽く挨拶をしてから和也が話した。


「ごめんね、兄さんったら、ギリギリまで寝てたんだ。起こすもんの身にもなってほしいよ」


「いいだろ、寝れるときに寝るっ、これはとっても大事なことなんだぜ」


「そりゃそうだけど」


 と同意する和也に、和義が思わず言った。


「和(かず)にい、そこ感心するとこじゃないから」


「和也のやつ、あれからますます天然に磨きがかかってきたな」


 と広田があきれた。しかしその直後、今度は達也に向かって、


「けどまぁ、ここ一ヶ月以上悪夢を見なくなって良かったよな」


 と言った。


「まぁな」


 嬉しそうに答える達也。すると和也が、


「兄さんの場合、変にもろすぎるんだよ。まぁそんな兄さんも好きだけどね」


 と言って幸せそうに満面の笑みを浮かべた。その表情は本当に幸せそうで、周りの誰もが羨ましく感じるほどだった。


「ハイハイ、もう勝手にしてくれ」


 広田がそう言ってあきれつつ、


「ほらっ、速いとこ準備してこいって!」


 と言って達也と和也を急かした。達也と和也は満面の笑みを浮かべて手を取り合い、場内へと向かっていった。その笑顔はもう何も問題のないようだった。


 達也は、最近は他の人格たちは現れなくなった。初めのうちは別人格が現れては暴行事件すれすれのことをしたり、急に二階から飛び降り自殺しようとしたり、夜中に突然家を抜け出して行方不明になったり、そうかと思えばずっと泣いていたり、ずっと部屋で、気分転換でもらったプラモデルを適当に作り続け、誰に呼びかけられても反応がなかったり、そうかと思えばやたらと冷静口調な人格が出たりしていた。


 時々女性の別人格と思われる存在が出てきたときは、意外すぎて逆に関係者全員笑っていたこともあった。もう笑うしかない、とも言うが。だが、広田と家族の協力の下、おおごとにならずにすんだ。ここ一か月は症状は出ていないので、今日は久しぶりにラグビーの試合に出る。なんといっても高校最後の年なので、二人とも引退前には出たいと言っていたので、何とか実現できて良かったと誰もが話していた。


 あれから達也はなるべく人通りの激しい所を避け、仲間内や家族だけで行動するようにしていた。ラグビーの試合もなるべく避けていた。たまにとはいえ突然発症して、他人に迷惑をかけたからだ。何とかことなきをえたからいいようなものの、おおごとになりそうなときもあった。


 そんなこともあって、仲間内では達也の症状の正体に、うすうす気づかれていたようだが誰も何も言ってこなかった。いつか話してくれるのを待っていてくれているようだった。その心意気を達也と和也と広田は感じていた。周りの協力と支援もあって、学校と部活だけはちゃんと出ていた。仲間たちと家族のおかげで、達也はここ最近は晴れやかな顔になっており、時々鬱病のようになっていた時期もあったが、ようやく本来の明るさを取り戻していった。


 こののち十年と経たずに和也と死別したが、悲しみを乗り越えてラグビーの名選手として世界中を飛び回って活躍した。だが、和也の死後十年経った和也の命日の日に、飛行機の墜落によって若い命を散らすこととなる。



 和也はと言うと、過去の記憶がよみがえったとともに、変な声が聞こえて幻聴まがいなことがあったり、夢遊病のようなこともあったが、達也よりは意外としっかりしていたようで、あまり問題はなかった。あるとすれば、天然ぶりが更に増したぐらいなものだった。山仲医師が少し危惧していた脳の障害もこの時点では再び悪くなることはなかった。


 だが、このあと二年後和也の不安は的中し、半身不随となり、二十四歳でこの世を去る。だが、亡くなるその時まで達也がずっとそばにいて、幸せな人生だったと亡くなる前に語った。



 両親に関しては、今まで以上のアツアツバカ夫婦になっていくかと思われたが、たまにけんかしたりして、しかしすぐに仲直りしてアツアツぶりを披露するという、変わった感じのアツアツぶりを披露していた。今では達也たちと普通に話ができるようになり、時々家族で旅行するようになった。ただ、いまだに自分たちのことを信じてくれているかどうかは聞けないようだった。死んでも聞かないつもりらしい。


 そして、なんと和義の言葉通り、この春、母のお腹に待望の赤ちゃんがいることを知り、数ヶ月前中谷家でささやかなお祝いが開かれた。達也が亡くなった半年後、両親はまるで達也を追いかけるように病死した。



 和義は全く変わっていない、ということもなく、とてもわんぱくだったのに最近は大人しくなり、兄や広田の試合を見てから自分もラグビーをすると言いだした。いずれ三兄弟でプロになり、同じ試合に出ることが夢なのだとか。最終的には政治家になるという夢があり、そのためにお金を貯めるのと勉強のこともあり、考えた末のものだった。


「別にラグビーじゃなくても……」


 と、広田や達也からも言われたが、兄弟三人でプロになるのも夢の一つなのだと言って聞かなかった。どうやら、頑固なのは親からの遺伝のようだ。


 だが実際には、和也がプロになれないまま死去したため、夢を叶えることはできなかった。そして、後に産まれる妹に困らされることが多くなる。


 広田は相変わらずで、ますますのんきさに磨きのかかった達也の尻をひっぱたきながら、和也と楽しく過ごしていた。いつまでもこの関係が続くことを広田は心から祈った。


 大学に頑張って進学し、今度は本来のサッカー好きをいかしてサッカー部に入り、後にサッカー選手として活躍することになる。達也とともに和也の命日に日本へ帰るさいに飛行機事故にあい、達也とともにその一生を終えるのだが、一片の悔いもなかっただろう。


 達也と和也はますます仲が良くなっていった。誰にもその絆を壊すことが出来ないほどに。達也は和也を助け、和也も尊敬する達也をサポートした。永遠に、その絆は壊れなかった。




【完】


(この物語はフィクションであり、登場する人物等は、ほぼ全て架空のものです。本編中には、実在する人の事例があります。

 これは、そのビリー・ミリガン氏と私の中学生時の同級生のはずだった、二重人格で学校に来られなかった人、そして実在する中学校で見かけた養護学級の子や、同様の障害や、他の脳や精神障害をもつ子供たちに捧げる作品です)

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双子物語~罪と罰~ 虫塚新一 @htph8739mstk9614

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