6-2. 妖精の土地
食事のトレイを下げたフィルは、寝台からはなれ、中央の螺旋階段に寄りかかった。
「おれがあなたの看護をしたのは、もちろんあなたを死なせるわけにはいかなかったからだけど、でもまったくの自暴自棄というわけでもなかったんです」
腕を組んで足を交差させるいつもの姿勢で、あごに手をやって何ごとか考えこんでいる。旅のあいだに伸びた無精ひげはきれいに剃って、髪も元通りに短く整えてあった。
「昔から、ハートレスは灰死病にかからない、という俗説があって。ただ、半信半疑でした。流行区域から離れて生活しているせいか、誰もハートレスの死因の統計を取っていないせいだろうと思っていました。ご存知のように、もともとハートレスの数はとても少ないし」
「でも……」リアナが口をはさんだ。「患者数は絶対的に〈
「そう」フィルもうなずく。「竜との関係において、より強力な力を持つ〈
「わたしを治療したのは誰?」リアナは疑問に思っていたことを尋ねた。「治療はどうなってるの?」
「そのことは……ちょっと複雑になります」
フィルは顔を曇らせた。「というか、治療のことはおれもよく知らなくて」
「ほんとに?」
リアナは疑う目つきになった。なにしろ嘘と秘密の多い青年だ。「ちょっとこっちに来て。もっとちゃんと目を見て話して」
寝台を叩いてうながすと、あきれたような面白そうな顔をして近づいてくる。ヘッドボードに手をついて身をかがめ、「お誘いと解釈していいのかな」と言った。
「また、そういう話でごまかす」
イーゼンテルレでの再会をもちだすまでもなく、甘いささやきと身体接触でどぎまぎさせたうえで自分に都合の悪いことをごまかそうとする、そういう男だとリアナは思っている。
「あなたはマリウスの関係者がここにいると言っていた。その人が治療者なの?」
フィルはなおもためらっている。「ええっと……」
「じゃあ質問を変えるわ。ニザラン
「まいったな」フィルはあっさりと寝台からはなれ、肩をすくめた。「あなたにこんなに疑われてるなんて。雪山を死ぬ思いで一緒に越えた仲じゃないですか」
「あなただって死ぬかもしれなかった。わたしをここに連れてくるために。……あなたを信じてるわ、フィル。わざと軽い話にしないで」
「あなたは本当に……」フィルはため息をもらした。「おれが知ってることは、ちゃんと話しますから。……食後はお茶でいいですか?」
そう言うと、女官が運んできた湯と茶葉をあらため、お茶の準備をはじめた。
「あなたを育てた人は、あなたに妖精の国の話を聞かせた。そう言っていましたよね? 女王オンファレが国を平定したと」
しばらくして、フィルはそう切りだした。
「ええ」リアナはうなずいた。
「イニはいろんな国の王様の話をしてくれた。イティージエンの話もあったし、ニザランの話もあったわ」
こぽこぽと湯を注ぐ音がした。
「では、彼らが、竜族とも人間とも違う方法で王を選んでいるのはご存知ですか?」
「どうかしら」
リアナは首をひねった。「でも、たしかお話では、妖精の国のオンファレ女王は、人間から選ばれたんじゃなかったかしら」
「そうです。
陶器の触れあう音がして、フィルが茶器を用意しているのがわかった。小さいころには、まったく疑問に思うこともなかったおとぎ話だ。だが、自分が王となってみてから考えると、おおいに疑問がある。
「でも、それっておかしいわ。違う種族から王を迎えるなんて。そんなの王って言える? それは本当に彼らの意図を反映しているの? そもそも、どんな統治が行われているのかしら?」
フィルは茶の載ったトレイを運んできて、小さなカップをリアナに手渡した。自分も一つを手に取る。
「ニザランはひとつの自治領ですが、
リアナは、自分がまだ王太子だったときのある五公会での、エンガス卿の発言を思いだした。彼の領地はオンブリアの西部で、その多くをニザラン
『かの地を、オンブリアと同じ国とは
『かの地では王権などというものは、迷信深い農村で祭の間だけ存在する仮王と同じくらいの権威しかない』
たしか、そう言っていたっけ。デーグルモールの襲撃の可能性があるケイエへの、派兵の是非を問う五公会でのこと。公たちの賛成票を得るために、リアナは〈
フィルはトレイの上から三枚の葉をつまんで、ひとつずつ卓に置いた。指をさしながら説明する。
「彼らの国家観を説明するのは難しいですが、おおまかには、〈夏の宮廷〉は創造と成長を、〈冬の宮廷〉は破壊と保全を象徴しているそうです。かつてニザランはこの二つの宮廷だけで成り立っていた。でも竜族と人間とがたがいの版図をかけて争うようになると、ニザランは自衛のために軍隊を持つ必要に迫られた。それは〈鉄の宮廷〉と名付けられ、唯一、金属製の武器を扱う兵士を持ち、国境の東を守っています」
「その軍を率いるのが〈
フィルはうなずいて、松の葉の前に銀の匙を置いた。
「〈
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